前
「お前には三つの選択肢がある」
大きな窓を背中にして、執務机を前に椅子に座ったままのお父様がそう言った。
「一つ、貴族学院を出ていなくてもいい、という家に嫁ぐ。この場合相手は非常に難ありの可能性が高い。最悪、妾の立場とかな」
「それは嫁ぐとは言わないんじゃ……」
我が国の貴族の人権は男女ともに貴族学院を出ているかどうかにかかっている。無学の私は人の体をした何かとしか認識されない可能性が高い。
「二つ、裕福な平民に嫁ぐ。これは私のお勧めだ」
「どこかに当てが?」
「いや、お前自身で探してもらう。お父さん平民にいい感じの知り合いいないんだよ」
「……」
私は知っている。我が国の平民たちは娘を貴族に嫁がせることを歓迎してもその逆はなんだか嫌がられる。嫁に権力があり過ぎるからかもしれない。お父様もきっといくつか打診してみて断られたのだろう。
「三つ、修道院に入る。だな。穏やかな余生というのも悪くなかろう」
余生って。私まだ18年も生きてませんよ。
呆れつつ私は尋ねてみた。
「あちらから慰謝料はなかったんですか?」
お父様はさっと目を逸らす。
あ。この人。こっちが確認しなきゃ着服するつもりだったな。
「それはいかほど」
「貴族令嬢が数年心を慰められる程度、平民であれば質素にやれば生涯暮らせる程度、かな」
「でも病気をしたり物価も上がるかもしれませんしね」
「そもそも慰謝料というのは一応家に対してものだしな。どうしてもお前個人に分けるとしてもその半分だから……まあ、平民が半生暮らせるかも? くらいだと思っておけ」
私は深く深くため息をついた。
なんかもう。どうでもいいや、という気持ちである。
「お父様。この結婚が決まった際、嫁に出したら私はもう死んだものと思うようにとあちらから言われていましたね?」
「うむ。そうだな」
その言葉を聞いたお母様は激しくショックを受けて、これ以上私に情が移らないようにとお兄様を連れて王都の屋敷に行ってしまった。それきり一度も領地へは帰って来ない。極端な人である。
そして私もそんな母親の娘だった。
導き出した結論も当然振り切っている。
「では、現状でもそう思って下さい。四つ目の提案です。……これまで私は自分は隣国の王妃になって贅沢三昧で暮らしていくのだと信じて生きてきました。その約束が今になって反故にされてしまったからと言って新たに堅実な人生を歩みたいとは思いません。なので頂いたお金で可能な限り豪遊し、それが尽きたら眠るように死ねる薬で天に旅立とうと思います」
私が言うと、お父様はぐっと目頭を押さえた。
「そうか。……そうだな。愛する娘がぼろぼろになって生き地獄を歩む姿を見せられるより、笑って生涯を終えてくれるならいっそその方がいいかもしれん」
「お父様!」
「ビビアン!」
私とお父様は机越しにひしと抱き合った。私はお父様の娘でもある。こういう価値観がよく似ているのだろう。
私、ビビアン・コーディエントはつい先日まで隣国の王太子の婚約者であった。
我がアガピオス国の隣国は竜人の国イパティア国である。彼らは通常は私たちと同じ人型で過ごし、用のある時は竜の姿になって空を飛び回る不可思議で美しい人々だ。
そんな彼らが人型の時、その額には一枚だけ青色の竜の鱗が残る。
これが番鱗と呼ばれるものだ。
番とは竜の本能が求める運命の相手だ。彼らが番を見つけると、番鱗の色が変化する。そうやって見つけた番を彼らは命がけで生涯愛し通す、と言われている。
私の番さま……元・番さま、イパティアの第一王子はゾイス様と言った。
イパティアの王は既婚者と決まっている。その為に王子は早くから国中を番探しに回る。番との年齢差は多くても5つだそうで、6歳のゾイス様はそこから番探しを始めたのだそうだ。
竜の姿で国中を巡る彼らは2、3年で相手を見つけるのが普通だった。けれどゾイス様にはなかなかお相手が現れなかった。
なので彼らは我が国まで足を伸ばした。なんでも遠い昔にこちらへ移住した竜人がいるとかで、番がこちらで見つかることも偶にあるのだそうだ。
そして私は5歳の時、ゾイス様に番認定を受けた。
