中
翌日。
あんなに酔っぱらっていたと言うのに記憶と意志はしっかりそのまま残っていた。
なので私たちは復讐の為の本格的な話し合いに入る。
一応、私とトーマス様は「血生臭いのはナシにしよう」と確認しあう。
あと「なるべく関係ない人たちには迷惑がかからないように」とも。
「俺、思いついたんだけどな。ビビアン殿の話を聞いたところ、なんだかんだゾイス王子は長いことお預け状態だったんだろう? ならば。あいつらの初夜をぶっ潰してやるというのはどうかな」
トーマス様が言った。
直接的な言葉に私は頬を染めたけど、悪くはない提案だ。
うん。いい気味だと思う。たった一晩くらいそのような目に合うのもいいじゃないか。
「それで行こう! となると方法はどうする? 何か大騒ぎでも起こして一晩中寝られなくしてやる?」
「そういう騒ぎは家臣に任せて自分たちは寝所に直行するんじゃないかなあ」
「なら、ゾイス様の気持ちの方を削いでしまうような事態に持っていくとか」
「男の欲が冷める薬を使う……真・番さまがとんでもない化け物に見えてしまう幻覚剤とかはどうですか」
「ああ……番の匂い効果を反転させられればありかもな」
何故かエラトもフレディも話に参加してくれるので有難く知恵を借りる。
「フレディ、そういうの作れそう?」
「うーん。そもそも俺は竜人に会ったこともないし、番本能がどんな物かもわからんからなあ」
「実物に会えばなんとかなりますか。お嬢様、誰か竜人のお知り合いをこちらに呼べませんか?」
「無理だと思う。私の知ってる人はみんな謝罪にも来れないくらい忙しいんだから」
嘘をついて呼び出すことも出来ないだろう。
すると、トーマス様が急にがさごそ自分の荷物を探り出した。
「そう言えば。イパティアからこんな手紙が来てたんだよ」
渡されたそれを受け取る。
差し出し人は、不慣れな我が国の文字で『番鱗被害者の会』と書かれていた。
「そのまんま、番婚のせいで被害を被った者を救済してくれる会だとかって書いてあったな」
そう言えば私の所にもそのような手紙が来ていたような気もする。
「『もしよろしければ気持ちの落ち着いた頃に我々を訪ねてみて下さい。ご要望がありましたらこちらの方から伺います』だって」
「おお。その人ならうまくやれば協力してくれるかもしれませんね」
「うん。じゃあこの会に連絡取ってみよう!」
手紙は最高値の大至急便で出したので、郵便竜に寄って翌日にはイパティアに着いている筈だった。
だからと言ってさらに翌日にはご本人がこちらに到着するとは思わなかった。
出入国の手続きだけ人型で対応して、後は竜の姿で飛んで来てくれたと言う。
番鱗被害者の会代表ダナイ・ロプロさんは、浅黒い肌に淡い緑の髪と緑の瞳を持った異国人情緒たっぷりの男性だった。
「まさかお二人と同時にお会い出来るとは思いませんでした」
私とダナイさんはイパティア流に互いの右手をぱちんぱちんと往復させる挨拶をする。
アガピオス語が話せず辞書一冊を持って飛んで来てくれたダナイさんの話を私は皆に通訳してみせた。
そもそも番鱗被害者の会というものは。
主に被害者の心や経済的困窮の救済や、番鱗の除去手術の費用援助やその為に講演で資金集めをする、などの活動をしているという。
ダナイさんが何故そのような会に入ったかと言えば、きちんと理由があった。
ダナイさんのご両親は番が見つからずに人の紹介で結婚を決めたイパティアでは少数派のご夫婦だったそうだ。
それでもご両親は仲良くやっていた。
ある日、お母様が町中でご自分の番と出会ってしまうまでは。
お相手は船乗りで、国には滅多に帰ってこない人だったらしい。
追ってくる番を振り切り、番鱗を赤く染めて帰宅したお母様をお父様は問い質したらしい。お母様は本当のことを話し、そして番鱗を除去すると言ったそうだ。
けれど真っ当な竜人の感覚を持つお父様は、他に番を見つけてしまったお母様はもう他人の物だという感覚になってしまった。この時ロプロ家にはダナイさんしか子がおらず、二人目三人目を望んでいたという理由もあるらしい。ご両親は正式に離婚し、幼いダナイさんはお母様と引き離されてしまったのだと言う。
「母は番の船乗りについて行ったそうですが、暮らしが体に合わず早くに亡くなったと聞いています」
「お気の毒な……」
私が通訳した話に皆が悲痛な顔をしている。
「つまりです。番を見つけたからと言って誰もが幸せになるとは限らない」
「それでも、愛する人と結ばれるなら……」
