新生活
「はい、今月の家賃分」
快適生活ラボのアイピローとクッションが入った袋を碧が美帆さんに渡した。
聖域の雑草と黒魔術の魔法陣を使って眼精疲労と頭痛を解消する効果を付与したアイピローと、白魔術の回復術で腰痛や肩凝りをある程度癒すクッションを2個ずつ。これが私たちの諏訪での住居の家賃だ。
今月から、私たちは碧の従姉妹で退魔師でもある美帆さんの旦那の会社が建てた社員寮用のアパート(全て1LDK)を2部屋、諏訪で借りている。ちなみに美帆さんは幼い子供がいるので、同じく子持ちな退魔師の女性と組んでスローなペースでしか仕事をしていないらしい。もしかしたら、これから月に1、2週間諏訪で過ごすことになった私らに退魔協会からこちらの地方での仕事を多めに振られるかも?
大学を卒業したら『学業を優先したいので』と言って平日の仕事を断る口実がなくなる。あまりハードにこき使われたく無かったし、退魔協会から独立した収入源として開発したアイピローとクッションに入れる魔法陣の動力源として白龍さまの聖域の雑草が今まで以上に必要になるので、月の半分を諏訪で過ごしていると退魔協会に言って仕事を詰め込まれすぎることの牽制を狙っているのだが、思っていたよりも地方での仕事が多かったらまたちょっと考えなきゃかもだね。
まあ、諏訪近辺には碧の藤山一族の退魔師が多いので、私らだけに依頼が集中する事はないと期待しているが。
この社員寮、何よりも嬉しい事に古い温泉宿を買い取って改築した美帆さんの家(プラス旦那の会社)にある温泉から直ぐそばで、いつでも入って良いと言われているんだよね〜。
実はこの温泉、白龍さまの聖域を通っているせいか微細な回復効果のある霊泉なのだ。聖域からの手頃な距離と現物払いで使える部屋のありがたさ、プラス回復効果のある霊泉。理想のセカンドハウスと言えよう。
ちなみにアイピローとクッションは聖域の雑草から魔素が抜ける期間を考えて1ヶ月ごとのサブスク(と言っても返却は不要でそのまま捨ててくれと販売サイトに書いてある)で、睡眠導入剤や痛み止めやマッサージに行く費用などを考えて、1個1万5千円。そして絶対に月1個以上使うべからずとサイトにも直接売る人にも念を押してある。
販売サイトはIT関係でフリーランスとして働いている兄貴に管理を頼んで(料金はアイピローとクッションを毎月一つずつ)会員制のサイトにして、一人当たり月に一つずつしか買えない様にしてある。会員の紹介も5人以上に紹介したら紹介者の購入権が消える形にしてあるので、名義貸し(?)で複数買っていても滅茶苦茶使いまくることは出来ない……筈。
あまり契約数が多過ぎたらそれこそ冬に聖域の雑草が尽きちゃうかもだし、黒魔術で神経の状態をリセットして痛みの蓄積を消すのも、白魔術で体の強張りや痛みを解消するのも、やり過ぎたら体に良くないからね。
困った事に美帆さんの夫の恭弥さんのようにガンガン働く人ほど私らのアイピローやクッションを欲しがるんだよねぇ。
それでも説得して、美帆さんと恭弥さんに一つずつってことで一部屋月3万円相当って事で手をうった。その代わり、恭弥さんの会社の社員が増えて社員寮の部屋が必要になったら直ぐに出ていく約束だけど。
美帆さんの分を恭弥さんが使わせて貰っている事もありそうだけど、マジで1日3回とか使ったら体に悪いからね?!と美帆さんに言い聞かせてあるので大丈夫だろう。
多分。
「ありがと。
恭弥さんが首を長くして待ってたのよ〜。
うっかり会社に持っていくと一瞬でも目をそらした隙に他の人に使われちゃうせいで、どうしても1ヶ月保たないらしくて」
美帆さんが苦笑しながら紙袋を受け取って教えてくれた。
「忙しい時にアレを使って効率アップを図っているなら、15分休憩って事で家に戻ってきて美帆ちゃんに膝枕でもして貰いながら10分寝ればいいんじゃない?
スキンシップが図れるしアイピローやクッションも狙われないで済むでしょうに」
碧が指摘する。
「膝枕は足が痺れるのよねぇ。電話が鳴ったり子供が何か言ってきたら立ち上がらなきゃいけないし」
ちょっと困った顔をしながら美帆さんが言った。
そっか、猫でも膝の上に乗られたらそのうち足が痺れるのだ。
成人男性の頭は猫よりも重そうだから、もっと早く足が痺れそう。
「まあ、惚気はいいわ。
取り敢えず、今日から入居って事で、1週間ぐらい居ると思う。
東京に戻る時は一声かけていくから」
碧が苦笑しながら話を切り上げた。
レンタルした車で東京から来て、源之助(愛猫)を碧の部屋に開放して彼がウロウロと周囲を確認している間にちょこちょこと持ってきたものを荷解きし、源之助が落ち着いて昼寝を始めたので私らも昼食を食べに出るついでに美帆さんのところに家賃の支払いに来たのだが、さっさとランチを食べて戻った方が良いだろう。
源之助は普段は日中だったら基本的に寝ているんだけど、落ち着かない新居だったら眠りも浅くてもう起きているかもだからね。
「さて。
明日は聖域で草刈りと前回刈っておいた草の回収、その後にアイピローとクッション作りだね」
碧が背中を伸ばしながら言った。
「だねぇ。
今晩は碧の実家の方で夕食をご馳走してくれるんだっけ?」
暮らし始めじゃあ食材や料理道具がないだろうと呼んでくれたのだ。
「そう。
あ〜、クッションの縫い目を縫うのも凛の使い魔に頼めたら良いのに〜」
碧が残念がった。
「やっぱ熊手と塵取りを振り回せる程度じゃあ、針と糸を使うのに必要な精密度とレベルが違うから」
聖域で刈った雑草を集めるのは、周囲で死んだ動物の浮遊霊と使い魔契約を結んで手伝って貰っているんだけどね。
流石にクッションやアイピローの一部を縫ってもらうのは無理でしょう。
確かに手伝って貰えたらありがたいけどね〜。
まあ、新生活なのだ。
どうやったら労力を最低限に出来るか、これから工夫していこう。