青い番鱗を鮮やかな紫色に変化させた王子は、幼い私に熱烈な求婚をして来た。その結果、我が家と両王家の契約の下に、私が18になったらイパティアの王太子妃になることが決まったのである。
顔を合わせたら発情してしまうからという理由で私たちはその日以降会うことはなかった。
それでも毎月情熱的な手紙と、貧乏子爵家には目の眩むような贈り物が届けられていた。
どんな努力もどんな変化も必要ない、私がただ私として存在しているだけでそれは彼にとって何より尊く喜ばしいことなのだ、と彼は文面で語った。
イパティアに行ったら思うままの贅沢をさせてくれる。嫌なことは一切させず、私の望みだけの毎日を過ごさせてくれると。毎夜耳元で愛を囁こうとそこには書かれていた。
私はその言葉を信じた。竜人の番愛とはそういうものだ、と、教わっていたからだ。
だからと言ってただの愛玩物とは言われないように、イパティアの王太子妃になるに相応しい勉強は詰め込めるだけ詰め込んだ。その分、生国の勉強は一切しなかった。イパティアのあり方は少し特殊で、下手に違うあり方を混ぜると混乱してしまいそうだったからだ。
そうして自国の作法はまるで知らない一人の貴族令嬢が出来上がった。まさかこんな日がやってこようとは夢にも思わずに。
その知らせが届いたのは、あとふた月で私が隣国に輿入れする。そんな時期だった。
イパティアから緊急の連絡が入った。
曰く
『ゾイス殿下の番鱗が真っ赤に変わった』
と。
お父様はイパティアから送られた書面を読みながら言った。
番鱗が赤になるのは真の番を見つけた時の正常反応なのだそうだ。
私と出会った時のゾイス様の番鱗は紫だった。それは『一番じゃないけどまあどうしても他にいないならこの相手でもいいかな』の色だと言う。
教えておいてよ。と私は思った。
あちらの言い分に寄れば、様々な不幸な偶然が重なったのだそうだ。婚約の際、ゾイス様たちは両国を隈なく探し回り、他にいないと確認してから私に求婚してくれた。
しかし。ちょうどその時期その方は、お父上の仕事について両国ではない他国に行っていたそうなのだ。6歳以下の女児が国外に出ているという想定が全くされていなかった。
そうしてその方がつい先日、観光でイパティアに入国された。彼女が王都に入った途端、ゾイス様はその存在をすぐさま感知し、匂いを辿ってご本人と巡り会われたらしい。ゾイス様はすぐさまその方に求婚をした。
と、いうことで。
私との婚約はあっさりなかったことにされたのである。
本来ならゾイス様含めてあちらの方々が謝罪に来るべきなんだろうけど、今、イパティアはそれどころではないんだとか。私との式をそのまま真・番さまに入れ替える為に国を挙げてバタバタしているのだそうだ。ゾイス様の方は隙あらば真・番さまの下へ忍んで番おうとしてしまうので、式当日までは鎮静剤を飲ませて半覚醒状態にしている、と教えてもらった。ただでさえ通常より遅い番との出会いなのでこれはもうどうしようもないらしい。
結局私があの方と顔を合わせたのは出会いの日が最初で最後になった。
なんかもう笑うしかないよね。
そんな訳で、何もかも面倒臭くなった私は大金を持って家を出た。
まず最初に向かったのは自死薬を売ってくれる薬師の店だ。豪遊を先にしてうっかりすっからかんになってから死にたくなっても遅いしね。
お金を持ってそうな令嬢が一人でふらふらしてたら笑って死ぬことも難しくなるかもしれない。そんな理由でお父様が我が家の護衛騎士エラトを同行させてくれた。有難い。
そして私たちは国境近くの森の中にある目的地に辿り着く。
相手は国一番の薬師と聞いていたからもっとドーンとした店構えか、逆におどろおどろしい魔法使いっぽい家を想像していたけど、店の外観はふつうに素朴な一軒家という感じだった。
けれど中に入ると外からでは考えられないほど天井が高く、しかも様々な謎な物たちがそこからぶら下がっていて充分おどろおどろしかった。上は見ないようにして歩いていく。
「眠るように穏やかに死ねる薬、と。一応聞いておくけど悪用はしないね?」
私が書いた注文書を受け取った薬師が読み上げる。
