ですぺら〜と☆くわく 聖杯探索のその横で(4)
わざと遠回りして、ややくたびれた様子を見せながら村へ戻った三人は、まず村長の家に通されると椅子に腰を下ろし、水を頼んだ。
「いやぁ、結構な道のりでしたね。村の皆さんのために、全力で動いてきたもんで……」
ボガートが笑顔で肩を回しながら、わざと疲れたふうを装う。
三人が軽く装備を緩め、ようやく一息ついたところで、ほどなくして薬草茶が運ばれてきた。
湯気の立つ椀を見て、ニーアは静かに礼を述べる。
「ありがとうございます。いただきますね」
冷えた果実酒や麦酒を気軽に出せるほど余裕がある村ではないのだろう。
かといって、客にただの白湯を差し出すほど逼迫しているわけでもない。
気を遣った末の、いちばん無難でもてなしらしい一杯――そんなふうに見えた。
ニーアは薬草茶を一口含み、やわらかな笑みを浮かべた。
「このお茶、香りがとても良いですね」
「恐縮です。勇者様方に喜んでいただけるとは……」
村長は恐縮しつつも、どこかほっとしたような表情を浮かべた。
○ ▼ ○
「さて、本題ですが」
ニーアがカップをテーブルに置くのと同時に、ボガートが軽く喉を鳴らして口を開いた。
「思ったより多かったっすよ。雄だけで六十匹以上、雌や幼体を含めると百匹程度ってところですかね」
その言葉に、村人たちが一斉にどよめいた。
村の人口の三倍を超えるその数は、彼らにとって圧倒的な脅威そのものだった。
だが村長は、そのどよめきの中で別のことを考えていた。
百匹程度。
たしかに多い。だが、嘘で脅かすつもりなら、もっと派手な数字を口にするはずだ。三百、五百、あるいは千――そのくらいまで吹いてもおかしくない。
それを、この三人は百匹程度と言った。
おそらく実際に見た数に、洞窟の奥や出入りする分を見込んで少し上乗せしたのだろう。
村人を安心させるためではなく、逆に油断させぬよう安全側に寄せた見積もり。
そう考えると、この控えめな“盛り方”は、かえって本職らしく思えた。
(やはり、ただの山師ではないな……)
村長の中で、三人への信頼はまたひとつ重みを増した。
「ですが、何とかなると思います」
ニーアは静かだが力強い声で続けた。
「ゴブリン程度では破れない封を施してしまえば、とりあえずの安全は確保できますから」
村長は目を見開き、感心したように声を漏らす。
「封印……そのような術があるとは!」
派手さはないが、こういう場では実に頼もしい術だった。
少なくとも、この村のように守るべきものがはっきりしている場所では。
「封印そのものは可能です。ただ……」
ニーアは少しためらうように言い、手元の杖へ視線を落とした。
その杖は使い込まれており、窓から差し込む光を受けて鈍い光沢を返している。長く精霊の力に晒されてきた品に宿る、御来光にも似た淡い輝きだった。
村人たちは、ニーアが何を言いかけているのか分からず、いぶかしげに顔を見合わせる。
だが村長だけは違った。
杖の石突きが鉄ではなく青銅で補強されていること。
握りのあたりが奇妙に擦れ、わずかに歪んでいること。
それが単なる儀式具ではなく、実戦でも使い込まれてきた品であることを物語っていた。
それなりに使い込まれているということは、それだけ精霊の力も蓄えているはずだ。
眩く輝くほどではない。だが、窓からの光とは明らかに異なる、芯のある鈍い艶がそこにはあった。
村長は小さく息を呑み、半ば確かめるように口を開いた。
「封印を施すには……その杖を依り代にする、ということですかな?」
「その通りです」
ニーアは真剣な面持ちでうなずいた。
その声音には迷いがあったが、決して芝居がかったものではない。少なくとも、村長にはそう聞こえた。
「……ただ、これを使ってしまうと、私たちの戦力が少し落ちます」
ホッブが低い声で静かに言った。
ぶっきらぼうな男にしては妙に丁寧なその言い方が、かえって言葉の重みを際立たせる。
村人たちは事情を飲み込みきれずにいたが、村長は違った。
依り代にした品は、そのあいだ自由に使えなくなる。
それが一時的なものであれ、戦いの最中に主力の道具を封に回すのは、たしかに痛い。
ボガートが、困ったように肩をすくめた。
「何とかはなりますよ。何とかは。
でも、戦いに使える装備が一つ減るってなると……やっぱり楽じゃないっすね」
そこで彼は一度言葉を切り、いかにも軽く言い添えるように続けた。
「ゴブリンどもを追い払うだけならともかく、きっちり片づけるってなると、なおさらですし」
その口調はあくまで柔らかい。
だが、村長には十分すぎるほど伝わった。
つまり彼らは、村を守るために自分たちの手札を削ることになるのだ。
ニーアもボガートも、村長の表情の変化を見逃してはいなかった。
この男は、何も知らぬ田舎の年寄りではない。
封印の意味も、依り代の価値も、それが戦いに及ぼす不利も、ある程度は分かっている。
ならば、あとは露骨に求めずともよい。
もし本当に村に何か相応の品があるなら、自分から出してくるだろう。
仮になくとも、最悪は装備の埋め合わせとして金目のものを引き出せばいい。
だが、そんな腹の内は、二人ともおくびにも出さなかった。
村長はしばし考え込むように沈黙した。
囲炉裏の火がぱちりと鳴り、部屋の空気がわずかに揺れる。
