後
そうして私たちはイパティアにやって来た。
ダナイさんはおそらく国から要注意人物とされているだろう、ということで別行動だ。
「はい! 皆、目立たぬようにこちらの民族衣装に着替えて貰います」
私の指示で、皆はイパティア装束に着替える。
イパティアはとても温暖な国だ。なので服装はとても軽装である。
男性は上半身裸に膝までの腰布。短めのベストや華やかな首飾りでそれぞれ個性を出す。
女性は胸当てに膝下までの腰布。髪は結い上げずに下ろし、花や鳥の羽で飾り立てる。
「貴方たち! 恥ずかしそうにしない! もじもじしてると余計かっこ悪いよ!」
「ビ、ビビアン殿はどうしてそんなに……」
「我が家は私がこちらの文化に慣れるよう月一でイパティアデーをしてたから。もちろん希望者だけだけどね。うん、エラトは相変わらず様になってる!」
イパティアの人に比べて色白だけど、ある程度筋肉があるエラトは寒そうには見えない。
トーマス様はまあ、観光客かな、という感じ。フレディはひょろひょろでとてつもなく頼りない。
ちなみに私はボリュームが足りないのはどうしようもないので、せめてかっこよく見えるよう日頃から筋肉をつけていた。なのでこういう格好をしてもそれなりに見られる筈だ。
「なあ、これ、必要? 外国人観光客もたくさんいるじゃん」
「私の顔が知られ過ぎてるから。貴方方に隠して貰いたいんだよね」
「あー……」
トーマス様はポスターを思い出したのか、ため息をつく。
買い物を終えた私たちはその日はそのままお宿へ。
翌朝は朝一番で、ジャンナ様の両親が泊まる国賓用宿泊施設の出入り口を見張った。
来た、と言ってトーマス様が駆け出した。トーマス様の登場にあちらのご両親は驚いている。
「俺、どうしてもジャンナの幸せを見届けたくて……! あいつに幸せになれよって伝えて下さい」
「まあ、まあ、そうですか! ありがとうございます、あの子もきっと喜びます」
その様なやり取りをしている所へ。
「ジャンナサマ! ハナ! ワタス!」
駆けつけて来た一人の女性が片言のアガピオス語で話しかけながら夫人に花束を押し付けた。
これをきっかけに、周囲からわらわらと花や何かを捧げようとする人々が駆け寄ってくる。悪意がないだけに警備の人も乱暴に散らせない。
もちろん、これはこちらの仕込みである。
その間に混乱する夫人の手からこっそりバッグを奪い取り、人目につかない所でサシェを取り出すと、中身のポプリをザオトの汁をたっぷり染み込ませた布と取り換える。落としましたよ、とバッグを返せば作戦は完了だ。
私たちはジャンナ様のご両親を乗せた馬車を影から見送った。
「後は、明日以降に王宮の様子を聞き出すだけだね」
「よし! やることはやった! せっかく祝いの最中なんだし、今日はこっちも楽しむか」
「観光パンフレットなら持ってます。ちゃんとアガピオス語版ですよー」
エラトが宿の人に貰った紙を広げて見せる。私たちは揃ってそれを覗き込んだ。
「夜に花火があるんだ!」
「あ、見て下さい、祝辞に聖女様がいますよ、聖女様なんて一生に一度見られるかでしょう」
「会場外でふるまい酒もあるみたいだな」
「おにーさんたちアガピオスの人? よかったら通訳と案内しようか。料金は交渉次第で!」
突然後ろから声をかけられて私たちは振り返った。
そこで。
私とエラトの動きが止まる。
「……兄さん?」
エラトが男性の肩を掴んだ。
「エフィ兄さんだろ、俺だよエラトだよ!」
「‼ お前……とお嬢様⁉」
とりあえず私たちは通行の邪魔にならないよう近くの街路樹の木陰に集まる。
前に私が皆に話して聞かせた跡継ぎの役目を放り出した人、というのはエラトの兄エフィのことだった。
掴んで離さないエラトに滅茶苦茶に詰められて、エフィは家を出てからの話をしてくれる。
お父さんと喧嘩をした後。行き場のないエフィはいずれ私がこの国に嫁入りすることを思い出した。なので現地に先入りして、こちらに詳しく安心感もある護衛として私に直接雇われようという計画を目論んだのだそうだ。言葉を覚え、国を覚え、剣の腕も磨きながら日雇いの仕事でどうにか食い繋いでいた。
そんな所へ、突然の番の変更だった。
