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冒険家 〜語り部がつむぐ英雄ならざる英雄達の物語〜  作者: 製本業者


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ですぺら〜と☆くわく 聖杯探索のその横で (8)

森の奥へ足を踏み入れた三人は、慎重に茂みを掻き分けながら進んでいた。背の高い木々が頭上を覆い、差し込む光はまばらで、森全体が緑と影の濃淡に包まれている。足元には湿った土の匂いが漂い、落ち葉がカサリと小さな音を立てる。遠くから鳥の鳴き声が一瞬聞こえたかと思うと、すぐに静寂に飲まれた。


葉を揺らす風の音さえ、まるで低く囁くように聞こえる。不気味なほど静かなその空間は、ただ歩くだけでも心を重くするような威圧感を放っていた。


「なんだか、嫌な空気ね」

ニーアが低く呟きながら、新しい槍を軽く握り直す。その声には緊張が滲んでいたが、どこか期待するような響きも混じっている。


「気にするな。こういうところほど、何かいるって証拠だろう」

ホッブが前を歩きながら言う。淡々とした口調ではあったが、その言葉の裏に漂う微かな警戒心を、ニーアとボガートは感じ取った。


「ホッブさん、それ、全然安心できないんですけど」

ボガートが苦笑交じりに口を挟む。だがその手は槍をしっかりと握り、鋭い目で周囲を警戒していた。


進むほどに森の雰囲気はますます重くなる。どこか湿っぽい風が肌を撫で、時折、頭上からポタリと落ちる水滴が気配を感じさせる。地面には細かい苔がびっしりと生え、足を踏みしめるたびに少し滑る感触が伝わる。


「……ここ、本当に奥まで行くの?」

ニーアが呟いた頃、視界が急に開けた。


広がった空間には、不気味な青白い光が揺らめいていた。地面には幾何学的な模様が刻まれた魔法陣が描かれ、その中心にフードを深く被った男が立っている。その男の手はゆっくりと動き、指先から黒い煙のようなものが魔法陣を走った。


「……スケルトンか」

ホッブが低く呟く。その視線の先、魔法陣から這い出してくるのは、白い骨だけで構成された骸骨の魔物たちだった。カタカタと音を立てながら、暗い光を宿した眼窩を動かしている。


「召喚中、ってところね」

ニーアは目を細め、槍の先を魔物使いの方向に向ける。その鋭い目つきに、少しだけ興奮したような色が宿る。


「しかも、あれを護衛してるのは……ガーゴイルか」

ボガートが指差した先、魔物使いの周囲には二体のガーゴイルが控えていた。石のような肌は灰色に鈍く光り、巨大な翼を静かに広げたまま動かない。まるで彫像がそのまま生きているかのような姿だ。


