通りすがり
「実家までここからだと大体歩いて15分なんだけど、歩く?
それとも車で行く?」
夕方になり、源之助に餌を出してトイレの掃除も終わり、そろそろ出るかとなったところで碧が聞いてきた。
「あれ、その程度の距離なんだ?
今まで車で来てたからもっと離れてると思ってた」
車で来ても、乗るのがバカバカしいほど近い感じでも無かったし。
「車だと一方通行とか右折禁止とかがあって、最短距離を進めないのよね。
ある意味、一番早いのは自転車かも」
碧が教えてくれた。
なるほど。
考えてみたら、それなりにここも聖域に近いから温泉が霊泉なんだよね。だとしたら聖域が神社の裏にある藤山家からそれほど離れている訳がないか。
「じゃあ、一回歩いてみよう。
ルートを知っておけば碧が車でどっかに出かけている時に藤山家や聖域に行く用事が出来ても美帆さんを頼らないで済むし」
まあ、聖域に行く用事は大抵は雑草の入手が目的だから、歩いて行ってもしょうがないけどね。
藤山家の方はそれなりにしょっちゅう行き来するようなら自転車かキックボードでも買っても良いかも?
キックボードだったら亜空間収納に入れておけるし。
まあ、諏訪に滞在する理由の主な理由の一つが聖域なんだから、そこに行くついでに藤山家に寄れば良いだろう。そうなると、それ程私が1人でアパートから行ってお邪魔する必要はあまりないと思うけどね。
「オッケ〜」
と言うことでアパートから出て外へ。
「なんかここ1週間ぐらいで一気に暖かくなったね。
こないだまでは日中は暖かくても朝晩は薄手のコートが欲しい程度だったのに、今だったら歩くなら夜でも要らなそう」
まあ、夕食後に冷えるかもってことで畳んで小さなバッグに入れて携帯できるウィンドブレーカーは亜空間収納には入っているんだけどね。
ついでに何かの理由で遭難したり外に締め出された場合なんかに備えて小さく畳んだアルミシートも持っている。
それこそ、昇級テストの時みたいに山の中に行かなきゃいけない依頼があって、逸れたりしたらヤバいからね。
まあ、考えてみたら山の中だったら動物の浮遊霊に最寄りの人間が住んでいる場所へ連れてって貰うと言う手があるとは思うけど。
ただ、霊の時間的感覚っていい加減だから20年前とか100年前に人が住んでて今では廃棄された集落へ案内される可能性もゼロではないし、非常時用の装備と食料、飲み物はあって損はない。
せっかく頑張って亜空間収納をそれなりなサイズにまで広げたんだし。
ちょっと細めな住宅街の道を進んでいたら、向こうからきた男性とすれ違った。
ちらりとこちらに視線を投げた感じが微妙だったが、お互いに何も言わずに、目もほぼ合わせずにすれ違う。
そしてその男性が離れたのをクルミに確認させた後、足を止めて振り返った。
「なんか呪われてたね」
「だね」
碧も足を止めて頷いた。
「転嫁されてなかったから、それこそ諏訪神社に厄祓いに行けばいいのに」
悪霊や穢れに塗れている人はそれなりに見かけるが、呪われている人はそこまで多くはないんだよね。
地方都市の郊外にある住宅街を歩いていて行き当たるなんて珍しい……と思う。
「とは言え、呪われているから近所の神社に厄祓いに行った方が良いですよって私が言ったら不味いからねぇ」
碧がため息を吐きながら言った。
「確かに。碧が近所の神社の娘だってバレたら詐欺だとか色々言われかねないね」
呪いも証明できないからねぇ。
まあ、なんらかの苦しみが無くなったら厄祓いのお陰=厄祓いが必要だった=呪われていたと考えるかもだけど。でも、信じてない人だったらよっぽどの激痛が一気に消えたとでも言う様な劇的な効果が無いと、全部気のせいで済まされちゃうだろう。
退魔師を雇うよりは圧倒的に安いけど、それでも厄祓いだってそれなりにオシャレなランチ代ぐらいにはなる。払う気がない人間にとってはぼったくりな詐欺だと思われても不思議はない。
「呪いなんて悪用される事の方が多いとは思うけど、それこそ襲われたとか騙されたとか二股掛けて捨てられたなんて場合に報復として使う可能性もあるから、手当たり次第に見かけたら解呪するのが正しいとも限らないしね」
前世では呪いは弱者の最後の報復手段なことも多かった。
私だって王族に掛けられた呪詛を気付かぬふりしたいと願った事が何度もあった。
折角、呪詛を返さない権利がある状況に生まれたのだ。
見知らぬ他人の呪詛を片っ端から解呪するのは避けたい。
「まあ、退魔協会から依頼がくるとか、神社に厄祓いを求めてくるんじゃない限り。気付かぬふりをしておくのが無難だよね」
無料奉仕は退魔協会から非推奨だし。
非推奨行為を続けると何をされるのか、ちょっと知りたい気もするが、あえて試すほどは知りたくない。