「はい。なんなら自白剤でも飲んで宣誓してもいいです」
「あーいいいい、確認だけだから。じゃあここにサインして。支払いは現金のみだ」
出された書類をよく読んでサインをして、言われた通りの金額を机の上に並べた。思っていたよりずっとお手頃価格で少し驚く。
私の驚きに気付いたのか、薬師はにやりと笑って見せる。
「こういう物は案外需要があるんでね。大量に作ればお安く出せる」
聞かなかったことにしておこう。
国一番の薬師である彼もまた想像とは違った見た目をしていた。思ってたよりもずっと若い、長身痩身黒髪長髪のイケメンだった。服装もシャツにベストにズボンとごくごく平凡で、外で会ってもこの人が凄腕薬師とは誰も気付かないだろう。
彼が薬を取りに奥に引っ込んでいる間、私は店の中をきょろきょろと見回してみる。
入り口を入ってすぐ正面にカウンターがあって、客のいるスペースは小さい。
隅っこの方には他のお客さんが座っているベンチがある。もしかして並んだりすることもあるのだろうか。こんな不便な場所なのに。いやこういう待ち時間に使う用かな? 座って待った方がいいのかな? でも知らない男の人に並ぶのも抵抗がある。なので今は立って待とう。
「ところでエラト。なんでさっきからちょっとむくれてるの?」
空いた時間が出来たので、私は私の護衛騎士に声をかけた。
栗色のふわふわした毛を持つ彼は、色も白くていつもはとても優し気な印象だ。そのエラトが今は珍しく眉間に皺を寄せている。
「薬が簡単に手に入りそうだからですよ。せめて注文してから出来上がるのに一年や二年かかればよかったのに……」
「そんなに待たされるなら他の方法を考えるよ」
エラトは子供の頃は私の遊び相手だった。なので少しだけお互いに気安いのだ。
むっとしたままの彼はぷいと顔を背けた。
「……薬は僕が預かりますからね。落として失くしたら困るでしょう?」
「勝手に捨てられそうだから嫌ーだ」
「なら勝手に飲まないって約束してくれますか?」
「どーしてエラトの許可がいるの」
「突然死なれたらびっくりしちゃうじゃないですか」
そんなふうに私たちが揉めていると。
「ビビアン・コーディエント……嬢⁉」
「はい?」
いきなり名前を呼ばれて振り返った。
こちらを見るのは、隅のベンチに座っていた貴族っぽい金髪碧眼正統派美形のお兄さんだった。
お兄さんは慌ててポケットに手を突っ込むと、一枚の紙きれを取り出す。
そこに描かれていたのは少しだけ美化された私の肖像画だった。
「旧・番さまだろう⁉ いや、これ、捨てられそうになってたのでつい貰ってきてしまって……」
「何なんですか、貴方は」
お兄さんと私の間にエラトが入り込んでくる。
お兄さんはエラトに構わず私の方に身を乗り出して、突然、くしゃ、と顔を歪めた。
「俺はニコラス子爵家の長男でトーマス・ニコラス。イパティアの真・番さまの元婚約者だ」
お兄さんがした自己紹介に、私とエラトは思わず顔を見合わせた。
そうしてその晩。
私たちは薬師フレディの家の居間で皆で酒盛りをしていた。
どうしてこうなったかと言えば。
お互いを認識した私とトーマス様が思わず抱き合って号泣し、激しく営業妨害になってしまった所を、見兼ねたフレディが住居部分で保護してくれたからだ。
エラトから我々の事情を聞いたフレディは「そういう時は飲んで忘れるに限る」と言って急遽お店を閉めて、私たちの為にそのような場を用意してくれたのだ。親切である。
フレディが出してくれたお酒を飲みながら、私たちは互いの事情を話し合った。
そうなのだ。
家族の前では悔しいから堪えてたけど。同じ立場のトーマス様になら私も溜め込んでいたものを全部吐き出せる。
十年以上に渡ってむせかえるような熱い愛を語ってきたお相手が、ほんの一瞬で別の人に乗り換えてしまったのだという喪失感とか。向こうはもう私を気にする余裕すらなくて、出会ってしまった本物にどっぷり夢中らしいという疎外感とか。
「そりゃあね、そもそも竜人じゃないこっちにはあちら様のような情熱的な何かはなかったよ、なかったですけれども。この仕打ちはいくらなんでもあんまりだと思うのね」
