確かに、悪夢だね
「妹の黒井菜穂子です。
菜穂子、こちらは退魔協会の藤山さんと長谷川さん。
それより菜穂子、お前本当に母さんに呪詛を掛けたのか?!」
8階の部屋に入って、そこにいた50代前半ぐらいの女性にごく簡単に私らを紹介した依頼主は、即座に喧嘩(?)を始めた。
……もしかして、この家族って誰も彼もがちょっと感情的で頑固なの??
母親が高齢者だから問題なのかと思っていたんだけど。
「呪詛って言っても、非論理的な感情に基づいた行動をしなくなるだけでしょう。
高齢者施設は自立した状態での方が、元気な人がいる施設に入って好きな様に生活できるのよ。
ボケちゃってしょっちゅう台所で鍋を焦がしたり階段で転んだりするようになって、危険すぎて一人で生活させられないって状態になってから探そうとしたら、それこそもっと酷いボケ老人しか居ないような施設に入る羽目になるわ。
だから今のうちに本人が納得できそうな感じのいいところで、安全確認を随時してくれて最後の看取りまで出来るところに入るのが一番でしょう!?」
妹の菜穂子さんがピシャリと言い返しながらコップに麦茶を注いで全員に出して、さっさとソファに座り込んだ。
中々素敵なリビングだね〜。
子供の写真とか絵とかないし、独り暮らしなのかな?
「確かにそうねぇ」
母親の美紗子さんがあっさり頷いた。
子供たち二人がヒートアップしているのに、本人が淡々としていて違和感有りまくりだわ〜。
「お母さんだって、お婆ちゃんが施設に入らざるを得なくなった時に苦労して、もっと早く自立している時に入れば良かったのにって散々愚痴を言っていたのに。いざ自分の番になると話を聞こうともしないし。
幾ら元気だって言っても、お父さんが入院したぐらいから、お母さんも一気に弱って年寄りっぽくなったのよ?
去年はストレスと疲れのせいかと思っていたけど、結局お父さんが逝っちゃって半年以上経っても『すっす』と歩くのではなく、ゆっくり『よろよろ』なのが戻ってないし」
菜穂子さんが、今まで遠慮していただろうことをガンガン言い出し始めた。
親に対して、ヨボヨボになってきたよって言い難いから遠慮してたのが、既に呪詛をかけるなんて思い切ったことをしたせいで遠慮もなくなったのかな?
「確かに、去年あたりから電車に乗った時に席を譲られる事が多くなったわね。
まあ、良いわ。
貴女方持ってきた資料の施設、いくつか見て回って決めましょう」
美紗子さんがあっさりと合意した。
呪詛のお陰で感情的な反応が消えているせいであっさり合意しているんだろうけど……これって呪詛が消えた後に傷付いたりしないのかな?
呪詛で消された感情は戻らないけど、言われた言葉に対する記憶は残るから、呪詛を返した後に思い出したら傷付く可能性はあるんじゃないかと思うが。
まあ、事実ではあるんだし、悪意がある言葉ではないんだろうけどね。
「あと、遺言書も作成してちょうだい。
月払いでまず施設に入って、気に入ったら実家を売っちゃって施設の支払いを月払いメインから前払金を払う代わりに月々の払いを減らすタイプにすれば、長生きしそうなお母さんには一番良いと思うわ。
家さえ売ってあれば遺産相続も大分と話が楽になると思うけど、それでも三分割にするかどうかだけでも決めておかないと、秀一兄さんや織江義姉さんが『孫がいる分多く寄越せ』って言い出しかねないわ。
何もしないくせに金だけ寄越せって言われてもねぇ。お母さんがそれで良いと思って遺言書に書くなら私は反対しないけど、何も書かれてないのにそんなこと言われたら私は徹底的に裁判所に行ってでも争うわよ!」
何やら苛立ちが溜まっていたのか、菜穂子さんがキツい感じに言いきった。
「まあ、あそこの奥さんは金が無い無い良く言っているからなぁ……。
子供がいない俺のところと菜穂子のところは黒井の名前を残すわけじゃないんだから遺産なんか貰う権利はないだろうなんて事も言っていたし」
依頼主がボソッと合意するように呟く。
うわぁ〜。
中々凄い家族だね。
墓の世話をするとかが重要なんだったら、確かに名前を残す子供のいない夫婦や嫁入りした娘は遺産をもらう権利はないって考え方が以前はあったんだろうけど。
今時、珍しいほど古臭い考え方だね。
その嫁さんに家を守る気がある訳ではなく、単に強欲なだけな気もするけど。
どうやら義理の母親の世話とかはやっていないようだし。
「とにかく、あの実家は何が何でも売っておかないと、三人で共用所有なんて事になったら悪夢よ?!
売る為に見た目を良くしなきゃとか言って私たちから金を取り立てて好きな様にリフォームした挙句に、空き家は痛むからとか主張して『売れるまで管理費を取らずにタダで住んであげるわ』なんてあの人が言い出すに決まっているわ!
そのまま私たちに家賃も払わずに居座って占有され続けた挙句に数年後に『もうずっと占有しているんだから自分たちの物だ」とかって言い出されたらどうするの?!
かと言って見栄っ張りであの無駄遣いの多い夫婦に実家の資産価値の半分であろうと私たちに払うような貯金があるとも思えないし。
下手をしたら、私たちは相続税とリフォーム代とかメンテ費用だけ毟り取られる羽目になると思ったから、強硬手段に出たの」
菜穂子さんが言った。
うわぁ〜。
確かにそんな話を聞くと、遺言書が無い場合に資産価値が高い家が残ったりしたら泥沼かもだねぇ。
共同所有だとしたら、長男が居座り続ける為に敢えて非現実的な販売価格を主張してると思っても、市場価格で売り手が見つかろうと弟と妹だけで販売を強行できないだろうし。
田舎の売れない家が負動産になるっていうのは良く聞くけど、都心の資産価値の高過ぎる不動産も争いの元なんだね。




