坊ちゃん??
池谷氏がエレベーターにカードを翳して扉を開き、依頼人と私達が入ったら操作した。一瞬何も起きなかったが、シュッと軽い上昇感があったと思ったらあっという間にエレベーターの扉が開いていた。
「こちらで良いですか?」
20階以上の筈なのに、早いし加速感も殆ど感じないなんて、凄いね〜。
これって最初と最後の加速と減速を工夫する事で途中の速度は抜群に早くしても使用者に違和感を感じさせない様にしてあるんだろうなぁ。
加速感がなくても、風邪とかで耳の調子が悪い場合はどうなるんだろ?
そう言えばスキューバダイビングした時は潜って数日以内は飛行機に乗っちゃいけないらしいけど、こう言う高層ビルの高速エレベーターは大丈夫なのかな?
ちょっと気になるが、ダイビングをするつもりはないから、まあどうでも良いか。
一応ギリギリ泳げるけど、立ち泳ぎとかが苦手だからダイビングも厳しいと思うんだよね。
思わずあまり今まで縁がなかった文明の利器に気を取られていたが、慌てて池谷氏の問いに応じる。
「ええ。
ちょっと廊下を歩きましょう」
フロアにさえ辿り着ければ、自分の部屋の場所と関係ないところでも廊下を少しぐらい歩き回っても大丈夫な筈。
流石にいつまでも彷徨いていたらホテルの人間に『どうしましたか?』とにこやかに助けますよ〜と言う声掛けという形での警告を受けるだろうが。
廊下に出て、呪詛のリンクを確認する
うん。どうやら、ここよりもう少し上の階なようだ。
出来れば一つ上か、それよりもっと上かを確定させたい。
と言う事で、まずはエレベーターホールで上への呪詛のリンクの角度をメモしておく。
そして依頼人(と秘書と碧)を引き連れて、呪詛に近づく方向へ歩き始めた。
「ここの上の様ですね」
角部屋の前の廊下で足を止めた。
呪詛の線がほぼ垂直に上にある部屋の中の方向へと伸びている。
角度を測れるアプリと、万歩計アプリで計測したエレベーターホールからの距離を元に三角関数の計算サイトを使ったら、多分1階分の高さと思われる結果が出た。
3メートルちょっとだから、誤差があるにしても2階分は無いだろう。
「この一つ上の階の部屋だと思うので、そこの非常階段で上がります?」
態々エレベーターまで戻るのも面倒だし。
折角すぐ側に非常階段の入り口があるのだ。利用してもいいだろう。
「そうだね、近くにあるしそうしようか」
依頼人があっさり頷いた。
これってもしもの時にさっさと退出出来るように、呪詛を掛けた人は非常階段の側の部屋を選んだのかね?
若しくは、角で景色がいい部屋は高いから、もしもの時にVIPな客がさっさと逃げられるように敢えて近くに非常階段を設置する設計にホテル側がしたのか。
そんなことを考えながら池谷氏が非常階段の扉を開けるのに続き、階段を登る。
山登り対策の運動用に、駅ビルかどこかで階段を毎日沢山登るようにしようかなぁ。
そろそろ涼しくなってきたから、ウォーキングのついでに駅まで足を伸ばして階段登りを含めても良いかも?
そんな事を考えている間に1階分の階段を登り終え、池谷氏がポケットから取り出した次の階のカードキーを扉の側のリーダーに翳したら階段の扉が開いた。
考えてみたら、非常階段って中から廊下側へ出る方向に開ける必要あまりないかも?
ロビーから運動がてらに登りたがる客のために自分のフロアまで上がれるようにしてあるのかな?
いや、それよりも好奇心で非常階段に出た客がちゃんと自分のフロアに戻れる様に、最低でも自分のフロアには出れる様にする必要があるか。
確か、最上階にレストランがいくつか入っている筈だから、そこから降りてくる客もいるのかもね〜。
もっとも、レストランで酒を飲んだ客が階段で降りようとして転がり落ちたりしたら大問題だから、多分ホテル側はできるだけ階段は使うなと説得しようとするだろうけど。
まあ、それはともかく。
「ここですね」
予想通り、角部屋のドアの前に立ったら、呪詛の線が依頼人からほぼ水平に真っ直ぐ部屋の中へと続いていた。
さて。
どうやって部屋の扉を開けさせるのかな?
池谷氏がドアをノックする。
「すいません、こちらにカード入れが落ちていますが、どなたか部屋の方の物ではありませんか?」
え、それで政治家(多分)がドアを開けるの?
と言うか、インターフォンがないけど何を言っているか聞こえるのかな。
暫く沈黙があり、やがてガチャガチャと音がしたあと、扉が開いた。
「え??
大山さん?」
依頼人が呆気に取られた様な声を上げた。
呪詛を掛けた人間が業界内の知り合いな可能性は高いだろうとは思っていたけど、どうやら顔見知りなのは良いとしても想定外な相手だったらしい。
「おや、思ったより早かったですね、坊ちゃん」
……はぁぁぁ???




