捨ててない?!
「私どもが先に進みますので、後からついてきて頂けますか?
扉を開けるのは金子さんに任せます」
エレベーターから降りて、ふかふかな絨毯のフロアに出た私は三条氏と金子氏に声を掛けた。
呪詛関連は碧より私の方がよりはっきり視えるからね。
呪詛を掛けた人間に襲い掛かられてもうっかり呪詛に触れて返しちゃうリスクも低いし。
「分かった」
三条氏が頷いた。
なんか手がちょっと震えている。
アル中の人みたい?
酒では無く醤油をラッパ飲みしたい衝動と戦っているんだろうけど。
ここまで強いって事は長期的な高血圧とか腎臓病などでの早死に狙いでは無く、短期決戦的に中毒死する事を狙っていたっぽいなぁ。
もっと緩かったら気付かれずに塩分取り過ぎで早死にさせられたかも知れないのに。
まあ、緩くて時間を掛けたらその間に神社とかで厄祓いを受けちゃう可能性が高くなるし、今資金繰りに困って呪殺を決断したんだったら、高血圧で死ぬのを待てなかったのかな。でも遺産狙いだとしても相続だって1年近く掛かるみたいだけどね。
最近じゃあどこの会社でも毎年健康診断をしているし、高血圧用の薬も色々とあるから、死ぬまで時間が掛かりそうだしね〜。長期戦だった場合でも、腎臓病の方が引き金になるかも?
そんな事を考えながら、呪詛の線を辿って右の方の廊下を進む。
役員フロアなのか大きめな部屋が並び、いくつかは留守なのか扉が開いていて中の豪華な執務机と本棚や応接セットが見えた。
最近は会社によってはフリーシーティング制で、部長や役員ですらヒラの社員と混ざってフリーシートで働いている会社もあると新聞で読んだが、どうやらこの会社は上層部とヒラとの間に純然たる違いがあるらしい。
まあ、一族会社だったら偉い人=一族の人間って事で、特に年寄り連中がその特権を手放すなんてとんでもないと抵抗しそうだよね。
やがて、呪詛の線が止まった先は……意外にも窓からの景色が綺麗な外側の役員室の一つでは無く、内側にある秘書達の区画の机の一つだった。
「この男性ですね」
若い女性だったら愛人にでもした秘書との痴情のもつれかと思うところだったが、若い男性じゃあねぇ。
一族の中の若いのが見習い的に秘書として働いているのかな?
息子……にしては流石に三条氏と年が近過ぎると思うが。
「海斗……お前が呪いを掛けたのか?
何故?!」
三条氏が信じられないと言った声で男性に問い掛ける。
「そんなもん、誘ったらあっさり手を出した癖にさっさと捨てて、離婚もしないからだろうが!
何が従兄弟の忘形見だから大切にしたいだ!!」
男が激昂して手に持っていたペンを三条氏に投げつけた。
……え?!
手を出したの??
マジで痴情のもつれ???
誘惑したのはこっちの若い方っぽいが、既婚者なんだから三条氏はそれに応じちゃあ駄目でしょう。
「捨ててなどいない!
単に私の秘書では公私混同になるから担当を変えただけだ!
離婚に関してだって、説明しただろう。
妻とは既に別居状態で、元々パーティに行かねばならない時に変な女に絡まれたり取引先から見合いを持ち込まれない為の便宜上な関係なだけだ。
態々離婚する価値すらないんだ」
三条氏が疲れた様に説明した。
う〜ん。
まあ、すれ違いなのか思い違いなのか知らないが。
どちらにせよ、ナイフで刺そうとしたのを取り押さえて話し合いをするのとは違う。呪詛は一度呪っちゃったらどうしようもないからねぇ。
それこそ転嫁先の人に呪詛を押し付けるんじゃない限り、三条氏がこの呪詛をずっと耐え続けるか、この若いの(と言っても私より年上だと思うけど)が呪詛返しを喰らって死ぬか耐えるかしかない。
ラノベ的なニュアンスとは違うけど、これも『もう遅い』だね。
「では、返します」
ここ三条氏にやっぱ依頼はキャンセルするなんて言われても困るので、問答無用で宣言とほぼ同時に転嫁を避けて呪詛を目の前の男に返す。
呪った人間が至近距離に居ると転嫁の回避も楽だね〜。
「ぐわぁぁぁ!」
呪詛返しを喰らった男性が獣の様な唸り声をあげてしゃがみ込んだ。
倍返しはかなりキツイらしい。
「まだ話している最中だったのに!」
憤慨した様に三条氏が言ってきた。
さっきまで関節が白くなるほど力を込めて腕を握っていた手はリラックスして開かれている。
「依頼は呪詛返しですので。
転嫁付きの場合、呪詛を返さずに帰った後に厄祓いなどで呪詛返しが行われると実質殺人に加担したのと近くなってしまいますからね。
そうなる前にアクションを取らせて頂いております」
転嫁なしだったら、依頼主が耐えると主張するならまあ好きにしてって事で済むが、転嫁ありだとねぇ。
呪詛を掛けた人間を守るために転嫁先を犠牲にするなんて判断を下されたら後味が悪過ぎる。
そこの捨てたつもりがなかった海斗くん(だっけ?)を救いたいなら、頑張って手足を拘束して塩分を取り過ぎないようにケアするんだね。
倍返しの衝動を耐え続けられるかは怪しいけど。
人を呪わなば穴二つと言うじゃない。
呪うなら、自分も死ぬ運命に覚悟しておかなきゃ。




