一族の為
「なんか今週は雨が多いね。
昨日のうちにハイキングに行けて良かった」
朝からずっと雨が続いている。
雨で外が霞んで森が霧に沈んでいる様に見えるのって中々幻想的で眺める分には良いけど、あの中を歩くの無しだなぁ。
「だね〜。
去年みたいに9月になっても日中35度以上で夜でも30度近いのは御免だけど、こんな感じに雨ばかりっていうのもあまり嬉しくないね。
どうせだったら秋晴れを楽しみたい〜」
碧が外を見ながら溜め息を吐いた。
「まあ、9月じゃあ下手に晴れたら秋晴れというよりは真夏日になりそうだから、曇りぐらいが一番良いかな。
そう言えば、山歩きをしなきゃ辿り着けない様な依頼なのに、雨が降った時ってどうなるのかな?」
雨の中をハイキングなんてしたくない。
「そりゃあもう、止むまで延期よ。
山の雨を舐めちゃいけない」
碧が『当然でしょう』と言いたげな口調で返した。
「あ、そうなの?」
「当然!
滑って崖から落ちたりしたら命に関わるし、沢が突然増水するリスクだってあるんだし、迷子になった時に濡れているせいで低体温症になったらマジで危険だし。
どんなに緊急性はある依頼だろうと、山歩きがあるなら雨天延期よ。
ワンチャン、風がないならヘリコプターで送ってもらうのはありかもだけど」
碧が言った。
そっかぁ。
まあ、舗装していない山道って乾いていてもうっかりしたら足が滑りそうだもんねぇ。
濡れた落ち葉なんかがあったらマジで危険そうだし、確かに無しだね。
私らが呼ばれる様な案件だったら、『霊障被害』がちょっとしたダウンバーストとかを含む可能性だってあるかもだから、ヘリコプターで送ってくれると言われても嫌かな。
まあ、碧が同乗していたら、白龍さまがヘリコプターが墜落しない様に守ってくれるだろうけど……心臓に悪そう。
「考えてみたら、東京へ帰る予定日前後に線状降水帯がどこか近くに発生する可能性もあるかもだね。
そうなったらどうする?」
天気予報を見ると、ほぼ1週間ずっと曇りと雨っぽい。
ニュースによると、近日中に本州で線状降水帯が発生するかもと出てる。
「まあ、金曜日までに通り過ぎてくれると思うけど、もしも金曜日に来るって話になったら1日早く木曜日に帰るか、月曜日まで車のレンタルを延長しよう。
無理に大雨の中に道路へ出る必要はないでしょう」
碧が応じた。
「だね〜。
よく知らない道を走っていて、うっかり水没したアンダーパスに突っ込んじゃったりしたら不味いしね」
考えてみたら、昼間はまだしも夜だったらアンダーパスが水没しているかどうか、ちゃんと見て取れるのかな?
そうじゃなくても後ろから車が来てたら水没に気付いたからって急ブレーキを掛けるのも危険そうだし。
まあ、そこまで大雨だったらどの車もノロノロ運転してるよね?
最近じゃあ、電車が停まっているからと安易に車を出したりしたら不味そうだ。
そういう時は、出先だったらホテルを見つけて泊まるのが一番良さそう。
いつか車を買っても、そこら辺は気をつけなきゃだなぁ。
と言うか。
いつか車を買うとしたら、駐車場が水没しない場所を選ばないとだね。
家が浸水されても嫌だからハザードマップのチェックは当然だけど、半地下なガレージなんかの場合、大雨が降ったらどうなるんだろ?
『まあ、急ぐなら邪魔な雨雲を海へ押し出してやるぞい?』
ふいっと現れた白龍さまが言った。
そっかぁ。
うっかり雨雲を動かして貰って他の地域で水害が起きたら気不味いけど、海まで押し出して貰えれば、大丈夫かな?
常識の範囲内な雨雲程度だったらダムの水不足とかの為にも降った方が良いんだろうけど。
「ありがとうございます。
もしもの時はお願いしますね。
まあ、線状降水帯も今となっては日本の気候の一部なようですからね。白龍さま頼りになる癖をつけて、いつまで経っても国も国民も対処法を身につけないのは困るから、非常事態にだけお願いします」
碧が答えた。
昔って線状降水帯があっても気付かなかったのか、温暖化で海水の温度が上がったせいで雨雲が多くなって線状降水帯が新しい現象として頻発する様になったのか。
どうなんだろうねぇ。
「そう言えば、あの水源地の祟られ案件。
ネットの掲示板によると、ミネラルウォーターのメーカーがあの本家を契約不履行で訴えたらしいよ。
醸造所の方は、本家が代わりに他の水源地から水を手配することで訴訟は見合わせて貰っているらしい」
碧が言った。
「マジ?
水源地からパイプで水を引いているとしたら、そう簡単に変えられないと思うけど。
第一、水が変わっちゃったらお酒の味も変わっちゃって経営危機にならない?」
味がどうでも良いなら、販売が一時的にでも途切れたら違う酒を買う様になっちゃいそうだけど。
「暫くはドラム缶とか給水車にでも入れてワンランク上な水を運ぶのかも?
長期的にはヤバいよね〜」
碧が肩を竦めながら言った。
「醸造所は小さいところなのかな?
マジでそこに水源地を譲って、本家か醸造所がその水源地近辺に慰霊碑でも建てた方が良いんじゃないかね?」
とばっちりで歴史がある醸造所が潰れたりしたら可哀想だ。
「とは言っても……トップがあの、霊の存在も微妙に信じてなさそうな当主だからねぇ。
たとえ慰霊碑用の岩を買ったとしても、ちゃんと心を込めて祈らないと慰霊碑として機能しないだろうから、無理っぽくない?」
碧が指摘する。
「確かに。
あの当主と、それこそ贄役の人たちの生活費を横領してたかもな分家の老人達を水源地に向かわせて、あそこで祟らせてから祓うのが一番良くない?
小動物を祟って操っている状態じゃあどうしようもないでしょう」
人間にちゃんと取り憑いてもらわないと、祓うのも難しすぎる。
ま、依頼が来ても絶対に断るから、知ったこっちゃないけどね〜。
当主が祟られたって言うなら、あの本館までだったら行っても良いけど。
他の人間に犠牲を強いるんじゃなくて、偶には一族のために身を差し出したら?




