ですぺら〜と☆くわく 聖杯探索のその横で(5)
翌日。
昼のあいだは村人たちの期待を煽るように適当に飲み食いし、日が傾き始めた頃、三人は宿を離れてゴブリンどもの潜む洞窟へ向かった。
夜行性のゴブリンが眠りから覚めるのは、夕方から夜にかけてだ。
この時間帯なら、活動を始める直前で、まだ頭も体も十分には回っていないはずだった。
三人はそこを狙い、襲いかかる刻限を慎重に見計らっていた。
「洞窟って、いつもこうじめじめしてて嫌な感じだよなぁ」
ボガートが槍を肩に担ぎ、軽口を叩く。
「文句を言う暇があるなら、目を凝らして警戒しな」
ニーアが冷たく返すと、ホッブが低く笑った。
「そうだ。お前が真っ先にやられたら、こっちの手間が増えるだけだからな」
「わかってますって!」
ボガートは慌てて声を潜め、槍を握り直した。
ニーアは呆れたように、かすかにため息をつく。
洞窟の入口が見える頃には、赤く傾いた陽が森の影を長く引き伸ばしていた。
辺りは静まり返っていたが、その静けさの奥で、洞窟の中にわずかな物音が生まれ始める。
眠りの浅くなったゴブリンどもが、そろそろ這い出してくる頃合いだった。
「今だ。行くわよ」
ニーアが短く告げるや、三人は音もなく駆け出した。
入口近くにいたゴブリンが数匹、気配に気づいて顔を上げる。
だが遅かった。
ホッブが最初の一匹を叩き伏せ、そのまま体勢も変えずに二匹目を薙ぐ。
骨が砕ける鈍い音とともに、ゴブリンどもは声を上げる間もなく地に沈んだ。
「おら、次だ!」
巨体に似合わぬ踏み込みで、ホッブはさらに奥へ踏み込む。
その勢いだけで、入口に群がりかけていたゴブリンどもはたちまち押し崩された。
その横で、ニーアはすでに詠唱を終えかけていた。
「炎の矢よ、疾れ」
放たれた火矢は洞窟の奥へ鋭く突き進み、次の瞬間、中から悲鳴と物音がいくつも跳ね返ってくる。
「姐さん、かっけぇ!」
ボガートが思わず声を漏らすが、ニーアはちらりと睨んだ。
「口より手を動かして」
「へいへい!」
ボガートも慌てて駆け込み、槍を振るった。
まだ状況を飲み込めていないゴブリンの肩口を突き崩し、そのまま穂先を引き抜いて次へ移る。
軽口は多いが、手つきそのものは慣れていた。
洞窟から飛び出してくるゴブリンの中には、弓や槍を掴んでいるものもいた。
だが、寝起きの混乱に奇襲が重なり、狙いを定める余裕などない。
ただ目の前の三人から逃れようと、押し合いへし合いするばかりだった。
「ほら、もっと走れっての!」
ボガートは槍を翻し、逃げ場を失ったゴブリンを追い立てる。
一匹倒すたび、得物の具合を確かめるように口元を歪めた。
背後から迫った数体を、ホッブが振り向きざまに叩き伏せる。
「無駄だ、散れ!」
「逃げることすら許さないんじゃないの?」
ニーアが冷たく言い放つ。
次の火球が洞窟の出口近くを直撃し、あふれ出しかけていたゴブリンどもを炎ごと押し戻した。
戦いは、三十分とかからずに終わった。
完全に虚を突かれたゴブリンどもは、武器を整える暇もなく崩れ、散り散りに逃げていった。
最後の一匹が入口脇で膝をついたのを見届けて、ホッブはようやく斧を下ろした。
洞窟の前に残ったのは、焦げた臭いと、逃げ遅れた数体の骸だけだった。
「追うか?」
ホッブが洞窟の奥を顎で示した。
本来なら、逃げ出したゴブリンどもを追い、根まで断つのが定石だ。中途半端に終わらせれば、後々また面倒を招く。
だが、ニーアは首を横に振った。
「必要ないわ。追い詰めたところで、今は得るものがない。それより“封印した”ように見せる方が先よ」
ボガートがにやりと笑う。
「なるほど。村人向けの仕上げってわけっすね」
ニーアは答えず、持ってきていた安物の杖を洞窟の入口脇の地面へ深く突き立てた。
続いて、その足元に焦げた枝と砕いた石を円形に並べ、土の上へそれらしい印をいくつか刻んでいく。
ほんの薄く魔力を流すと、杖の先端がかすかに赤く灯り、周囲に熱の揺らぎが生まれた。
「火の気と匂いが残れば十分よ。
村人には“封を焼き付けた”って言えば通るわ」
そう言いながら、ニーアは最後に小さな火球を洞窟の入口近くへ打ち込み、壁面をわざと黒く焦がした。
浅く刻んだ印の縁も熱で焼け、いかにも術式めいた見た目になる。
ボガートはその様子を見て、苦笑まじりに肩をすくめた。
「姐さん、ほんと手が込んでるよなぁ。
これなら“封印の杭を打って、火で口を縛った”とか、いくらでもそれっぽく説明できますぜ」
「当然でしょ」
ニーアは不敵に笑い、立ち上がって手の汚れを払った。
「それに、あとで村人を連れてきても、
“ここから先は刺激しない方がいい”って言えば、近くまでしか見せなくて済むわ」
ホッブが短く鼻を鳴らした。
「見せ方まで込みか。抜かりがないな」
「抜かりがあったら、ここまで生き残ってないわよ」
入口の前には、焦げ跡と印、そして一本だけ突き立てられた杖が残った。
術の理屈を知らない者が見れば、洞窟そのものに何か重い封が施されたと思っても不思議はない。
「完璧っすね、姐さん。これだけ煙と焦げ跡がありゃ、村人も安心するはずです」
ボガートが満足げにうなずく。
「行くぞ」
ホッブが静かに促した。
「報酬を受け取る準備もしなきゃね」
ニーアが言うと、三人は洞窟を背にして村への道を戻り始めた。
どこまで倒し、どこからを“封印の効き目”として語るか――その段取りも、もう頭の中では決まりつつあった。
村に戻った三人は、洞窟の前で施した“封印”について、それらしく戦果を報告した。
「洞窟の入口に封を打ちました。中にいた連中もかなり数を減らしています。少なくとも、すぐにあの場所からゴブリンどもが押し寄せてくることはないでしょう」
ニーアが落ち着いた声で言い切ると、村人たちの間に安堵と歓声が広がった。
報告を受けて急いで確認に向かった、足の速い村人の報告が、それを裏付ける。
洞窟の入口に立てられた杖、焼き付けられた印、黒く焦げた岩肌――それらを実際に見た者たちにとっては、疑う余地もなかったのだ。
「やっぱり勇者様だ!」
「助かった……!」
実際に見てきた村人の言葉に、そんな声があちこちから上がる。
その声を聞きながら、村長は目を潤ませながら三人に深く頭を下げた。
その表情には感謝だけでなく、「見立ては間違っていなかった」という安堵もにじんでいた。
三人は悠然とその称賛を受け止めながら、胸の内ではそれぞれ静かにほくそ笑む。
どこまでを戦果と呼び、どこからを封印の力と信じ込ませるか――その線引きは、思った以上にうまくいったようだった。




