何を期待されているのやら
太田家は依頼の工事現場があった駅の反対側に10分程度歩いたところにあるマンションだった。
駅から徒歩10分だったらまだ商店街とかあっても不思議はないと思うのだが、駅が坂の上にあって10分も歩くとそこそこ降りた地点にあることになるので、上り下りが不便だから商業区域ではなく住宅街になったのかな?
いやでも、マンションって『駅から徒歩10分圏内』じゃないと貸しにくいし売れにくいって話だから、駅の周りに商業地帯が大きく広がる所以外はこんなものか。
それに考えてみたら区が商業地域と指定しているか否かによるだろうし。
でも私たちが住むマンションの最寄り駅だって、住宅地のなかにちょっとした食事処とかがあるから、住居地域と言っても小さな店なら開けるけど、店がない地域じゃあ客が来ないから本格的なビジネスとしては成り立ちにくいんだろうね。
それはさておき。
やはり家から歩ける距離だから、太田君はあの工事現場の横の塾を使っていたのか。
でも、そこそこ新しくて立派そうなこのマンションに住んでいるなら、他の駅の塾へ行く電車賃なんて余裕だと思うけどねぇ。
第一、どうしても電車賃を節約したいなら、自習室扱いなんだからそれこそ近所の図書館にでも行って勉強すれば良いだろうに。
ビデオ講座の方は防音施設とノイズキャンセリング効果の高いヘッドフォンのお陰で工事の騒音は気にならない筈らしいのだ。煩いのは自習している時だけだろう。
まあでも、あの塾の自習室にはそれなりに学生は沢山いたから、塾側が使う学生に対して何かインセンティブでも提供しているのかも?
「そう言えばさ、
調査員レベルで私の適性が何かまで知られているのかな?
それにこう言う案件関連で能力が覚醒した一般人との話し合いがある場合って、退魔協会側から黒魔術師系の人を寄越さないのかね?
その代わりに追加料金の掛からない私らに来させたのかと思うと、ちょっと微妙な心境なんだけど」
まあ、今回の依頼では悪霊を祓ったり、生き霊を捕まえたりしなくて済んだんだから、話し合いの場に立ち会うぐらいはするけどさ。
「う〜ん、はっきりと依頼の遂行の為にやってくれと言われなかったんだから、変に気を使って意思誘導はしない方が良いんじゃない?
黒魔術師の適性があると知られているにしても、意思誘導が出来るとはっきり確定させない方が良いでしょう」
碧が指摘した。
「確かにね。
下手に確定させて、意思誘導させろっていうような依頼が来る様になったら嫌だもんね。
退魔協会って本来なら悪霊か生き霊の問題を解決するだけの団体な筈だけど」
裏で変な依頼が来たとしても、退魔協会と私らでの1対1の対話だから周囲にバレにくいのが問題だ。
変な依頼が来たところで、誰に相談するのか分からないし。
「まあ、酷すぎる依頼が来たら白龍さまに泣きつこう。
でも、そう考えると伝手のない一般家庭出身の黒魔術師系の退魔師なんて、マジで怖いかもね」
碧が顔を顰めた。
「そう考えると、一般家庭出身の退魔師こそ、退魔協会のパーティとかセミナーとかに出席して伝手を増やした方が良いんだろうね」
黒魔術師じゃ無くったって、元素系魔術師だって風を使って階段やプラットフォームから誰かを突き飛ばす感じに暗殺することなら出来るのだ。
流石に暗殺しろなんて依頼はまず来ないとは思うけど。だが、立場が弱い上に退魔協会の内外でも全然他に知り合いが居ないと見極められた退魔師なんかは、ヤバい職員が担当になったら悪事の加担を強要されかねないかもと思うと中々怖い。
「そうね。
職員が変な依頼を受けたり、強要したりしない様に退魔協会内でちゃんと内部管理が出来ていると良いんだけど。
私関連で何度かやらかしがあって白龍さまのお仕置きがあったし、多少はマシになっていると期待しよう」
碧が溜息を吐きながら言った。
白龍さまみたいな存在の愛し子が退魔協会内に居ない時の自浄能力がどうなのかは、心配だけどね〜。
と言うか。碧が居てお仕置きがあったのに、尾山さんの工房が大幅に中抜きされていたんだから、悪事っていうのは根絶できないのかも。
そんな事を話していたら、マンションの前で待ち合わせした 調査員が現れた。
「おはようございます」
「おはようございます。
お待たせしてすいません」
「いえいえ、我々がちょっと早かっただけなので」
適当に挨拶を交わし、太田家の部屋があるフロアまで上がる。
取り敢えず話し合いは吉田氏がメインで行い、私らは何か聞かれたら答える程度でいいと言うことになった。
まあ、もしかしたら誰かがヒステリックになって話し合いにすらならなそうだったらそっと意思誘導を使って落ち着かせることを期待されているのかもだけど。
碧が言う通り、能力は使わないで口で宥めるだけに抑えるけどね。
まあ、なんとかなるでしょう。
多分。