何もかもダメになったと思ったエフィはせめて一発ゾイス様を殴ってやろうと思ってこの場に来たのだそうだ。けれどそこでアガピオス語を聞いて急に懐かしくなってこちらに声をかけてしまったらしい。
「何やってんだよ兄さん……!」
エラトは額に手を当てて大きくため息をついた。そして。次は再びガッと両手でエフィの肩を掴む。
「いいから! 家に戻って来いよ! 父さんも母さんも兄さんの帰りを待ってるんだ! 二人とも兄さんがいいんだ、兄さんがいなきゃ駄目なんだよ!」
「エラト……! 俺、戻っていいのかなあ……?」
エフィはへなへなと座り込むと号泣した。
そうして私たちは彼が落ち着くのを待って、そのまま一緒に連れて行くことにする。
五人連れとなった私たちは結婚式会場にやって来た。
イパティアの結婚式は王宮前の広場で青空の下、行われる。
歌や踊りや宴会を天の神様に捧げるというのが目的で、特別な何かがあるのではない。人々は一晩中大騒ぎしてその間に花婿花嫁はひっそりと退場して、朝になるまでに天から「この結婚は否」の声が聞こえなければ婚姻は成立したことになる。まあつまり過去に不成立だったことは神話の中でしかない。
石畳の広場の上にはイパティア織の真っ赤な絨毯が敷かれていた。
奥行きはさほどなく、正面の少しだけ高い席にゾイス様とジャンナ様が少し離れて座っている。
ゾイス様は頭に羽飾り、胸元にはそれはそれは重そうなじゃらじゃらした首飾り、腰布は恐ろしく手間のかかったイパティア刺繍、という装いである。
……実物を見るのは初対面以来だけど、随分大きくなられて。子供時代は女の子みたいだったのに、すっかりワイルドなイケメンに変わってる。
そしてジャンナ様。私よりも明るい金髪に、緑の瞳の綺麗な方。イパティアの服が恥ずかしいのか、用意して貰ったのだろう薄手のショールを必死に体の前で引き寄せてる。
そんなジャンナ様の周りは女性陣で取り囲まれていた。たまーにゾイス様が突進しようとするのを王妃様が殴り飛ばして元の席に返すというやりとりが行われてなんだか笑いが起こっている。
会場の真ん中は開けられている。右手にはイパティアのえらい人たちが、硬いクッションで囲まれた場所で絨毯に直に座っている。
左手には外国の来賓たち。端から一人一人立ち上がって、たどたどしいイパティア語で祝辞を述べていく。我がアガピオスは一番に終わってしまったらしく、聞けなかった。あの人は外交官だな、私が花嫁なら王族の方が来られたんだろうけど、ジャンナ様は平民なので区別が必要だったのだろう。
そうして何人かの来賓祝辞が続いていくと、一人の方の紹介の所で皆の雰囲気が少し変わった。
立ち上がったのは顔と手以外を全て真っ白な布で覆った女性だった。ワーズ神聖国の聖女、キャメロン様だ。
「あの方が、聖女様……」
「100歳越えてるって聞いてるけど、お元気そうだな……」
聖女様はとてもその年齢とは思えない張りのある大きなお声でゾイス様夫婦に祝福を授けた。
そこでくるりと私たち観衆に顔を向ける。
「この場に集まられた皆様にも祝福を! 呪われた者たちには救済を!」
ぱああっと眩しい光が聖女様の体から飛び出し、会場中に広がっていった。
歓声と、拍手。
大盤振る舞いだなあ、と思うけど、まあ呪われてる人なんてそうそういないから無駄な力は使ってないのかな。
などと考えていると。
私は、左隣に立っていたフレディの体が一瞬だけぴかっと輝くのを見た。
「え?」
「え? ……胸の痛みが……消えた」
フレディが自分の胸を押さえていた。よく見れば、心なしか顔色もよくなってる気がする。
「え……もしやフレディの病気って呪いだったのかっ?」
「! 何やらかしたんだ俺の先祖!」
フレディはパシンと自分の足を叩いた。私たちはただただ驚く。
そうかあ。呪いだったら国一番の薬師の薬も効かない訳だよ。
「とりあえず、おめでとう! これでもう大丈夫なんだよね!」
「そうだ! よかった、よかったな!」
「お祝いしましょう! お祝い!」
私たちに取り囲まれたフレディはその場にしゃがみ込んでしまった。
両手で頭を抱えて体を震わせている。
私たちは壁を作って、その姿を外から見られないようにした。
