第47話 新しい教室の最初の日
多くの祝福に包まれた婚礼から数日後、オリヴィアは王都の公益研修所で、真新しい教壇の前に立っていた。
今日はいよいよ、成人基礎研修の『新課程』が開始される初日だ。
教室の長机に座っているのは、年齢も職業も様々な十数名の成人たち。緊張した顔も、早く器具に触れたそうな顔もあった。仕事を変えたい人、以前の苦手を学び直したい人。理由は一人ずつ違っていた。
オリヴィアは彼らのその身構えた姿勢を見て、ふっと口元を和らげた。
受講生たちの手元には、真新しいテキストが配られている。その表紙をめくった最初のページには、先日評議会から正式に認められた『本章原案・作成:オリヴィア・ヴァンザール』という文字が、はっきりと印刷されていた。
「皆様、本日はようこそいらっしゃいました。本課程の責任講師を務めます、オリヴィア・ヴァンザールです」
彼女は隠すことのない自分の名前で、堂々と挨拶をした。
「今日から一緒に学んでいくにあたって、最初に一つだけ、お約束したいことがあります」
オリヴィアの落ち着いた声に、不安そうに下を向いていた受講生たちが、そっと顔を上げた。
「間違えることや、途中で手が止まることは、決して悪いことではありません。……『分からない』と言うことは、恥ずかしいことではないのです。分かったふりをせずに、どこでつまずいたのか、一緒に理由を考えていきましょう」
一番前の受講生が顔を上げた。まだ硬い表情の人もいる。言葉だけで安心してもらえるとは限らない。今日からの授業で、それを確かめてもらうのだ。
「この後は六名ずつ、二つの教室に分かれます。ニナ先生と私が担当し、シリル先生には指導の記録をお願いしています」
オリヴィアが振り返ると、教壇の脇に立っていたニナとシリルが、笑顔で一礼した。
「分からないところがあれば、いつでも僕たちを呼んでくださいね。理由から一緒に解きほぐしましょう!」
シリルは指導記録を開いた。ニナは自分の組の六名を確かめ、一人ずつ挨拶した。
教室を分けた後、オリヴィアの組では、一人の受講生が最後まで起動の札を選べなかった。
残り時間を気にして謝る彼へ、オリヴィアは机の紙を寄せた。
「今日は、どこまで確かめられましたか」
器具の番号へ、彼が指を置いた。
「ここまでは。でも、その先が……」
「では、次はここから。一緒に見ましょう」
彼は頷き、番号を手帳に控えた。オリヴィアも次回の欄を開いた。
*
その頃。王都の大河を制御する水門管理局では、巨大な魔力ポンプの点検作業が行われていた。
「おい、そこのバルブ。魔力規定値のまま流せばいいんだよな?」
新しく配属された後輩の作業員が、マニュアルの数字だけを見て魔力を流し込もうとしたその時。
「待って。先に、この機器の点検票を確かめよう」
トマが盤面の番号を示した。管理局で必要な訓練と審査を終え、担当できる操作が増えたところだった。今日は班長の指示で、新しい作業員と確認をしている。
「共通の冊子だけじゃ、今の設定はわからないんだ。こっちの番号が同じ票を見る」
「違っていたら?」
「動かさずに、班長へ聞く。触った感じがいつもと違う時も。俺たちで無理に調整しない」
新しい作業員は頷き、番号を読み上げた。
トマはそれを確かめてから、次の欄を指した。少し遠くで、班長が二人を見ていた。
*
夕方。初冬の日は短く、研修所の外はすでに薄暗くなり始めていた。
初日の授業と事後カンファレンスを終えたオリヴィアが、心地よい疲労感とともに研修所の門を出ると、少し離れた街灯の下に、見慣れた一台の馬車が停まっていた。
「フェリクス」
声をかけると、馬車に寄りかかっていたフェリクスが顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「お疲れ様です、オリヴィア。……素晴らしい初日になったようですね」
「そちらは、時間通り終わった?」
オリヴィアが聞くと、彼は頷いた。「今日は私の方が先でした。夕飯は、家で食べられます」
「まだ緊張している方もいたけれど、一人、次もこの続きをと言ってくれたわ。次回の準備を、ニナ先生と相談してきたの」
「それは良かった。あなたが彼らの不安に寄り添い、安心できる場所を作ってあげたからでしょう」
フェリクスは自然な動作で彼女の鞄を受け取り、エスコートするように馬車の扉を開けた。
「さあ、帰りましょう。……私たちの家へ」
「ええ、帰りましょう」
馬車に乗り込み、並んで座る。
ガタゴトと揺れる車内で、オリヴィアは今日教室で起きたささいな出来事や、ニナやシリルの活躍ぶりを、まるで子供のように嬉しそうに語った。フェリクスは時折相槌を打ちながら、その横顔をただ愛おしげに見つめている。
話し終えると、オリヴィアは彼を見た。
「あなたの方は、どんな一日だった?」
彼は少し考え、「部下に休みを取れと言われました」と答えた。
「珍しいこと?」
「いえ。ただ、今は早く帰ると予定に書きやすくなりました」
彼の肩に、オリヴィアはそっと寄りかかった。家へ帰ってから聞きたい話が、まだあった。
それから半年、二人の本は少しずつ増えた。
月謝の通知が届くことはない。友人たちから近況の手紙が来て、返事を書く。教室へ行き、休みの日には家にいる。
ようやく暖かくなった、ある休日の朝。
柔らかな陽光が差し込む寝室で、オリヴィアはゆっくりと目を覚ました。




