自己中の論理
「あら、絨毯が濡れそうね。
何でしたら此方に座ります?
私のズボンもまだ濡れてますけど、替えのタオルがあるから」
ちょっと嫌味っぽく依頼主が泰斗とやらに声を掛ける。
そっかぁ、家中歩き回る際に汗を垂れ流していたとなったら、掃除とかも大変だったかも。
汗ってそれなりにベタつくよね。
まあ、あんだけダラダラ垂れてたら汗腺の汚れも洗い流されてサラサラな汗になって、大してベタつかないようになっていたかもだけど。
でも、あんだけ汗をかいていたら、たとえ汗腺がかなり綺麗になっていたとしてもある程度は塩分とかミネラルが肌について、肌荒れとか汗疹の原因になりそう。
定期的にシャワーを浴びてスキンローションでも塗ってたのかな?
でも折角のスキンローションでも汗に洗い流されそう。
大量に汗をかく場合の汗疹防止策ってどんな手があるんだろ?
子供の頃はベビーパウダーを背中に叩いてもらった記憶があるけど、ひっきりなしに汗をかいているんだったらそれも汗で流れ落ちてしまいそう。
洗い流されないぐらい大量にパウダーをつけたらそれこそパン種の如くべったりと肌に付いて健康に悪そうだし。
そんなどうでも良い事を私が考えている間に、当主夫人(だよね?)が呪詛を掛けた犯人である息子の前に立ってバシッと殴った。膝をついていたから顔が丁度叩きやすい高さにきていたみたい。
拳骨では無かったけど、綺麗に手の形が赤く出てきたから、思い切り力を込めたようだね。
「何を考えてそんな事をしたの?!
聖良ちゃんがあれだけ苦しんでいたのを見ていたでしょう!!!」
まあ、呪詛としては苦痛は少ない方だったけどね。
不快ではあっただろうけど。
だから、将来の義理の姉が困っていても、平気で同情している言動だけでスルー出来たのかな。
「ちなみに、依頼を出した先の呪師の詳細を頂けますか?
あと、泰斗氏に関しては今回は呪詛を掛けたのが初回と思われますので、過去に呪詛を使った記録が退魔協会もしくは警察から見つからない限り、警告だけで終わります。ただし再犯の場合は裁判なしの死刑になる可能性も高いですのでご了承下さい」
グダグダと動機に関しての話し合いになる前に、最低限私らがしなければならない呪詛に関する通告だけは先の言っておく。
一応、退魔協会と警察の方でこの泰斗とやらが過去に呪詛を使っていた証拠がないかを調べて、無かったら初回としての警告と再犯がバレた場合の呪詛・超常犯罪における刑罰の情報開示をがっつりしっかり『聞いていない』と言えないレベルで伝えることになる。
だけど最初の警告は、退魔協会の調査が終わる前に犯人がとんずらする場合のことも考えて、この場でやっておかないといけないんだよね。
「はぁ?
死刑??」
泰斗がこっちを見て『あり得ないだろう!』と言いたげに不満な顔をして聞き返してきた。
「呪詛と言うのは、相手を秘密裏に死に至らしめる可能性のある超常的な攻撃手段ですので。
最初の一回は、害意があり、成功すると思って実際に呪師を雇ってお金を払ったにしても『冗談だった』『恨んでいたので駄目元でも試さずにいられなかった』『まさか効果があるとは思わなかった』等の言い訳が日本の社会的通念では通ってしまいます。
ですが一度試して効果がある事が確認できているのに繰り返すと言うことは、加害者は被害者も周囲の人間も気付かぬ手段で誰かを害する事を是とする人間であると証明されたと見做されます。たとえ呪詛が今回と同じぐらい致死性のない呪いであろうと、余程特殊なケースでない限り発覚すれば大量殺人鬼と同じ扱いになります」
まだ自分で呪詛を掛けずに、呪師にやらせたんだったら無期懲役もありえたかもなんだけど、返された=自分で呪詛を掛けたって事は、自分で再度掛けられる可能性がある。実際には一から全部呪師にお膳立てして貰って自分一人じゃあ呪詛をかける知識も能力も無くても、出来ると見做されるんだよね〜。
呪詛が実在するって知っていて、信じていて、実際に使った経験があれば。恨みと憎しみと自分を犠牲にする根性さえがあるならば、人を呪うのに成功しちゃう可能性も高いし。
「人を呪うというのはそれだけ危険な行為なんです。
そんな行為を、なぜ私にしたのか、教えてくださる?」
抗議したげな顔で私を睨んでいる加害者を遮って、依頼主が口を挟んだ。
「東堂家の君が兄貴と結婚したら、次期当主は兄貴に決まったも同然じゃないか!
せめて俺が社会に出て、能力を証明するまで待って貰わなければ勝負にもならないなんて、不公平だろう!?」
泰斗が怒ったように言い返す。
あらまぁ。
悪い事をしたという罪悪感すらないの??
「だったら呑気に大学院になんて行かずにさっさと働き始めれば良かっただろう。
もしくはバイトやインターンとしてでもグループ内の会社で働いてみて、現場の事をもっと学ぶとか。
大樹は大学生の時からバイトであちこちの子会社の一番不人気で離職率の高い作業をやっていたぞ?
第一、まだまだ私だって現役だ。
次期当主を決めるのなんて最低でも十年は先の話になる」
今まで黙っていた父親が口を開いた。
現場を知りたがる長男と、理論を学びたがる次男って感じなのかな?
タイプが違う方がどちらがトップになろうとお互いを補そうなもんだけど。
残念ながら次男はここで脱落だよね。
多分。
つうか、理論好きにしちゃあ、随分と考え足らずだよね。
若しくは自己中すぎて周囲からはバカにしか見えないと言うか。
似非インテリなのかな?




