先送りはお勧めしませんよ?
「本日はお時間を取っていただき、ありがとうございます。
私は退魔協会の調査員を務めております吉田秀一と申します。
こちらは退魔師として活躍中の藤山碧さんと長谷川凛さんです」
マンションに入って太田君に言われた部屋番号に行ったところ、本人とご両親が直ぐに扉を開けて家の中へ我々を招いたので、吉田氏が最初の挨拶をした。
一応私らは退魔協会の職員ではないから、呼び捨てではなく『さん』付けでの紹介になったね。
同じ組織内の人間だと呼び捨てで紹介するって話だから、どうなるのかな?と密かに思っていたのだが、考えてみたら旧家のお偉い当主とかも退魔師として働いているのだ。
そう言う人間を退魔協会の職員が呼び捨てで紹介したら不味いよね〜。
碧だって、歴史だけは屈指の古さを誇る神社の宮司一族の人間な上に、数少ない氏神さまの愛し子なんだし。レアリティで言ったら旧家の当主以上な筈。
流石に呼び捨てで紹介された程度で碧が怒って白龍さまに泣きつくことは無いだろうけど、実際に喰らったら白龍さまの天罰はお偉い旧家の御当主さまからのクレームよりも威力がある。退魔協会の職員だってそれを精一杯避けようとしているのだろう。
それはさておき。
「悠の母の百合香と父の直樹です。
私は不動産業界に勤めているので退魔協会は存じていますが、今回は何故悠の事で話し合いが必要なのでしょうか?」
百合香さんが私らに椅子を勧めながら聞いてきた。
おお〜。
不動産業界の人とは、ラッキーだったかな?
少なくとも、私らが詐欺師じゃないことを説得する手間が省ける。
「ええと、悠君が聞こえるはずがない声が聞こえたり、鎌鼬の様な現象が身近で起きる様になったと言う話は聞いておられますか?」
吉田氏がご両親に尋ねる。
「ああ、ノイローゼになりかけたと言う話は聞いているが」
父親があっさり応じる。
おいおい。
退魔協会の存在を知っている母親までそこであっさり頷いちゃダメでしょ〜。
退魔師の才能を持って生まれるのって古い陰陽師の家系の人間だけだとでも思っているのかな?
「退魔師の才能は特定の家系に現れることが多いですが、一般家庭に生まれた人でも稀に才能を覚醒させることがあります。
悠君はそんな才能持ちの一人の様ですね。
受験もしくは勉強している場所の近所で工事が始まった事による騒音ストレスのせいで、どうも力が覚醒したらしく……最近では塾の隣の工事現場にてその力が暴発して、色々と被害が出てきていた為、調査を行なっていたところ悠君の才能に我々が気付きました」
吉田氏が説明し始めた。
「え?
悠が退魔師になれるんですか?!」
百合香さんが身を乗り出して聞いてきた。
不動産業界に勤めているとしたら退魔師に依頼を出す側だから、それなりな収入があることは分かっているんだろうね。
もっとも、依頼主側が払っている金額から退魔協会に中抜きされた金額が退魔師に払われるんで、必ずしもそこまで収入が良い訳でもないけどね〜。
「なる才能はあります。
ただし、退魔師になる為には大学に4年通うのと同じ程度かそれ以上の修行の年月と、費用が掛かります」
吉田氏が応じた。
「俺は大学に行く代わりに修行して退魔師になりたい」
悠君がご両親(特に母親)の方に言った。
父親はちょっと否定的な顔をしてる感じだが、母親は前向きっぽいので、母親を味方につけようとしてるみたいだね。
「修行とやらをすれば確実に退魔師になって、稼いでいけるんですか?」
父親が聞いてきた。
「絶対ではありません。
一流大学を卒業すれば確実に就職できて、そのまま定年まで働き続けられるとは限らないのと同じで、才能があろうと本人の気質や努力や運にもよりますので」
吉田氏があっさり答えた。
安請け合いして、後で修行に失敗した上に才能を封じる前に逃げられたりしたらヤバいからね。
最初にちゃんとマイナスな面も伝えるスタンスらしい。
「大学を卒業してもうまく就職できなくったって、学歴があればそのうちやり直せる。
だが大学に行かずに退魔師見習いになって、失敗した場合は単なる高卒になるんだぞ?」
父親が『高卒なんてあり得ないだろう』と言いたげな声音で悠君に指摘した。
確かに、日本では高卒じゃあ色々と下に見られそうではあるよね。
とは言え現在浪人生だから、学歴として役に立つレベルの大学に行けるかはまだ不明だけど。
「修行をするつもりがない場合は、悠君の才能を封じるのは無料で行います。
そうすれば、ストレスが溜まった状況でうっかり周囲の人間を殺傷する危険がなくなりますし、部屋や建物の外の人間の話し声が聞こえたりしてノイローゼになる危険も大幅に減ります」
吉田氏が付け加えた。
「封じた場合、後からそれを解除するのは可能ですか?」
百合香さんが尋ねる。
やっぱ退魔師と言うのは魅力的みたいね。
と言うか、受験もしくは就職で上手く行かなかった場合の選択肢として考えているのかね?
でも、流石に大学卒業後に修行を始めるのはちょっと遅いよ〜?
頭が固くなっているし、一人前の退魔師として働き始められる時期も遅れるしで、中途半端な選択は一番良くないと思うね。
と言うか、一度封じたらやり直しはきかないしね。
「いえ、一度封じた才能は基本的に2度と使えなくなります」
吉田氏があっさり答える。
「今決めないでも、大学受験が終わってから決めてはどうだ?」
父親が提案する。
「今までは悠君もご自分の力に気付いていなかったので、霊力で周囲に損害を与えてもそれに対して責任を問われませんでした。
ですが、今回正式に才能の開花をお伝えして、封じるか修行するかの選択肢をお勧めしたのにどちらもせずに待つことを選び、たとえば隣の工事現場で重機を壊したり誰かに怪我を負わせた場合、損害賠償や傷害罪が適用されます。そして超常的な力を恣意的に使って起こした被害ですと、普通に肉体を使った場合よりも厳しい処罰になります」
吉田氏が注意した。
コントロール出来ていない危険な才能を放置する事を選んだ時点で、実質的には周囲に被害を及ぼす意図があったって見做されるんだよね〜。
まあ、それでも誰か殺しちゃっても流石に殺人罪ではなく傷害致死罪になるらしいが。
その段階で、問答無用で才能は封じられるけどね。
取り敢えず。
弟子入りするか、封じるかを早い段階で決めた方がいいよ〜?
工事用の重機ってそれなりに高いだろうし、壊さなくても工事の邪魔をして遅延させたらそっちの損害賠償責任も問われるだろう。
真夏の酷暑になる前に出来るだけ工事を進めようと頑張って遅くまで働いているのを邪魔しているのだ。
邪魔をし続けたら、損害賠償請求はかなりの金額になるんじゃないかな?




