ですぺら〜と☆くわく 聖杯探索のその横で(9)
ホッブの声が響くと同時に、三人は茂みから飛び出し、魔法陣めがけて一直線に駆け出した。
スケルトンたちが一斉に動きを止め、ぎこり、と首を巡らせる。骨同士が擦れ合う不快な音が、森の中にこだました。
「ガラクタどもなんざ、まとめて吹き飛ばしてやるよ!」
ボガートが勢いよく槍を振りかざし、真っ先に突っ込む。
最初の一体を横薙ぎに払って姿勢を崩させると、そのまま踏み込み、回し蹴りで骨の塊ごと吹き飛ばした。
「こっちは任せる!」
ホッブは振り返りもせずに大剣を構え、魔法陣を守るスケルトンの群れへ正面から突っ込んだ。
一振りごとに骨が砕け、乾いた音が立て続けに響く。
力任せに見えて、その刃筋には無駄がなかった。
「遅れるわけにはいかないわね!」
ニーアもまたスケルトンの間を駆け抜けながら、鋭い突きを繰り出す。
新しい槍の穂先は驚くほど素直に伸び、彼女の狙いをそのまま形にした。
喉元、胸骨の継ぎ目、支えの弱い関節――正確無比な一撃が、次々とスケルトンを崩していく。
「無茶だけはするなよ!」
ホッブの怒鳴り声に、
「わかってるよ!」
「そっちこそね!」
二人の声が返る。
それを聞き、ホッブはほんの一瞬だけ口元を緩めた。だが、すぐに表情を引き締める。
この程度で気を抜ける相手ではない。
そのとき、ホッブの正面にひときわ大きなスケルトンが立ちふさがった。
巨体に似合わぬ速さで剣を振るい、力任せに押し潰そうとしてくる。
だが、動きは見えていた。
「ふっ!」
ホッブが振り下ろされた剣を半歩でかわす。
大剣は地面に深く食い込み、案の定、大きな隙が生まれた。
そこへホッブは躊躇なく踏み込む。
腰を落とし、全身の力を乗せた横薙ぎが、スケルトンの胴をまとめて砕き割った。
骨の巨体はばらばらに吹き飛び、音を立てて地に崩れ落ちる。
「よし――」
短く息を吐いたホッブは、しかしすぐに意識を前へ戻した。
幸いというべきか、魔物使いは魔法陣の維持に集中しきっており、周囲への注意が明らかに薄れている。
今なら届く。
「このまま魔法陣を叩き壊す!」
ボガートが叫ぶ。
ニーアは無言でうなずき、槍を握る手に力を込めた。
一気に踏み込み、魔法陣の中心へ向けて穂先を振り下ろす。
その一撃が刻まれた紋様を断ち切った瞬間、青白い光が激しく脈打った。
空気がびり、と震え、次の瞬間、魔法陣は音もなく崩れるように掻き消えた。
「「……やったか!」」
ボガートが息をつきかけた、その瞬間だった。
魔物使いが、喉を引き裂くような悲鳴を上げる。
「ぎゃあああっ!」
どうやら破損した魔法陣から、それまで注ぎ込んでいた魔力が逆流したらしい。
ニーアにもボガートにも、術者である以上、ただでは済まないことは分かった。呪詛返しにも似た反動をまともに食らえば、注ぎ込んだ魔力のぶんだけ自分を焼く。まともな術者なら、立っているだけでも奇跡だ。
だが、魔物使いは膝をつきながらも、憎悪に満ちた目で三人を睨みつけた。
「聖杯の魔法陣が……!