涙目で言ったトーマスさんの言葉をダナイさんに伝えた。ダナイさんは悲し気にふっと微笑むと首を振る。
「愛するという気持ちとその相手を大切にするという行為は必ずしも繋がっていないのですよ。愛するから暴力をふるう者もいます。愛するから構って欲しい、愛するから甘えたい、支配したい、愛しているのに他にも欲しい。自分を苦しめる相手から逃げ出したいのに、愛情が邪魔で逃げ出せない。その様な方には番鱗の除去をお勧めしています。麻酔なしでは気絶する痛みだと言われていますが、きちんと医療でやればこの通り、痕も小さいし痛みもない」
言ってダナイさんは額にかかった前髪を上げた。本来なら番鱗のある場所に指で隠せそうな大きさの傷跡がある。
私はダナイさんの言葉を皆に伝えながら、愛情とは何だろう、などと面倒臭いことを考えてしまっていた。
そうやってダナイさんの事情を聞いたあと、私たちは私たち側に起きた出来事を語ってみせた。二回目だからか二人ともちょっと話慣れしてしまってるのが我ながらおかしい。
「お二人とも……大変つらい思いをされたのですね」
ひと通り話し終えるとダナイさんがハンカチを取り出して目元を押さえる。
私とトーマス様は視線を交わし、まずトーマス様から切り出した。以下私の通訳部分は省略する。
「ダナイさん。貴方はこんな我々の心を救うた為にわざわざこの国までやって来てくれたんだよな?」
「はい。微力ながら何かお心が晴れるお手伝いが出来たらと……」
「その件について、こっちも話し合ったんだ。我々はイパティアに尊厳を踏みにじられた。無残にへし折られた自尊心を回復させるには、加害者の方に怒りをぶつけてやるのが一番なんじゃないかってな」
トーマス様の話に、ダナイさんがすっと目を細めた。
「……確かに。被害者の中には復讐を望む方はおられます。ですが私はお勧めしません。我が国では番婚は法で守られています。それに抗議する行為は無駄にしかならないのですよ」
「あいつらの初夜をぶっ潰してやりたいと思ってるの!」
急に割り込んできた私の発言と内容にダナイさんの目が真ん丸になる。
「初夜、ですか」
「それくらいならひどいイタズラ程度の話で済むんじゃない? ダナイさんは番の匂いが嫌になるような何かって心当たりないかな」
「そんな物は……無くはないですが、でも一応法で規制されている薬物で……」
詰め寄られて目が泳ぐ。
ダナイさんの名前を呼んで、私は彼の手を取った。
「こちらの気持ちがすっきりしたら、貰った慰謝料の中から貴方の会に寄付金を納めようと思うんだけど」
「それがお二人の救済になるなら仕方ないですね!」
ダナイさんはあっさり落ちた。
そうして私たちに自分が知る情報を教えてくれる。
「ザオトの木、という植物があります。この木の葉の汁を身にまとうと、番相手から強い嫌悪感を抱かれます。番同士の離縁相談中に医師から処方されたりしますね」
「それはどこでも買えるのか」
「規制があるので、正当な理由がない場合は闇ルートしかないでしょう」
闇かあ。変にお金を持ってる分、悪い人たちに近づくのは目を付けられそうで怖い。
と考えて。私は頭の中に引っ掛かっていた言葉を引っ張り出した。
「……ねえ。ザオトって、『それじゃザオトの垣根じゃないか』のザオト?」
「おお! 我が国の諺までよくご存じですね」
不思議そうなトーマス様たちに私は説明してみせた。
その昔。怖がりのアガピオスの王様が、竜人たちが我が国に入ってこないようにと国境沿いに竜人が嫌うというザオトの木を植えたそうだ。ひと安心した王様だったけど、実はただ植えただけでは全く何の効果もなかった。その話から、イパティアでは無駄な労力を使うことをザオトの垣根、と言うのだ。
「と、言うことは? こちらの国の国境沿いにはザオトが自生してる?」
「この国の植物は一通り把握してるが……名前が違うという可能性はあるな。あんた、その植物の見た目はわかるか?」
「仕事で何度か目にしてますが……」
答えたダナイさんはそのままフレディさんに引っ張られて奥の仕事部屋に連れて行かれる。
その間に私たちは、それを入手できた場合の先を考える。
「問題は、ザオトの汁をどうやってジャンナにかけるかだな」
「朝には身繕いをするでしょうから、前日に仕込んでもしょうがないですね」
「それを言うなら寝所に向かう前には全身ぴかぴかにしてしまいそう……」
私たちはうーんと頭を寄せ合って考える。
考えて考えて私はふと思い出した。
