ですぺら〜と☆くわく 聖杯探索のその横で (6)
それは、ささやかながらも大した宴だった。
村人たちが総出で整えた宴席には、街の酒場で出るような御馳走こそ並ばない。
だが、この村の乏しい蓄えの中から、できる限り見栄えよく、腹にたまるよう工夫された料理が所狭しと並べられていた。
もっとも、村人の何人かが「こうなったら牛を一頭つぶすべきだ」だの「いや、豚も出そう」だのと言い出したときには、さすがに三人そろって止めに入った。
いくら何でもそれはやりすぎだ。
家鴨や鶏ならまだしも、牛や豚はこの先の村の暮らしに響く。
酒に燻製肉、腸詰、それに温かい汁物でもあれば十分すぎる――そう言い切ったのは、ほかでもないボガートだった。
囲炉裏の火は赤々と燃え、村人たちは麦酒を片手に、勇者様たちを囲んで浮かれている。
年寄りはしきりに礼を述べ、若者は戦いの様子を聞きたがり、子供たちは少し離れたところから三人を英雄でも見るような目で見つめていた。
「案ずるより産むが易しとは、よく言ったもんだね」
村長宅の上座に近い席で、質素だがたっぷりと盛られた料理を前に、ボガートが声を潜めて呟く。
「まさにその通りだ。楽勝だったな」
ホッブが肉をかじりながら低く笑った。
「……簡単すぎて、逆に気味が悪いわね」
ニーアはゴブレットを指先で回しながら、冷めた目を向ける。
とはいえ、その声音には張り詰めたものがなく、どこか肩の力が抜けていた。
「姐さんは心配性だなぁ。ほら、見てくださいよ。あんなに喜んでる」
ボガートが顎で示した先では、村の女たちが大鍋の番をしながら笑い合い、老人たちが上機嫌に杯を打ち合わせている。
「だからこそだよ」
ニーアは短く返した。
「こういう連中から、余計なものまで毟り取るような真似は後味が悪いの」
「おや。姐さんにしちゃ随分と情があるじゃないっすか」
「アンタが最初に牛を潰すのを止めたんでしょうが」
そう言われて、ボガートは一瞬だけ言葉に詰まった。
「……いやいや、あれはほら、気前よくやりすぎると次がなくなるっていう、商売上の判断でして」
「どっちでもいい」
ホッブがぶっきらぼうに言って、杯を傾ける。
「飯が食えて、連中が笑ってるなら、今夜はそれで十分だ」
その言い方は投げやりにも聞こえるが、ニーアもボガートも、あえてそれ以上は突っ込まなかった。
囲炉裏の火がはぜる音を聞きながら、ニーアは小さく息をついた。
「……まあ、今夜くらいは付き合ってあげるわ。せっかく生き残ったんだしね」
その言葉に、ボガートがにやりと笑う。
「へいへい。じゃあ今夜は勇者様らしく、気前よく飲みましょうや」
「お前の分まで払う気はないぞ」
ホッブの一言に、三人は小さく笑った。
そのとき、ホッブが村長に「ちょっとすまん」と声をかけた。
「厠はどこだ?」
立ち上がったホッブに、村長は少し困ったような顔で答える。
「いやぁ、このあたりじゃ、小ならわざわざ厠なんてものは用意しておりませんでな。適当に済ませてくだされ」
ホッブは無言でうなずき、家の戸を開けて外へ出た。
脇に立つ大きな木の方へ歩いていき、そこでふと視線を感じる。
窓の隙間から、少年たちがこちらをうかがっていたのだ。
「……何してる」
低い声で問いかけると、少年たちはぎくりとして、慌てて身を引こうとした。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
だが、ホッブは咎めるでもなく、肩をすくめただけだった。
「別にかまわん。……腹は減ってるか?」
その言葉に、少年たちは動きを止めた。
振り返りはしたものの、どう答えてよいのか分からない様子で顔を見合わせる。
ホッブは、ぶっきらぼうな調子のまま続けた。
「遠慮するな。中で一緒に食えばいい」
「で、でも……」
少年たちは申し訳なさそうに声を細める。
大人たちの席に混じるのをためらっているのだろう。
「気にするな。俺が言う」
ホッブがそう言い切ると、少年たちの表情がぱっと明るくなった。
「どうした、ホッブ?」
そこへ現れたのはボガートだった。
