トラウマのせいかな〜
『ちょっと失礼』
一声掛けて、杉原氏の精神に触れる。
生まれつきの幽体離脱体質だったらもっと若い段階で慣れて自分でコントロール出来るようになるか、退魔協会に誰かの伝手で連絡してなんとかして貰うか……体に戻れなくて死んでいる筈。
ちょっと頭を打った弾みで体から精神が飛び出しちゃうのはまだしも、戻れないって言うのは不思議なんだよねぇ。
と言う事で、頭を打って入院してからの情報を読み取る。
『あらら』
トラウマもんですね〜。
『どうしたの?』
碧が尋ねる。
取り敢えず碧の質問は後回しにして、杉原氏に尋ねる。
『妹さんに殺され掛けたようですが、そんなに仲が悪かったんですか?』
どうやら、本人の意識がなく、首都圏に親族が居なかったことから救急車で運び込まれた後に、職場の緊急連絡先として記載されていた妹さんへ病院が電話で治療や検査の承諾を得て初期の検査と治療をしたらしい。
ここら辺は病院内で意識が目覚めたものに体が動かなかったのでふらふらと幽体離脱状態で動き回っていた杉原氏が看護士達の会話から知った。
で。
搬入されて2日後にやっと妹が渋々新潟から出てきて必要な書類に署名したのだが、その時点でなぜ意識が目覚めないかまだ不明だと言われた。
色々と病院側が試してみたい追加の検査や治療方法を提案されたのだが、妹はバッサリとそれらを拒否。これ以上の検査も治療も不要、目覚めるなら目覚めるという事で必要最低限な延命措置だけしておけば十分、もしも点滴で延命できる期間内に目覚めなくて永眠してしまってもそれも運命と言い切って医者達(と側で話を聞いていた杉原氏の生き霊)を絶句させた。
一応帰る前に兄に声を掛けるとこの部屋に来て、扉を閉めたあと……なんと妹は枕を杉原氏の顔に当てて息を止めようとしたのだ。
杉原氏の手首に付けてあったモニターから心拍数変動が感知されてアラームが鳴り始めたので、慌てて手を止めて枕を元に戻したので大事には至らなかったが。
幽体離脱状態でそれを見ていた杉原氏にはかなりのショックだったのだろう。
それでうっかり抜け出しただけだった体へ、本格的に戻れなくなったんじゃないかな?
妹に殺されそうになるなんて、トラウマものだよねぇ。
『どうでしょう?
そこまでの仲違いをしたつもりは無かったのですが。
こちらに暮らしているので母の介護に手伝えていないのを、怒っていたんですかね……?』
困ったような顔で杉原氏が応じた。
ちなみに、よく見たら生き霊は倒れた時の体型なのか多少ふくよかになり掛けな中年男性と言う感じだが、倒れてから1ヶ月以上点滴だけで延命してきたせいか、ベッドに横たわる杉原氏はかなり窶れて痩せてきている。
そういえば、生命維持の装置って一度付けると外すのがめっちゃ大変だって聞いた気がする。点滴はオッケーだけど胃瘻チューブを拒否するのって寝たきりな家族に長生きして欲しくない場合は、ある意味手っ取り早く踏ん切りをつけて間接的に終わらせる方法なのかも?
まあ、直ぐに目覚めるならまだしも、何年も医療費だけ掛けて病院で昏睡状態で生き続けられたら家族への負担は大きいだろう。遠方で母親の介護もある妹が、期間を区切る意味で胃瘻チューブを拒否したのは考え方によっては合理的かもだが……。
その後、枕で息を止めようとしたのを見るとねぇ。
なんとも言い難い。
ショックで体に戻れなくなってしまった(と思われる)杉原氏の気持ちも分からないでもない。
一番簡単な対処方法はその記憶を消し去っちゃうことだけど、下手をしたらあの妹が杉原氏をまた死なせようとするかも知れないことを考えると、記憶を消すのも危険そうだ。
単にこちらでも兄を介護する羽目になったら大変すぎると言う自己防衛的な衝動的行動ならまだしも、遺産目当てだった場合は退院した杉原氏を再度殺そうとする可能性だってある。
取り敢えず。
昏睡状態で居続けるメリットはない。
問答無用で精神と体を繋いじゃおう。
元々、繋がっているのが正常な状態なのだ。
変な体質でも無いみたいだし、体に戻しちゃえばそうそう簡単に体から飛び出す事はないだろう。
一応、吉野さんに連絡先を教えておいて、またウルフ君の吠え癖が再開したら連絡して貰って杉原氏を探すようにした方が良さげだけど。
『妹さんとの関係を改善するか、断ち切るかは杉原さんの判断に任せます。
取り敢えず体に戻しますが、何かの拍子でまた飛び出しちゃったら吉野さんのところに行ってください」
ウルフ君と吉野さんにはいい迷惑だろうが、生き霊状態じゃあ電話は掛けられないからねぇ。
ウチまで来られるのも嫌だし。
まあ、カリスマ祈祷師をやっている神社まで来るのも一つの手だが、あそこは毎日行くわけではないし、吉野さんに電話して貰うのが一番早いからね。
取り敢えず。出来ることをやって、経過観察だね。