「……そう言えば。我が国では初夜を迎える娘に母親がサシェを渡す習慣があるんだよね」
そこには軽い媚薬的な効果のある物が仕込まれているらしい。それで娘の緊張をほぐそうという母親心だ。アガピオスの娘はそのサシェを胸に忍ばせ寝台で夫を待つのだ。
私の母は王都へ出る日に「貴女とはもう会わないだろうから今の内に渡しておくわね」と箱に入れた物を私に残していった。5歳児に何を渡してるんだと今となっては思う。
「サシェか。うん、使えそうだな」
「真・番さまのご両親は今はこちらにいるのですか?」
「ああ、結婚式の前日に向こうに戻るらしい。それまでは一切会えないそうだ」
「私が聞いていた流れもそんな感じかな。まずは私だけ三日前に現地入りして、父とは結婚式の朝に一度だけ面会時間を作ってくれるって話だった」
「では当日の朝にどうにかしてこちらが用意した物とすり替えましょう」
計画の目途が立った時。奥の部屋からフレディとダナイさんが飛び出して来た。
「あった! わかった! ターランの木だ!」
「この葉っぱの色と形と柄が特徴なんですよ」
植物の絵が描かれた本を広げて見せてくれる。真っ青でひょうたん型の葉の上には白い渦巻模様が入っている。領地では見たこともない植物だった。
「確かに随分特徴的だが……こいつを探して森の中を彷徨うのかあ」
「時間はかかりそうだね。結婚式に間に合えばいいけど……」
ターラン、と言って何か考える様子になったのはエラトだ。
「それは……ただ不味いだけで毒にも薬にもならない植物だけど、その葉っぱだけを食べることに特化して生き延びて来た動物がいましたね。確か、縞縞鹿」
「なんでそんなの知ってるんだ」
「エラトは動物にめちゃくちゃ詳しいんだよ!」
何故か私が得意げになってしまう。子供の頃からエラトは我が家の本をたくさん読み込んでいたのだ。
私が胸を張っている間にフレディは紙を広げて何か書き出す。
「縞縞鹿ならこの森で獲れるな。よし、森に詳しい猟師を雇ってそいつらを探そう。それを追っていけばターランも見つかる筈だな。ああ、ちなみにこの森での植物の採取は俺が領主から許可を得てるから安心しろ」
「安心した!」
「猟師の手配、この人数が行って帰ってくる為の装備の準備と後は……ダナイさん。あんた、実験につきあってくれそうな番鱗のある夫婦をこっちに連れて来られるか?」
「どうにかしてみましょう」
「頼んだ」
「その、フレディさん。貴方も一緒に来るんですか? お体の方は……」
心配そうなエラトにフレディは笑う。
「素材の採取はいつも自分でしてる。日常の延長だよ」
「それなら良いんですが……」
エラトもトーマス様も私もホッとした。私なんかはフレディがあんまり私たちと変わらないから彼が病を抱えてるって忘れてしまってたくらいだ。
さて、である。
諸々準備を整えたら、次はちょっとした冒険だ!
私はなんだか少しだけわくわくしてしまっていた。
そうして二日後。
同行してくれる猟師さんを見つけ、荷物を背負った私たちはフレディの家からさらに森の奥へ向かうことにする。
縞縞鹿の活動時間は早朝だと猟師さんから聞いたので、まずは彼らがいそうな場所で野営をして、夜明けから捜索に入ることにした。
イパティアとの国境は大きな川だ。森の中のその場所に限りなく近付いた辺りで宿泊の支度を始める。
こんな風に森の中を歩くのも、ましてや外で眠るなんていうのも人生初めての経験だ。いやあ、なんだかどきどきする。
興奮気味なのは私だけではない。トーマス様はずっとテンションが高いし、エラトは猟師さんにくっついて動物について質問しっぱなしだ。
そうやって皆でわいわい寝床やら食事の準備やらをしていると。
ふと、フレディの姿が見えないのに気が付く。
慌てて周囲を見回せば、すぐそこの大きな木の裏側にもたれて座り込んでいる彼を見つけた。
「フレディ! 大丈夫⁉」
「あー、平気平気。こういう時はこいつを飲んで少し休めば落ち着くから」
なんだかすごい匂いのする水筒の中の物を何口か飲んで、はあ、と息を吐く。少し待つと、確かに顔つきは平常に戻った。私は思わず彼の前にぺたりと座り込んでいた。
「……本当は無理してついてきてくれたの?」
「まさか。そんな訳ない」
「どうしてここまでつきあってくれるの? 貴方は薬を作ってくれるだけで充分なんだよ」
問い詰める私に、フレディはふっと口の端を上げる。
