第6話 同じ教科書でも同じ手ではない
翌週の準備室には、検査待ちの調整灯が十個並んでいた。
成人研修が始まるのは月末の後。今週末には、オリヴィア自身の講師実演がある。その前に、器具と教材を確かめておきたかった。
「外側に傷はありません。番号も揃っています」
新任講師のニナが、点検表へ印をつけた。二十八歳の彼女は、一つずつ丁寧に仕事を進める。
オリヴィアは、標準教材と技師の器具票を並べていた。
教材にある図は、以前書いたものによく似ている。けれど、図の脇にあるはずの条件がない。
「ここには五秒流すとありますね。でも器具票では、緑の範囲まで、と」
ニナも冊子を覗いた。
「どちらで教えるのでしょう」
「そこを、確かめてもらいましょう」
点検を担当する技師は、二つの番号を見比べた。
「教材の五秒は、旧型の同じ蓄力槽を使った試験例でしょう。この二台は交換した魔石が違います。秒数だけでは揃いません」
低い出力で停止する試験台に、調整灯を据える。技師が遮断器を確かめ、ニナが一台目へ魔力を送った。
四つ数える頃、印が緑に入る。そこで手を離す。
二台目では、二つ数えたところで緑になった。
「もう?」
ニナはすぐに止めた。灯りは両方とも同じ明るさで点いている。
「このまま五秒まで続けたら?」
「試験台では遮断します。現場では、器具に定めた範囲を超えてはいけません」
技師の言葉を、ニナが点検表の余白へ書きつけた。
オリヴィアも、二台の番号と結果を控える。どちらかが不良品というわけではない。だから、見た目の検品だけでは違いがわからなかったのだ。
「私の図には、使う器具を確かめることも書いたはずなのです」
口にすると、胸の奥が苦くなった。
名前が消えたことだけなら、まだ自分一人の話だった。読む人が頼りにする注意までなくなっている。
「元の紙は、お持ちですか」
「村にあります。ここには手元の控えがないので、まずこの二冊の違いを報告します」
オリヴィアは、研修所の責任者を呼んでもらった。
今日確認した範囲を書面にし、この教材を使う訓練灯の授業は、器具ごとの確認が済むまで止める。責任者は技師と相談し、同じ教材を使う他の準備班にも通知を回すと答えた。
どこまで広がっているのかは、まだわからない。わからないところまで自分で埋めず、照会事項に残した。
「『明るくなったら』でも、人によって受け取り方が違いそうです」
ニナが、三つ折りの練習札を見ながら言った。
「確かに。どの印の、どの範囲かを一緒に見ないと」
「目盛りの写し絵を入れられますね。色だけでなく形も添えませんか」
二人で紙を広げるうちに、修正箇所が増えていく。
同じ指導書を使うからこそ、最初に器具の違いを調べる。ニナが作った欄を見て、オリヴィアは空いている一行を指した。
「ここに、わからなかった時の連絡先も入れましょう」
「止めた後で、誰に聞くかですね」
「ええ。それがないと、止めた人だけが困ってしまう」
ニナが頷いて書き足した。
部局から来ていたフェリクスは、安全器具の確認を終え、帰る前に茶を運んできた。
「一度、紙から目を離しませんか」
カップを受け取ったニナが、一口飲んで目を瞬いた。
オリヴィアも飲む。少し、濃い。
フェリクスは二人の顔を見た。
「……何か、間違えましたか」
「茶葉を何杯入れたの?」
「一人分につき一杯と書いてあったので、三杯です」
彼が示した匙は、茶缶についている大きな取り分け用だった。
ニナが口元を押さえた。オリヴィアも、とうとう笑ってしまう。
「同じ一杯でも、道具が違うと変わるのね」
「今日の授業を受けるべきは、私でしたか」
フェリクスも苦笑し、湯を足した。
オリヴィアが笑いを収めようとすると、彼が彼女の顔を見ていた。
「何か?」
「いえ。朝より、楽しそうだったので」
そう答えた顔には、湯を足した後も少し照れが残っていた。
薄めた茶は飲みやすくなった。けれど、もう一度あんな顔が見られるなら、次も少し濃くてもいいかもしれない。
彼を送り出した後、オリヴィアは鞄へ帳簿の写しを入れた。
「午後、独立監査官と面談してきます。送金と推薦の関係を、採用審査の前に確認していただきたくて」
ニナは驚いたが、すぐ頷いた。
「では、こちらの修正案は私がまとめます。技師さんにも確認をお願いしておきますね」
「ありがとう。助かります」
今週末には、彼女の授業が審査される。
四人の教え子の名だけで、仕事が決まったことにはしたくなかった。鞄の留め金を閉め、オリヴィアは面談室へ向かった。




