嫌われたくないよね
「ここに連れてくると腎臓病や膀胱炎でも治るって本当ですか?」
諏訪から戻った翌朝、カリスマ祈祷師として猫の治療に当たっている碧の手伝いで受付作業をしていたら、ちょっと思い詰めた様な顔をした飼い主に尋ねられた。
「奇跡的に良くなると、評判なんですよ。
ただ、かかりつけ医にその後に連れて行って検査して、病状が無くなっていると検査会社が何か間違えたのかって大騒ぎになる事があるので、確認が必要でしたら出来れば違う獣医さんに行って貰えると良いかもですね〜」
確か、この飼い主の猫は重篤な膀胱炎とやらで、薬も上手く飲ませられない為に治療も思う様にいかず困っていると、申し込み時の備考欄に書いてあった。
考えてみたら、露骨に死にそうでひゅーひゅーと音をさせている呼吸困難な猫とか、フラフラで碌に歩けない犬が元気になったら一目瞭然で良くなっているのが分かるから特に確認の検査も要らないかもだけど、基本的に元気でも元気じゃなくても寝転がっていて動かない猫だと、治療……というか祈祷が上手くいったかなんて分からなくて不安だよね〜。
血尿が無くなり元気そうになった様に見えたとしても、本当に元気なのか、単なる偶然もしくは今までの治療の効果が一時的に現れただけで、放置したら手遅れにならないか。そんな考えが頭に浮かび、気になって獣医に連れて行きたくなるのは理解できる。
ただし、レントゲンやエコーや血液検査の結果と言う病状の物理的証拠とかを持っているかかりつけ医に行かれて、それらが全部なくなっているのがバレると色々と面倒な事になりかねない。なのでかかりつけ医には行かないでくれと頼んでいるし、意思誘導で少しそれを後押ししている。半年ぐらいしか効果のない緩い意思誘導だけどね。
「なんかもう……。
餌に混ぜたら食べてくれる事も多いですよ〜と言われたんですが、ぺっと吐かれちゃうんです。
頑張って捕まえて顎を握って無理矢理口を開けさせて口に入れて喉を摩ると言うのも、もの凄く難しい上に滅茶苦茶嫌がられちゃって。
命を守る為に薬をあげているのに、私は嫌われちゃって噛まれたり引っ掻かれたりして傷だらけなんです。今では私を見たら逃げて、世話をしない家族にだけ甘える様になって……」
飼い主さんが泣きそうな顔をしながら言った。
「あ〜。
嫌われるのって辛いですよねぇ。
しかも、治療のストレスも免疫力を下げるって言いますし。
出来れば獣医で週1ぐらいの注射で何とかできたらいいんですけどねぇ。
まあ、ここで祈ると本当に効果がありますので。
安心して下さい!
でも、本当に困っている他の飼い主さん以外には秘密ですよ?」
最後の一言だけ魔力を込めてしっかり意思誘導しておく。
薬の投与に失敗して焦燥しているようだが、そこまで重篤では無い病気で薬やりに苦労している飼い主に同情してカリスマ祈祷師の話を獣医の待合室とかSNS上で安易に広められても困る。
個人的に知り合いな飼い主友達にこっそり広めるだけなら良いが、薬やりの苦労話の一環として他の友人や知り合いへ安易に話しまくられるのは避けたい。
人間だったらねぇ。
薬を大人しく飲むちょっとした意思誘導的な魔道具カードを作るのも可能だが、言葉を話さないペットだと必ずしも上手くは行かないからなぁ。
人間相手の意思誘導的な魔道具カードなんて作ったら危険すぎるし。
ニャンコもその場でだったらクルミに説得をお願いできるだけど、ここまで来た時点で完治は確定しているから、今更投薬に協力する様に説得する必要はない。
中々難しいよね〜。
そんなことを考えていたら、碧が猫のキャリーバッグを持って戻ってきた。
「大分と元気になりましたよ〜。
暫くは薬無しで大丈夫だと思うので、様子を見るだけにして下さい」
碧が飼い主へにっこり微笑み掛けて伝える。
そうなんだよね、薬って健康な時に飲ましたら却って良くないからね。
『クルミ、この子に飼い主の最近の乱暴な行動はこの子の具合が悪かったのを治す為だったんで、許してあげるよう、伝えて?』
クルミに頼む。
猫同士だからか、同じ様に念話を使うにしても、私は伝えるよりもクルミがやる方が上手く理解されるんだよねぇ。
『ここに来たから良くなったにゃ?
薬は関係ないにゃ?』
クルミがちょっと困った事実を指摘した。
『ここにくるのに必要な治療だったんだよ』
流石に薬を飲ませようとせずに祈祷師に頼る日本人は居ないだろう。
居たらちょっとヤバすぎる。
『まあ良いや。伝えておくにゃ〜』
クルミがニャンコのそばに漂っていく。
ちゃんと説明してあげてね?