封印の理屈は分かる。
依り代が要ることも、そのために使い慣れた得物を一時封に回せば、戦う側の不利になることも。
それは決して大げさな話ではない。むしろ、知っている者間であればあるほど、軽々しく口にできぬ話だ。
だからこそ、村長は迷っていた。
この三人は、よくある押し売りの山師どもとは違う。
だが、信じることと、村に代々伝わるものを託すこととは別だ。
もし見誤れば、村の安全どころか、先祖から受け継いできたものまで失うことになる。
村長は膝の上で組んでいた指を、ゆっくりほどいた。
(……だが、ここで出し渋って村が潰れれば、それこそ意味がない)
そう腹を決めると、彼はようやく納得したようにうなずいた。
「なるほど。封印には依り代が必要……それに、その杖は精霊の加護を受けた、なかなか貴重な品のようですな」
ニーアは何も言わず、ただ静かに視線を返した。
ボガートもまた、肩の力を抜いたまま、いつもの軽薄な笑みをほんの少し控えている。
二人とも、村長の空気の変化から、何かしら相応の品があることをすでに察していた。
もし本当に何もなければ、それはそれで装備の埋め合わせとして金目のものを引き出せばいい――その程度の腹づもりはあった。
だが、そんな計算はおくびにも出さない。
村長は深く息をつき、重々しく口を開いた。
「実は、我が村には代々伝わる槍がございます。勇者様方が持たれている装備に比べれば、劣るやもしれませんが……よろしければ、まずはご覧ください」
その言葉を口にした瞬間、村長の胸の内では、なお迷いが完全には消えていなかった。
これは信頼の証であると同時に、試しでもある。
精霊の加護という点では彼らの杖には及ぶまい。だが、村に伝わるその槍も、決して二束三文の代物ではない。
もし彼らが本物なら、その価値を正しく見るはずだ。
逆に、目の色を変えて食いつくようなら――その時は、その時で見極めよう。
「見せていただけますか」
ニーアが落ち着いた声で尋ねると、村長は穏やかに微笑んで応じた。
「ええ、喜んで」
その言葉が終わるのとほとんど同時に、若者が一人、丁寧に革でくるまれた棒状の品を抱えて運び込んできた。
その扱いの慎重さからも、それがただの農具ではないことは明らかだった。
そして同時に、槍はすでに用意されていたのだと知れる。
○ ▼ ○
「ほう」
ニーアが小さく感嘆の声を漏らした。
革包みから取り出された槍は、見た目こそ古びていたが、造りは思った以上に良かった。
伝説の武具と呼べるほどではないにせよ、実戦で使う道具として見れば、今ニーアが手にしている杖よりもよほど頼りになりそうだ。
ボガートが槍を眺めながら、口元をわずかに緩める。
「いやぁ、見た目は渋いですけど、結構な名品っすね」
「ふむ。重さの乗り方も悪くないな」
ホッブが低く言い添えた。
その反応を見て、村長は胸の内でそっと息をついた。
どうやら三人は、この槍の値打ちを正しく見ているらしい。
この槍は、見た目だけなら古びた旧い品だ。
だが実際には、わずかながら魔力が宿っており、見かけ以上の働きをする。
村長にしてみれば、だからこそ軽々しく見せたくはなかった。
もしここで、これを封印の依り代に使うなどと言い出すようなら、見識のない冒険者と見て話を引っ込めるつもりでもあった。
「いかがでしょう」
村長が静かに尋ねると、ニーアは槍を見つめたまま、ゆっくりとうなずいた。
「ええ。これなら十分です。私の杖を封印に回したあとでも、代わりとして役立つでしょう」
その言葉に、村長はさらに安心したようにうなずく。
封印のために何を失い、代わりに何を補うべきか。少なくとも、この女はその筋道を理解している。
ボガートが槍を手に取ると、軽く重みを確かめるように振ってみせた。
「へぇ、思ったより軽いっすね。こういうの、扱いやすいんですよね」
そこで彼は、いかにも何気ない調子で続けた。
「もっとも、村としても不安でしょうしね。先に封印を済ませて、戻ってきてから貸してもらう形で十分っすよ」
村長は一瞬だけ目を瞬かせた。
だがすぐに、その言葉の意味を理解して表情を緩める。
「……それは、ありがたい」
槍を求めておきながら、今すぐ寄越せとは言わない。
まず村のために封印を施し、そのうえで必要なら借り受ける。
その順を自分たちから口にするあたり、やはりただの山師ではないのかもしれない。
「村にとって大切なものではありますが……勇者様方にお役立ていただけるのなら、本望です。封印の後、正式にお渡ししましょう」
実のところ、ニーアは封印の術など使えない。
だが、目の前の槍が思った以上の品であることはすぐに見て取れた。
ならば、まずは村長を安心させ、疑いを解かせることが先だ。
封印を済ませたあとで自然に借り受ける形に持ち込めばいい。
急いて奪うより、その方がよほど確実だった。
ボガートの言い方に、ニーアは表面上は静かにうなずくだけにとどめた。
内心では、この男もなかなか抜け目がないと認めつつ。
三人は村長の配慮に礼を述べ、槍を元の革包みに戻させた。
村長はそんな彼らの姿に、若い頃に一度だけ見た“本物”と同じ種類の慎みを見た気がした。
「どうか、この村をよろしくお願いいたします」
村人たちは深々と頭を下げ、三人を敬意のこもった目で見送った。