「言わなかったか。……俺はね、俺自身を蝕む運命ってやつを殴りたくても殴れなくてずっとモヤモヤしてんの。……だからせめて、あんたらの復讐に便乗して少しでもスカッとしてみたいんだよ。薬を作るだけじゃいつもの仕事と変わらんからな」
スカッとする前に体力が尽きてしまったらどうするんだ。
そう思うけど口には出せない。
「だったら絶対に復讐は成功させなきゃだな」
声がした。フレディがもたれる木の後ろから急にトーマス様が顔を出す。その後ろからエラトも出てくる。
「食事、出来ましたよ。フレディさんも食べられますか?」
「あー、腹には何か入れないとね」
二人がそれぞれ二人分の器を持って、私たちに寄越してくれる。
そうして私たちはその場で野菜と干し肉を煮込んだスープを飲み、パンをかじった。
しばらく黙って食べ進めていると。
「……なあ。きっともう機会はないから聞いていいかな。……ゾイス王子ってどんな奴だ?」
トーマス様がこちらに尋ねて来た。
「そうだね。荒々しさと甘々しさの入り混じった不思議な人、かな。……この人なら世界を敵に回しても最後まで私を守り通してくれるんだろうな、とか思ってたんだけどね」
思ってたけど、そんな相手は結婚すら辿り着かずにこちらをポイ捨てしてくれた。
「……そうか」
トーマス様はぐしゃりと泣き笑いのような顔を見せる。
「だったら、ジャンナは安心だな。……良かった。あいつは幸せになれる。大丈夫だ」
自分で自分に言い聞かせるように言って、ついに最後は思いがせり上がってきてしまったのか、トーマス様は片手で自分の目元を押さえた。
「……奇跡だと、思ってたんだ。家の都合の結婚相手に恋をするなんてさ。こんな最高なことが俺の人生で起こる訳ないだろうって思ってたけど……本当に起こる訳なかったな」
トーマス様の肩が震える。
ああ。世の中はなんとままならないのだろう。
そこで、あのう、とエラトが割り込んできた。
「とても無粋だとはわかってますが! どうでしょう、これも一つのご縁と思ってお二人が結ばれてみるというのは……」
「エラト。トーマス様はよい人だけど、私、恋愛小説の余り物カップルって大っ嫌いなんだよね」
「うーん。ちなみにコーディエント家の経済状況は?」
「はっきり言って貧乏。ゾイス様からの贈り物を売り払って予算に充ててたくらいだから」
「じゃあダメかー。俺もビビアン殿は悪くないけど、家の為に裕福な縁談探さなきゃだしなー」
ゆっくりと時間をかけてスープを飲み干したフレディが手を上げる。
「お嬢さん、どこにも行き場がないならうちで手伝いとして雇おうか?」
私は首を振った。
「気持ちは有難いけどお断りするね。これからずっと一緒にいて情が移った所で先に逝かれちゃったら堪らないし」
「やっぱりそうなるかー」
「でも本当に気持ちはありがとう。冷たい人間でごめんなさい」
深々と頭を下げておく。
場が変な空気になったのに責任を感じたのか。
しばらくおろおろと辺りを見回していたエラトが声を上げた。
「あ、ピンクモモンガ!」
「え、どこ?」
「なんだそりゃ」
「ここらにいるんだっけー?」
私たちは揃って空を見上げる。
ピンクモモンガは分からなかった。
代わりに、大きな薄紅色の満月が上空に浮かんでいた。
「……おいしそう」
「そこは綺麗だって言って下さいよ!」
「あれが食い物なら何味なんだ」
「ピンクモモンガ味?」
モモンガは食用には向かない、とエラトが涙目で喚いている。
そんなエラトを見て私たちは声を上げて笑う。
「……いい夜だなあ」
思わず呟いていた。
死ぬ瞬間にはこの日のことを思い出そう。
なんとなく、心の中でそう決めた。
翌朝私たちは猟師さんの指示に従って縞縞鹿を見つけ、彼らを追ってターランの木ことザオトを発見した。持ってきた袋に葉っぱを詰めて持ち帰る。
家に戻ってからのフレディの手際は早かった。あっという間にそれらしい液体を作ってしまう。
数日後にダナイさんが連れて来てくれた竜人のご夫婦で試した結果、みごと、お互いに滅茶苦茶嫌悪感を感じるという結果が出た。二人には早急に消臭効果のあるお風呂に入って貰った。
イパティアへ行くにあたって、もしかしたら私とトーマス様は入国制限でもされているかもしれないと思ってあらかじめあちらの王室にお伺いを立てておいた。
『ゾイス様と真・番さまの晴れ姿をどうしてもこの目で見たいんです』と訴えれば、『そちらからお二人に声をかけないのなら』と条件付きで了承してもらえた。王室サイン入りの入国許可証も貰った。
と言う訳で。
必要な物は用意した。
私たちは復讐を遂げる為、イパティアへ向かう。