「うん。うん。わかるぞ、ひどいな、かわいそうに、貴女は少っしも悪くないのにな」
ぽんぽんと私の背を叩く手はエラトにつままれている。
トーマス様と真・番さまことジャンナ様は、二年前に婚約を結ばれた関係だそうだ。
裕福な商家のジャンナ様の家は貴族との繋がりを求めて。ニコラス家はジャンナ様の家からの援助を期待してのご縁だったと言う。
それでも双方の仲はそれなりに良好だったそうだ。
結婚したらそうそう自由にならないだろうから、とご家族がジャンナ様を最後の旅行に連れ出して、そこに婚約者であるトーマス様を同行させるくらいには。
彼らがイパティアの王都に入った翌日だったそうだ。
のどかに観光をしていると、突然、巨大な黒い竜が彼らの前に舞い降りて来た。それが人型になったかと思うと、ジャンナ様の前に跪いて求婚してきたそうである。
彼らがいた町中は大騒ぎになった。
そうしてあれよあれよという間にジャンナ様とゾイス様の婚姻の話が整ってしまった。
混乱したままのトーマス様は、最後にせめてと願ってジャンナ様と二人だけで話をさせてもらった。
そこで彼はジャンナ様に申し出る。ジャンナ様さえ望むなら皆でこの国から逃げ出そう、と。ジャンナ様は答えた。
『死ぬまで保証された愛情と贅沢を捨ててしまうほどには私は強い女じゃない。ゾイス様は外見も好みだし』
ジャンナ様は本当はワイルド系に惹かれるのだそうだ。浅黒い肌のゾイス様はまさにど真ん中だった。貴族らしい上品系美形のトーマス様は対面の部屋を飛び出したそうである。
そうして王宮を出たトーマス様は町中で足を止めた。そこで人々が慌てて剝がしていく私のポスターを見て胸が痛み、思わず一枚譲り受けてしまった、というのがあの肖像画を持っていた経緯らしい。
「貴女も大変だったな。いや、子供時代からの婚約だ、俺などよりずっとショックだっただろう……!」
「いやいや期間は関係ないよ。愛情の深さで言えばトーマス様の方こそ辛いでしょー」
「ビビアン殿!」
「トーマス様!」
私たちは互いの肩を叩き、お酒のお代わりを注ぎあう。
ぐすぐすと鼻をすすりながらふと思いついた。
「それで? トーマス様はどうしてこの店に?」
やっぱり自死薬かな……でも私とは大きく事情が違うし。と思ってみる。
「俺は、ジャンナに関する記憶を消す薬を作って貰おうと思ってな」
「!」
奪われた婚約者を忘れる薬。ある意味、なんと情熱的な。
「だーかーら。そういうのは無理だって言ってるでしょ」
向かいのソファからフレディが入って来た。
「出来ないって言ってるのに毎日通われたって返事は変わらないんだよ。まあ、廃人になる可能性があってもいいなら試してもいいけど」
「それは困る! 我が家には俺しか跡取りがいないんだ! だから簡単に死ぬことも出来ない!」
「トーマス様かわいそううう!」
「そうだ! 俺はかわいそうだ! こんなに苦しく惨めなのに死という逃げ道もない!」
私は嘆く彼の手を思わず取った。
「トーマス様。貴方はかわいそうだけどとっても立派だよ! 私、跡取りなのにその覚悟がなかった人を知ってるんだ。その人の家はね、代々主家に使える騎士の家系だったの。なのにある日何もかも捨てて一人で家を飛び出して行ってしまったんだ」
「それはなんと無責任な!」
「いやいや。その人だってさ、他にやりたいことがあったのかもしれないよ?」
フレディがおつまみの干し肉を振り回す。私は首を振った。
「その人は騎士になるのは嫌じゃなかったんだ。ただ、お父さんと喧嘩になってしまっただけで」
「……なんかこう、とてもこの先一緒に暮らせないような意見の相違があったとか……」
「どちらかがどちらかのチキンを食べてしまったとかしまわないとかそういう諍いだったって聞いてる」
フレディは黙って干し肉を口に放り込んで天井を仰いだ。トーマス様は心配そうな顔になる。
「それでその家はどうなったんだ?」
「幸い、弟さんがいたからね。彼が後を継いだんだよ」
「そうか、それなら良かった……」