その場の空気はさらに冷たく張り詰めた。スケルトンのカタカタという骨の音と、魔法陣の青白い光だけが不気味に場を支配している。


三人は息を潜めながら視線を交わす。


「……こりゃ、厄介ね」

ニーアが小声で漏らすと、ホッブは短く頷いた。


「数もそうだが……あのガーゴイルが護衛についてるのが面倒だな」

ホッブの目が鋭くガーゴイルを睨みつける。その間にも、魔物使いの周りにはスケルトンが次々と召喚されていた。

「こっちが気づかれてないだけマシってやつですね」

ボガートが苦笑を浮かべながらも、内心では冷や汗を浮かべているのが明らかだった。


「……悪いけど、これ、ちょっと荷が重くない?」

ニーアが呟くと、ホッブも無言で頷く。ボガートは小さく舌打ちをしながら槍を下ろした。

「逃げるしかないな」

ホッブが短く結論を出すと、ニーアが苦笑いしながら振り返る。

「そうね。あんなの相手にするなんて正気の沙汰じゃないし」

「姐さん、逃げるタイミングは任せますよ」

ボガートが後ずさりながら、慎重にその場を離れようとする。


だが、そのときだった。

ニーアの腰に結びつけられていた小袋が揺れ、中から果物が一つ地面に転がり落ちた。


「!」

三人は息を飲む。


果物はころころと転がり、硬い地面に置かれた小石に当たると、 カタン と乾いた音を響かせた。その音が森の静寂を突き破り、不気味に響き渡る。


音が消えた瞬間、三人は同時に動きを止めた。


ほんの少し前の情景が、三人の脳裏を駆け巡る。


「あの……これ、おなか空いたら食べてください!」

屈託のない笑顔で手を差し出してきた少年の姿。遠慮する三人に、子供たちが目を輝かせながら無邪気に押し付けてきた温かな果物の感触。

「俺たちには、こんな立派なもの必要ないって!」と笑いながら、差し出された果物を手にした瞬間の、子供たちの誇らしげな顔――。

その光景が鮮明に蘇り、胸に微かな痛みを伴って刻まれる。


魔物使いが振り返らない中、二体のガーゴイルだけが首を動かした。


「……やっちまった」

ボガートが顔を引きつらせながら小声で呟く。


転がった果物に目を落としたニーアは、歪んだ笑みを浮かべる。

「何よ、こんなときに……」

その表情は泣きそうな笑顔だったが、その奥には悔しさと怒りが入り混じっていた。


ボガートもまた、苦々しい顔で呟いた。

「……やっちまったな。完全に気取られた」


魔物使いは振り返らない。しかし、二体のガーゴイルだけが動き出し、首をゆっくりと三人の方へ向けた。その冷たい瞳がじっとこちらを見据える。


「……これ、どうするの?」

ニーアが低い声で呟く。視線は転がる果物に固定されたままだった。


「選択肢は三つだな」

わざと陽気な口調で、ボガートが指を一本ずつ立てながら続ける。

「奇襲するか、突撃するか、姐さんの魔法で攪乱するか」


「……ちょっと待って。それ、全部戦う選択肢じゃない」

ニーアが困惑気味に槍を握り直す。


「他に何がある?」

ホッブが淡々と返した。その言葉は静かだが、その奥にある感情を二人は感じ取った。

その言葉に、ボガートが小さく肩をすくめる。

「子供たちが待ってる顔が浮かんじゃ、なおさらだよなぁ……」


果物をくれた子供たちの姿が、三人の心に鮮烈に蘇る。

逃げるという選択肢は、果物と共に転がり落ちてしまったのだ。


ニーアは小さく息をつき、果物を拾い上げながら苦笑する。

「……これ、落ちちゃったから食べられなかったって返さないとね」

そして、ニーアは視線を鋭くしながら槍を構えた。

「せっかく手に入れたこの槍、さっきから使いたくてうずうずしてたし。これで決まりでしょ」


ボガートは軽く苦笑し、槍を振り上げた。

「ホント、姐さんのそういうとこ、嫌いじゃないっす。

そうっすね。食べなかったんなら、ちゃんと返さなきゃ筋が通らねぇ」


「筋か」

ホッブが短く呟くと、無言で大剣を引き抜いた。その音が周囲の静けさを際立たせる。


ニーアは槍を構え直し、わずかに口元を引き締めた。

「やっぱり、どうせ逃げるなら手ぶらは嫌いなのよね。せめて、これくらい持ち帰らないと」


ボガートはその言葉に笑みを浮かべながら、槍を軽く回した。

「じゃあ姐さん、その槍の威力、お手並み拝見ってやつで」


三人は互いに視線を交わすと、ゆっくりと距離を詰め始めた。


「さっきも言ったが、俺たちの足は速い」

ホッブが低く呟く。その声には、どこか静かな覚悟が宿っている。

「だが……逃げるだけが速いわけじゃない」


「そりゃ頼もしい限りだわ」

ニーアが冷ややかに返しつつも、その目には確固たる決意が浮かんでいる。


「ま、俺たちだってこんなとこで終わるわけにはいかねぇですしね」

ボガートがにやりと笑い、軽口を叩く。だが、その言葉の裏には、決して引かない意志が込められていた。


果物を拾い上げたニーアは、わずかにそれを見つめると、低く呟いた。

「……子供たちには、もっと甘い果物を届けてあげないとね」


それを聞いたホッブは静かに大剣を構え、先陣を切るように前に出た。

「……やるぞ。作戦は……

吶喊チャージ!」


その言葉に、ニーアとボガートも頷き、槍と杖を握り直すと気勢と共に飛び出した。

三人は冷たい空気を背に受け、揺れる魔法陣へと踏み込んだ――決して守るべきものを失わせないために。


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