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「うにゃにゃ〜。
ちょっと良い子にして歯を綺麗にさせてね〜」
源之助を後ろから抱き抱えた碧が声をかけながら口元に歯ブラシを当てる。
先ほど試しに獣医から購入した猫用歯磨きジェルを指先にちょっと取って差し出してみたら、源之助が自分から舐めていたのでそちらの味は悪く無いらしい。
で。
肝心の歯磨きだが。
碧が一生懸命歯ブラシを当てているが、源之助が口を開けて歯ブラシをカプカプと噛んじゃっている。
あれで歯が磨けているのだろうか?
獣医でやり方を説明された時は、源之助が嫌がって歯を食いしばっていた。この状態の時に、『唇をちょっと上に指で押し上げる感じで退けて見えてきた歯を歯ブラシで擦れば良いんですよ〜』と教わったのだが。
口を開けてカプカプ歯ブラシを噛むと言うのはちょっと教わった状況と違うんだけど!
歯磨きジェルが美味しいのか、単に歯茎を擦られるのが嫌なのか。
まあ、嫌がりすぎて歯を食いしばられるよりは嫌悪感が無くてマシかもだけどねぇ。歯が磨けているかはかなり怪しい気がする。
まあ、それでも源之助は逃げずに一応付き合ってくれているので、毎日やって2日か3日に一回でも成功すればそれで良いだろう。
獣医によると、歯磨きはちゃんとできていれば2、3日に一回で良いらしいから。
来年、健康診断に行った際に全然ダメだと言われたら、諦めて眠っている時に目覚めないように意識をしっかり刈り取って歯磨きをしちゃう事にしよう。
歯磨きが終わり、碧に褒めながら撫で回された源之助がキャットタワーの上に登って毛繕いを始めたところで、私たちは青木氏の所の行く時間になった。
さて。
何か解決策が出てくると良いんだけど。
◆◆◆◆
「こんにちは〜」
青木氏の不動産屋へ先に碧が入っていく。
横のキャットコーナーには相変わらず複数の猫がいるが、見覚えが無い子が多い。
それでも猫だらけになっている様子では無いので、貰っていく人も多いのだろう。
考えてみたら、こう言う猫の保護活動って何か行政に申請して許可を得なきゃいけないのかな?
NPO的な税金上の優遇とかは多分求めていないと思うけど、色々と規制が煩くなっているようだから、善意で引き取った猫を無料で引き渡すにしてもなんか規制がありそう。
それとも、無料だったら規制無しなのかね?
まあ、動物保護の活動をするつもりは無いので私が知る必要もない事だけど。
そんな事を考えながら、事務所の中へ入っていく。
今日はちょっと青木氏の社員にも聞かれたくない事だとメールで碧が知らせておいたので、所長室に案内された。
「多頭飼育崩壊に関して相談したいとの事ですが、どうしましたか?」
青木氏がお茶を出しながら聞いてきた。
麦茶だから程よく冷たい。
6月になったばかりだと言うのに、既にクーラーが必須な気温になっている。
まあ、1日違いでも『5月』よりはまだ『6月は夏』という印象だからマシだけど、本来ならば今頃って梅雨の時期で涼しいぐらいな筈なんだけどなぁ。
ヨーロッパの方では熱波で日本よりも暑い日が続いていたらしいし、マジで地球の気候がヤバい。
それでも温暖化なんて詐欺だと言い張って温暖化対策の政策を取り消すどころか下手したら不法だと大統領命令を出すどこぞの大統領には、行く先々でエアコンが壊れる呪いでも誰か掛けてやれば良いのに。
「実は、先日源之助にワクチンを打ってもらおうと行った獣医さんがかなり重度の穢れに侵されていたんです。
どうも多頭飼育崩壊に対処するボランティアで行った先が、ほぼ蠱毒状態だったみたいで。
ああ言う現場って犬猫の死骸や糞尿を処理した後に、清めているんでしょうか?」
青木氏に聞いてみる。
「否定できないぐらい重度な霊障が起きているのでない限り、残念ながらそう言う現場関連で退魔協会に依頼を出される事はほぼありませんね」
青木氏がすまなそうな顔で言った。
いや別に、青木氏がすまなく思う必要はないんだけどね。
「犬や猫って余程のことがない限り人間や世の中を恨んで悪霊化するなんて事はないんです。
ただ、最初はそれなりにちゃんと面倒を見ていたのにいつのまにか世話をしてもらえなくなって共食いをするような羽目になって餓死するような事があると、実質蠱毒で悪霊を作り上げているに近いので、呪いなどに悪用できちゃうようになる事も多いんです。
そうなると呪師や死霊使いがそう言った悪霊を集めに寄ってくるかも知れないので、社会として危険でしょう。
ただまあ、こちらも正義の味方になるつもりは無いので無償で多頭飼育崩壊した現場を清めて回るつもりは無いのですけど。何か行政なりオーナーなりに、ちゃんと現場を清めさせる手ってありませんか?」
それこそ、犬猫の悪霊を無償で清めるなら、人間の悪霊も清めて当然だろってそのうち言われそうだからね。
マジでそんなことを始めたらそのうち退魔協会からクレームが来る。
そしてそんなクレームを無視したら、碧じゃなかったら闇に葬られても不思議はないぐらいな迷惑行為だと見做されかねない。
「死霊使い、ですか」
青木氏がちょっと呆気に取られたように言った。
「日本で有名なのだと犬神家ですね。
まあ、あそこも近代以降は表立ってはビジネスをやっていないですけど。
もっと怖いのは、数年前に渋谷でテロ行為をやろうとした国外の死霊使いが無料で入手できる素材集めにドンドン日本に来ることですね」
碧が付け加える。
あら。
やっぱ犬神家って本当に存在するんだ??
都市伝説だと思っていたよ。
今までの退魔協会の依頼で、犬の霊に祟られてる人なんて見なかったし。
もしかして、犬神家に頼むと退魔協会へ依頼を出す暇もないぐらい早く殺されちゃうのかな?
「なるほど。
暗殺を請け負う術師が素材を集めに日本に集まってくる様な事態は確かに避けたいですね。
多頭飼育崩壊が起きたらちゃんと清めるようにオーナーか行政をそれとなく脅かすように業界内でも話を広めておきます」
青木氏が顔を顰めながら言った。
「あと、駅から東に進んだ方の獣医さんがボランティアで参加した、耕作放棄地だった土地を保護活動に転用したらしき場所で起きた多頭飼育崩壊の案件って、どこだか分かります?
あそこは流石に放置しない方がいいと思うんでこっそり清めておこうかと思うんですが」
やるのは碧だけどね。
「ちょっと探してみます」
青木氏が少し深刻そうな顔をして頷いた。
頼むね〜。




