来世の実在証明はできないよねぇ
依頼主が碧の指示に従ってキャンセルについて紙に書いて署名している間、私は窓際に立ってベランダの外を見ているフリをしながら美紗子さんと奈保子さんが遺言書について話し合っているのを聞くとも無く聞いていた。
「だけど、遺言書を作成すると言っても、死ぬまでにどれだけ資産が残るか分からないのよ?
いちいち、指定した口座の残高のバランスを調整して使わなきゃいけないの?
もっと、そろそろ死ぬかなって分かった段階で作る方が良く無い?」
美紗子さんが菜穂子さんにちょっと愚痴っぽく言っている。
確かに?
それなりに資産があるなら、最低でも銀行口座と証券口座が一つずつあるとしたって、その残高割合が変わるかもだからどの口座を誰に残すってしたら想定外な結果になりかねないよね。
「まず、捨てて欲しくない思い出の品に関しては、誰それに譲るって指定しておくと良いと思うわ。
じゃないと多分、私たちは業者に頼んで全部捨て値で引き取って貰うと思うから。
で、その他に関しては、誰にどのくらいの割合で残したいかを決めておいて、『換金化する際の所得税を引いた金額で下記の割合で分けよ』とでもすれば良いんじゃないかしら?
詳しいことは弁護士の先生にでも相談すればいいし、それこそ秀一兄のところの子供達に大学とかの学費を出してあげたいなら、それも別に書いておけば良いし」
菜穂子さんが母親に告げる。
確かに!?
所得税の後というのは盲点だった。
銀行の預金と株を貰うのでは時価は同じで相続税は同じでも、現金化する時に譲渡利益が発生したら、株を受け取った方は最大で2割手取りが減額するもんねぇ。
売らなければ税金は掛からないけど、死亡時に株が評価損状態なんじゃない限り、基本的に税金での減額を覚悟しなければ現金として入手で来ない。そうなると、預金を受け取るか、株や投信を受け取るかでは大きな違いが生じかねない。
「なんか面倒ねぇ」
美紗子さんがため息を吐きながら言った。
「まあ、変に残って私たちの間で喧嘩にならないように、全部使い切ってくれた方が良い位なのよ?
私たちを無事に独り立ちするまで育ててくれたんだから、更に資金提供しなきゃいけない義理なんてないもの。
豪華客船で世界一周旅行とかに行くとか今までやらなかった事を試して残りの人生を楽しみつつ、ガンガンお金を使ってね?
家を売って高齢者用施設の前払金さえ払ってしまえば、月々の出費は年金で殆どカバー出来るはずだし、最後の医療ケアはできるだけ無駄な治療はしないでさっさと死にたいってお母さんいつも言っていたんだから、無駄にお金を残しておく必要はないわよ」
菜穂子さんが指摘する。
豪華客船か〜。
一人で行っても微妙な気がするけど、誰か一緒に遊びに行くような友人が生き残っているんかな?
資金力だって今の80代はそれなりに金持ちは多いだろうけど、やっぱ個人差はあるだろうし。
「まあ、そこら辺は入るところを決めて家を……」
「お待たせ〜」
二人の会話を依頼主の声が遮った。
お、あっちも終わったか。
「では、失礼します」
呪詛は二度目の使用は重犯罪扱いになる点を菜穂子さんに伝えて、碧と一緒に玄関へ向かう。
「どうも、ご迷惑をおかけしました」
依頼主と菜穂子さんが頭を下げた。
「いえいえ、話が丸く収まりそうで良かったです。
後で退魔協会の人間がお使いになった呪師の詳細に関してお伺いする為に連絡すると思いますが、
その際はよろしくお願いしますね」
碧が軽く応じて、部屋を出た。
「……依頼のドタキャンってちょくちょくあるの?」
エレベーターホールでボタンを押しながら、碧に尋ねる。
「偶に?
返金無しでもキャンセルするっていうならこちらに止める権利はないけど、色々と面倒だからキャンセルするって言い出されないのが一番なのよね〜。
だから、悪霊にせよ呪詛にせよ、依頼主に明示的に聞かれない限り詳細は言わないことが推奨されているの。
下手に同情して祓わないとか、返さないなんて言われたら困るからね。
まあ、呪詛ではそういう事は滅多にないけど」
チ〜ンと音を立てて現れたエレベーターに乗り込みながら碧が教えてくれた。
「確かに、悪霊はそれなりに同情しちゃうような話は多いけど。でも、どちらにせよ祓われて昇天する方が霊にとってもいいでしょうに」
依頼主が同情したところで、悪霊は感謝しないしね。
というか、生きていたって同情されて喜ぶ人間って滅多にいないよね。
「そう〜。
だから余計、悪霊の背景なんて言わないに越した事はないのよ。
昇天した方が地上に囚われているより良いんだって証明なんて出来ないしね」
碧が指摘する。
確かにねぇ。
碧の除霊だと穏やかで清らかな空気になるから現世の苦しみから解放されて楽になれたんだなって思えるけど、私の除霊では単に消えましたって感じだから、昇天して来世へ動き始めたのか消滅したのかだって不明だろうし。
白龍さま曰く来世はあるって話だけど、何に転生するかは運とカルマ次第っぽいし。
まあ、取り敢えず今回は想定外な終わり方になったけど、比較的まともな流れになりそうで良かった。
長男夫妻との関係は……表面的にでも穏やかに収まるといいね〜。
これでこの章は終わりです。
明日は休みますが、明後日からまたよろしくお願いします。