その後皆で落ち着きを取り戻したフレディを連れて、エフィのお薦めだというおいしくて騒いでも大丈夫な店でフレディの快気祝いとエフィの帰還祝いをした。
たっぷり騒いで、大いに飲んで。気付けば時間は午後になっていた。
店を出た私はよいしょと膝を折り曲げる。
「んん? 何してるんだビビアン殿」
「ちょっと準備体操をね。私、この後の奉納舞にエントリーしてるからそろそろ行ってくるね」
「⁉」
トーマス様とフレディとエラトとエフィが一斉に振り返って声を上げた。
ちなみに奉納舞とはこの国の踊り自慢たちが結婚の祝福と神への祈りを込めて舞う踊りだ。誰でもが参加可能で、夜が明けるまで踊り明かす。
この国の王族は皆、踊れる。というか普段は神事として国民の前でやるのでそこそこ出来ないとかっこ悪いから皆頑張って覚える。もちろん私もその為に訓練した。
「なんで⁉ わざわざ目立つことしなくても、」
「だってさ。あれが成功したら結局は誰の仕業だってなるでしょう? 無関係の人が疑われたら悪いじゃん。そこで私が先に顔を出しておけば『あー、あいつかー!』ってなってくれると思うから」
エラトが狼狽える。
「は、初めから捕まるつもりだったんですかお嬢様!」
「うん。ああ、皆はちゃんと隠れててね、処刑されるなら私一人で充分だから」
「処刑ってお嬢さん!」
「ダナイさんにはああ言ったけどさ。やっぱり番さまに薬を仕込んだらただでは済まないと思うんだ」
私は髪を振り払って笑顔を見せた。
「最後に貴方たちと馬鹿やれて良かった。思えば誰かと一緒に何かをやり遂げたのって人生初めてだった。とっても楽しかったし、これが成功してたら思い残すこともないね」
そこでトーマス様が前に出た。
「俺は首謀者の一人だ。あんたが罰を受けるなら一緒に受けるよ」
「トーマス様は跡取り息子じゃない」
う、と言葉を詰まらす。
「お嬢様、僕は当然お伴を、」
「エーラト。エフィが戻るんだよ? 貴方は今からでも王都の学校に入って勉強しなさい。これは命令です。他の人より遅いスタートなんだから死ぬ気で頑張んなきゃ追いつかないよー?」
私は悲し気なフレディさんには黙ってにっこり笑いかけた。
せっかく延命が決まった彼が命の無駄使いをすることはないだろう。
「それじゃあちょっと暴れてくる! 今日はこのまま解散でいいよね、明日の朝また宿のロビーに集まって、どうにかして計画の結果を確認しよう!」
そう言って皆に手を振って、私は一人、奉納舞の控え場所へと向かった。
私が会場の真ん中に立つと、旧番様だ、とあちこちから声がした。
陛下と王妃様には軽く目で挨拶。ゾイス様は一瞬だけ驚いてたけど視線はすぐにジャンナ様に戻る。と言うかこの人舞も祝辞も全然頭に入ってないよね。
まあいい。
私はすっと手を伸ばし、舞を踊り始めた。
まずはイパティアの舞だ。イパティアの舞は神に捧げる感謝と祈りで出来ている。
そこから自然にアガピオスの踊りに。こちらはただただ自分の気持ちに赴くままに踊る。自分自身の感情をそのまま誰かに伝える為のものなのだ。
全然こちらを見てないゾイス様。
貴方のこれからの幸福を祈ります。
ほんとはね。少しだけ貴方を好きだった。
貴方が手紙に書いてくれた、世界で一番美しいイパティアの海の夕焼けを私は見られそうにありません。イパティア刺繍を覚えてお揃いの服を着るつもりだったのに。最初の子供の名前も二人で十個まで絞ったのに。
ダンッと床を踏んでジャンプした。
イパティアではありえない動きに見ている人の困惑が伝わる。
でも構わない。誰かに褒められたいんじゃない、誰かを感動させたいのでもない。
そうだ。私はわかって貰いたかったんだ。その為に復讐なんて馬鹿な真似をしたんだ。
怒ったって意味がないからって飲み込んでしまうのではなくて。
突然に押し付けられたこの理不尽さへの悔しさと怒りと悲しみを。
一矢報いたかった訳ではなく。保証して欲しいのでも慰めて貰いたいのでもない。申し訳なく思って貰いたいんじゃなくて、もちろん惨め過ぎるとあざ笑って欲しいんでもなくて。
ああ。あの子はあんなに怒っていたのかと。世界中隅々の人にまで伝わったのならそれで良かった。
なんでそうしたいのかもよくわからないけど。そうしたら納得できるのかも不明だけど。