貴様ら、よくも……!」
怒りに満ちたその叫びと同時に、彼の傍らに控えていた二体のガーゴイルが、石をきしませながら翼を広げた。
「来るぞ!」
ホッブが叫ぶ。
次の瞬間、ガーゴイルたちは風を叩いて宙へ舞い上がり、そのまま一直線に急降下してきた。
上から叩き潰すつもりだ。
しかも、それに呼応するように、残っていたスケルトンどもまでが一斉に走り出す。
空と地上から、同時に来る。
真正面から受ければ、一気に崩される。
「まずは空の厄介者から!」
ニーアが叫び、槍を大きく薙いだ。
穂先の軌道をなぞるように、炎の矢が唸りを上げて飛ぶ。
火矢は一体のガーゴイルの片翼を直撃した。
石の身体そのものは頑丈でも、翼は飛ぶために薄く作られている。しかも、魔法の炎は普通の火と違って、そう簡単には消えない。
翼を焼かれたガーゴイルは大きく体勢を崩し、そのまま不時着――どころか、墜落に近い勢いで地面へ叩きつけられた。
だが敵もただでは終わらない。落下の勢いをそのまま殺さず、転がる石塊のようにボガートへ突っ込んでくる。
「危ない!」
ニーアの声より早く、ボガートは槍を水平に構えていた。
同時に、低く短い呪文を唱える。
これまで誰にも見せたことのない、彼が使える唯一の攻撃魔法だった。
次の瞬間、ガーゴイルの頭上に淡い光が走る。
生まれたのは、鋭く尖った氷の柱。
それが落下の勢いそのままにガーゴイルの肩口と地面をまとめて貫き、石の身体をその場へ縫い止めた。
「っ、これでどうだ!」
ニーアほどの威力はない。
だが、動きを止めるには十分だった。
「ありがとう、助かったわ!」
ニーアが短く言う。
だが礼を返す暇もない。
「まだだ! 来るぞ!」
ホッブの怒声に顔を上げると、残ったスケルトンどもが剣を掲げ、三人へ殺到してくるところだった。
さらに上空では、もう一体のガーゴイルが旋回しながら、獲物を狙って機会をうかがっている。
「させるかよ!」
ボガートは地面に縫い止めたガーゴイルの肩を足場にして跳ね上がり、その勢いのまま槍を突き下ろした。
穂先が石の首を砕き、そのまま振り抜いた反動で、背後から迫っていたスケルトンを蹴り飛ばす。
「ホッブさん、そっち頼みますよ!」
「任せろ!」
ホッブは短く答え、大剣を構え直した。
次の瞬間、最後のガーゴイルが真上から襲いかかってくる。
石の爪が風を裂き、まともに受ければ骨ごと持っていかれそうな一撃だ。
だがホッブは退かない。
半歩だけ踏み込み、振り下ろされる爪の軌道をぎりぎりで外す。
そのまま大剣を逆袈裟に振り上げ、ガーゴイルの脇腹を叩き割った。
石片が飛び散る。
それでもガーゴイルは落ちない。
翼を打ち鳴らし、無理やり体勢を戻して再び距離を取ろうとする。
「逃がすか!」
そこへニーアの槍が閃いた。
彼女は地面を蹴り、スケルトンの肩を踏み台にして跳び上がる。
届くはずのない高さへ、ほんの一瞬だけ穂先を届かせるために。
槍の一撃が、傷ついた翼の付け根を正確に貫いた。
ガーゴイルの身体が大きく傾ぐ。
「今だ!」
ニーアの声に、ホッブが迷わず踏み込む。
全身を捻り込み、渾身の一撃を叩き込んだ。
大剣が石の首を断ち割る。
鈍く重い音とともに、ガーゴイルの頭部が砕け、巨体はそのまま地に墜ちた。
「これで終わりだ!」
ホッブが吼える。
同時に、最後に残っていたスケルトンの胸骨をボガートの槍が貫き、骨の身体は音を立てて崩れ落ちた。
「あんた……ほんとに魔法戦士だったのかい」
ニーアが呆れ半分に言うと、ボガートは肩をすくめた。
「いやぁ、魔力が少なすぎてね。姐さんみたいに景気よくぶっ放すなんて無理っすよ。せいぜい牽制か、足止めが関の山です」
「それで、隠してたのか」
ホッブが低く問う。ボガートは少しだけ笑って、槍の石突きを地面に軽く打ちつけた。
「隠してこその切り札でしょう。
もっとも……一時間に二発も撃てるか怪しいんじゃ、札ってほど立派でもないですけどね」
砕けた骨と石片が散らばり、焦げた魔法陣の残骸から薄く煙が上がっている。
森に満ちていた殺気が、ようやく途切れた。
「……最初からそれを言ってれば、少しは見直したのに」
「言ったら切り札にならないじゃないっすか」
三人は荒い息をつきながら、反射的に次の敵影を探した。
静寂が戻る――そう思えたのは、ほんの一瞬だけだった。
だが、魔物使いはその場に立ち尽くす三人を冷たい目で見つめ、口元に薄笑いを浮かべた。
「勇者どもが探索で海に行っている今こそと思ったのに、まったく甘かったと言うことか。
だが、コレで終わりだと思ったか?
愚か者どもが……!」
魔物使いが手を掲げると、そこから銀色の光を放つ小さな塊がぽつりと地面に現れた。