不思議そうに首をかしげる彼に、ホッブは短く答える。
「子供たちがいたから、中で食えと言った」
ボガートは少年たちを見、それからホッブを見た。
一瞬だけ考え込むように腕を組んだが、すぐに、もっともらしい顔でうなずく。
「それはいいな。勇者様ご一行ってことになってるんだ。子供が腹を空かせてるなら、誘わない方が格好つかない」
その目元はどこか緩んでいた。
「そういうことだ」
ホッブが無愛想に返す。
「よし、俺が村長に話をつけてやる。お前たち、ちょっと待ってろよ」
「ほんと!?」
少年たちが目を輝かせる。
「騒ぐなよ。あと、先に済ませるもんは済ませとけ」
ホッブが言うと、子供たちは揃ってうなずいた。
男の子たちは庭の隅へ走っていき、用を足しながら、もう宴の席についた気でひそひそと笑い合っている。
その様子を見て、ボガートが小さく吹き出した。
「……何だかんだ言って、お前も甘いよな」
「お前もだろうが」
ホッブが即座に返す。
ボガートは肩をすくめた。
「俺は計算だよ。こういうのは、後で“勇者様らしい”って話が広がるからな」
「ほう」
「……まあ、そういうことだ」
ボガートはわざとらしく咳払いした。
ホッブはそれを聞いて、口の端をわずかに上げる。
「……だが、悪い気はしないだろう?」
「ああ」
ホッブは短くうなずいた。
その顔には、柄にもなく少しばかり照れた色が浮かんでいた。
ボガートもまた似たようなものだったが、それを悟られまいとするように、さっさと踵を返す。
「ほら、待ってろよ。今から話をつけてくる」
そう言い残して、勢いよく村長のもとへ向かっていった。
宴の席に子供たちが加わると、村人たちは一瞬驚いたものの、すぐに頬を緩めた。
もともと堅苦しい宴ではない。勇者様とやらが子供まで気にかけてくれるとなれば、なおさらだ。
「勇者様と一緒に飯が食えるなんて、一生の思い出だな」
「おい、こぼすなよ。今日は特別なんだからな」
そんな声があちこちで飛び交い、囲炉裏の火のまわりはいっそう賑やかになる。
宴のさなか、ボガートは子供たちを手招きして集めると、いかにも偉そうな顔で言った。
「いいか、今日は特別だからな。こういうのはa当たり前じゃない。明日からはちゃんと手伝いを頑張るんだぞ」
その言葉に、子供たちは素直にうなずく。
村人たちも、感心したように顔を見合わせた。
「優しいだけじゃなくて、ちゃんと締めるんだな」
「やっぱり勇者様は違うねぇ」
「戦えるだけじゃないんだな」
その様子を眺めながら、ニーアは小さく笑った。
「何だかんだで、あの二人が一番そういうのに弱いのかもね」
呆れ半分、感心半分で見ていたのだが、気づけば今度は自分が子供たちに取り囲まれていた。
「ねえ、お姉さん、魔法ってどうやるの?」
「火の玉って、本当にあんなふうに出るの?」
「封印って、すごく難しいの?」
無邪気な質問が次々に飛んできて、ニーアは最初こそ少し眉をひそめた。
だが、やがて観念したように杖を軽く振る。
「こういうのはね、まず集中するのよ」
杖の先に、小さな光の玉がひとつ、ふわりと浮かび上がった。
炎ほど熱くはなく、月の雫みたいな淡い光だ。
「わぁ……!」
「すごい!」
「もう一回!」
子供たちが目を輝かせる。
ニーアは少しだけ照れたように視線を逸らし、それでも光の玉をもうひとつ増やしてみせた。
「……こんなことで喜ぶんだから、子供って本当に単純ね」
そう言いながらも、その横顔には、どこか誇らしげな色が滲んでいた。
少し離れた席でその様子を見ていたホッブが、ぼそりと呟く。
「結局、親馬鹿になりそうなのは――三人とも、だな」
ボガートが杯を傾けながら口元を歪めた。
「おやおや、そいつは聞き捨てならないっすね。俺はあくまで、勇者様らしく振る舞ってるだけでして」
「俺もだ」
「私は違うわよ」
三人はほとんど同時にそう言って、そして小さく笑った。
囲炉裏の火は相変わらず赤く燃え、子供たちのはしゃぐ声が、狭い家の中に心地よく響いていた。
気づけば三人とも、この村の空気にすっかり馴染み始めていた。




