5章 ドイツへ 5節
「確かにKだけど、それが何か関係あるの」と、孝一が聞き返すと、
「桂子はね、一緒に住み始めた頃、私が『ケイ』って呼ぶの、すごく嫌がっていたのよ。何でって幾ら聞いても、とにかく、今はそう呼ばれるの嫌だって言っていたの。だけど2年くらいたった頃だったかな、特に、何があったと言うわけでもないだけれどね、私が嫌がろうと呼び続けていたら、彼女も拒否するのを諦めたみたい。私には何かもう吹っ切ろうと言う感じがしたの。私がそう呼ぶのをやめること以上に、何かもっと大事な事を諦めたって感じだったわ。そして私に聞こえるかどうか判らないような声で一度きりだけど、だって「ケイ」って呼ばれると思い出すのよと、ね!」と、言って意味ありげに孝一の方を見た。
横で聞いていたトムが、「それって、幸一の事だったのか」と、キャスリンに聞いたが、
「私には判らない、ただ、Kって付くの四人の中で孝一だけよね、まあ桂子本人も、Kだけど、本人だとどう呼ぼうがケイだし、私は違うと思うんだけど」と、どうなのよと言いたげな顔をして孝一の顔を半分睨み顔で見た。
「だからって、なぜ俺なんだ。まあ俺も桂子がどうしているか気にはなっていたし、あの時だって・・・」と、何か思い出したように話すのを止めて、口ごもってしまった。
つかさずキャスリンは、
「なに、何があったの」と、興味津々と言った顔で孝一に続きを促がした。
「いや、フランスに旅立つ時、俺だけが彼女を見送ったんだけど、その時の彼女の顔が忘れられないんだ。何て言ったらいいか、すごくさみしそうだった」
「なんだ、サインはちゃんと出てたんだ」と、孝一の言葉を聞いてキャスリンはそうなんだと、したり顔でそう答えた。
「孝一は、桂子の事どう思っているの、ひょっとして俺の事なんか何にも思ってなんかいない。なんて思ってるんでしょうね」
「あ、うん」と、孝一は心の中を見透かされたような感じがして、歯切れの悪い返事をした。
「だから、男ってだめなのよね」と、トムの方を見て言った。
「俺の方に振るなよ」と、トムは言ってから、「お前に桂子の気持ち分かるのか」と、キャスリンに言った。