踊りは再びイパティアの舞に戻る。
最後は世界への愛情だ。
大きな受容と寛容。この世はままならないことばかりだけど。せめてこうして怒れる場所があって。誰かが誰かに見逃されたみたいなこんな日があるなら。
世界を焼き滅ぼすのだけは勘弁してやろう。
そんな感じに。
ゆっくりと自分で自分の気持ちを宥めていく。
気が付くと踊り終わった私は絨毯の上に倒れこんでいた。
ああ……やりきった。死ぬほどすっきりした。
のっそりと起き上がれば会場は微妙な反応だった。
あー、受けなかったか。
拍手はかすかなパラパラで、しっかりと盛大に反応してくれてるのは聖女様と何故か号泣しながらのアガピオスの外交官だけだ。
仕方ない、ここはおとなしく舞台を捌けよう。
私はその場でイパティア式の手をひらひらさせる挨拶をした。
そうしてその場を離れようとして。
その時。
私の背後で悲鳴が上がった。
何事か、と振り返る。
すると。何故か主役席のゾイス様が絨毯にうずくまってひくひく痙攣しながら倒れていた。顔色を変えたイパティアの人々が駆け寄っていく。
しばらくして、その人々の手をどけてゾイス様は自力で立ち上がった。血だらけの顔面にまた新たに悲鳴が上がる。
立ち上がったゾイス様は真っ直ぐこちらに歩いてきた。
そして私の前で止まり、頭二つ分上からこちらを見下ろしてくる。
あれ? ゾイス様、その額は……
「ビビアン・コーディエント!」
唐突に名前を呼ばれ、こちらの手を持ち上げられた。
「俺と、番え‼」
ゾイス様の声が会場中に響いた。
私の頭は空っぽになった。
空っぽのまま、
「……私で良ければ?」
思わず答えてしまっていた。
その後の話である。
あの場で自力で番鱗を剥いでしまったゾイス様は私の答えを聞くなり絨毯に倒れ、丸三日意識不明だった。いくら気持ちが昂ったからと言って無理をするのは止めましょう。
ジャンナ様は目の前で起きたことの意味がわからず、流血沙汰を見て恐慌状態に陥った。その時、観衆の最前列にいたトーマス様を見つけ、
「迎えに来てくれたのね!」
と飛びついていった。
後で聞いた所に寄れば、ジャンナ様の頭の中はもうずっと「無理無理無理」でいっぱいだったらしい。
いくら外国旅行が好きでも観光客と現地で暮らすのには大きな違いがあったのだろう。言葉も文化の違いもジャンナ様には耐えられなかった。
自由に過ごされてた方だったので、二人子供が生まれるまで部屋を出して貰えないという伝統がきつかったのかもしれない。
竜人は竜型になって空中散歩で社交をするのが通常だ。その為に飛べない私は三角形風力滑走機で自力飛行が出来る練習をしていたけれど、それを提案されたジャンナ様はちょっと怖かったのかもしれない。
ともかく円満婚約解消をしたジャンナ様はトーマス様に支えられて国に帰ることになった。あのサシェはうまく始末するようトーマス様に頼んでおいた。
エラトにはエフィを連れて帰って貰った。そしてエフィには絶対にエラトを学校に行かせるよう頼んでおいた。残ったお金の一部を学費にするようにとエラトに渡した。
フレディはこれから婚活に励むと言う。子供に病を引き継がせない為に、これまでは意識して人とそうならないようにしていたのだそうだ。彼ならすぐによいお相手が見つかるだろう。
ダナイさんはあれから大変らしい。ゾイス様の行動に感化された人たちが番鱗の除去をしたいと何故かダナイさんの所に駆け込んでくるのだそうだ。まあ、手術に援助金が貰えるならその方がお得だと思う人たちがいるのだろう。約束通り、慰謝料の中からたっぷりと寄付をした。
当然、一度破棄されて心が傷ついたのは事実なので慰謝料は返還するつもりはない。手元にあるお金を実家に渡そうか、何かの時の為に残しておくかは考え中だ。
その後、私とゾイス様は大変な仲良し夫婦になった。
世界中の一番ではないけれど、ゾイス様は手紙に書いてくれたたくさんの約束を私に実行してくれる。幸せだ。
真の番ではない私と結婚することについて、イパティアの人たちからは一つも反対の声が上がらなかった。
どうも私は『竜人に本能を凌駕させた女』として密かに怖がられているらしい。
まあ、いいんだけどね。