「弟さんはとっても頭のいい人でね。将来は学者になりたいって言ってた。その為に日々勉強して、王都の学校に入る準備をして。でもお兄さんが家を出たのは弟さんが王都に旅立つ直前だったんだよ。おかげで弟さんは試験も受けられず、そのまま家に残ってまるで向いてない騎士の道に進むことになっちゃったんだ」
「それは……なんと言うか、気の毒だなあ」
「うん。ついてなかったの一言では片付けられない」
悔しさを噛みしめるように、私は残ってたチーズを手に取ってもしゃもしゃ齧る。
そこでふと、この部屋の一か所をちらちら見ているフレディに気付いた。そちらに声をかける。
「ほら、次は貴方だから!」
「え、何が」
「何がって何かあるでしょ、不幸話や苦労話の一つや二つ。今は皆でそういうのを披露しあって世の中みんな大変なんだねって慰めあう時間だから。はい、どうぞ」
手を差し出せば、なぜかフレディはえらそうに椅子にふんぞり返った。
「えー。俺の話聞いちゃう? 重いよ? 引くよ?」
「大丈夫、ちゃんと聞きます、はい、皆、椅子に座って」
私が言えばトーマス様がエラトを引っ張って空いた椅子に座らせる。
私たちが姿勢を正すと、グラスに残ったお酒を一気に空けたフレディが口を開く。
「うちの家系ってさ。代々、生まれつき体の中に悪い石がある体質なんだ。これが歳を取るごとに大きくなって、まあ、40歳前後には死ぬのが確定してるの」
私たちは静まり返った。
いや、そこまでの話とは思っていなかった。
「ええと……お金で解決は出来ないの? 高名な医者を頼るとか奇跡の薬を入手するとか……」
そんなのだったらこちらも手助け出来るかもしれない。
けれどフレディは首を振った。
「これでも俺もそこそこ稼いでるんでね。王侯貴族にツテもある、思いつく手段はひと通り試した、だが……どれもダメだった」
「そんな……」
「ひょっとして、薬師になったのは自分の為に?」
「そう。諦めは悪い方なんだ。万に一つの奇跡を求めて日々あーでもないこーでもないと素材をこねくり回している」
うーん、とそこでトーマス様が顎に手を当てた。
「だが、代々決まった話なんだろう? なら酷なことを言うようだが、そういうものだと受け入れて動ける内にやりたいことをやり尽くしておく方がいいんじゃないか?」
その言葉に一瞬ぎょっとしたけれど、確かに現実的と言えばそうなのかもしれない。
するとフレディは空いたグラスに新たにたっぷりを酒を注いだ。これを私たちに見せつけるように持ち上げる。
「なんで俺がこのクソみたいな運命に自分から白旗を上げなきゃならない? 俺はな、怒ってるんだ。一発ぶん殴りたい所だが相手は形のないもんだからな。せめて最後の最後までこの理不尽と戦い尽くして死んでやるって決めてるんだ」
また、グラスを空ける。
私たちは再び静まり返った。
そんなフレディを見て。私は。自分の中にぽっと何かの火が灯ったことに気が付く。
気付いた途端、私はいきなりその場で立ち上がっていた。
皆の驚きの視線を集めて、その場でくるりと華麗なターンをしてみせる。
「私ね! 番認定されてなければ今頃王立舞踏団のプリリンパだったかもしれないんだ」
プリリンパとは団で一番の踊り手の呼び名である。
「親戚が舞踏団の人でね、6歳になったら王都の舞踏団教習所に入る予定だったの。でもその前に人生変わっちゃって……」
伸ばした手を引き寄せて眺める。
「……そうだよね。私も怒っていいんだよね」
「ビビアン殿……?」
こちらを心配そうに見る皆の前で。私はパン、と手を叩いた。
「決めた! 私、イパティアに復讐する! 死ぬならせめてあいつらに一泡吹かせてからにします! その為の資金もあるし!」
「お嬢様⁉」
「ありがとうフレディ! 貴方のおかげで私、何かを取り戻した気がする!」
「え、俺のせいか⁉」
ビビアン殿、と声を上げたトーマス様も立ち上がった。
「よかろう! その話、俺も乗りましょう!」
「トーマス様! 貴方はわかってくれると思った!」
私とトーマス様は手を取り合ってきゃっきゃと喜んだ。
そうして私たちの、理不尽な運命に一矢報いてやるぞ作戦は始まったのである。




