第42話 戻すべきものを戻す
公開審査から数日後、セドリックの解任が告示された。
作成者名を偽る改訂を承認し、指定器具に限る条件を確かめないまま教材を広く配布した責任が認められた。教材の認定と指定商会の契約を同じ部門が扱っていた仕組みも、見直されることになった。
ヘルマンも記録改変への加担と隠蔽により、監理官の職を解かれた。二人の記録改変と、水門の点検偽装についての司法の審理は別に続く。
オリヴィアは告示を読み、ニナへ渡した。
あの二人が決めるから、と飲み込まなくてよいことが、まだうまく実感できなかった。
数日後、研修所へ差し替え紙が届いた。
教材の該当箇所へ貼るための紙だ。既に出された使用停止と個別点検の通知に続き、技術監修を終えて各地へ送られる。
オリヴィアは一枚を取り上げた。
器具ごとの条件を確かめ、範囲がわからなければ止めて問い合わせる。落とされていた注意が戻り、その下に自分の名がある。
『本章原案・作成:オリヴィア・ヴァンザール』
指で触れる前に、インクが乾いているか確かめた。
「今日の教材から、替えましょう」
ニナが糊と布を運んできた。
二人で古い頁を開く。紙の端を揃えて貼り、空気が入らないよう布で押さえた。まだ白い差し替え紙が、使い込んだ冊子の中で明るく見えた。
「これ、私の担当分です」
ニナが一冊を取り、開き癖のついた頁を撫でた。
「先生のお名前を言ってから、授業を始められますね」
オリヴィアは頷いた。手元の紙をもう一枚取り、次の本を開いた。
午後、倉庫の班長が研修の相談に来た。
彼の持ってきた冊子にも同じ頁がある。オリヴィアは差し替え紙を見せた。
「箱そのものの点検票も、引き続き一緒に見てください。これだけで操作量が決まるわけではありませんから」
「はい。こっちを直しても、機械の番号は確かめる」
班長は頷き、停止と問い合わせについての行を指した。
「前は、冊子にはそんなこと書いてない、と言われることもあったんです。これなら新人にも見せられます」
彼は折れた頁の角を直し、新しい紙を受け取った。
「先生が最初に来た日、俺、わからないとしか言えませんでしたね」
「お仕事が止まって、困っていらしたもの」
「でも、また来てほしいと思えた。今度の班にも、そう思って帰ってもらいたいんです」
来週の日程を決めると、班長は教材を抱えて帰っていった。
残った糊を拭きながら、オリヴィアは少し笑った。あの本は、明日も倉庫で開かれる。
夕方、迎えに来たフェリクスへ、貼り終えた一冊を見せた。
「戻ってきたわ。私の仕事と、私の名前が」
彼は頁を開き、隅まで目を通した。
「ええ。これが、届くのですね」
「倉庫には、もう一冊渡したの」
フェリクスが顔を上げて笑う。オリヴィアも笑い、彼の手へ自分の手を重ねた。
「今日は、よい顔をしていますか」
「私が見惚れるくらいには」
さらりと言われて、彼女は手元へ目を戻した。彼が小さく笑った気配がした。
帰り支度を始めたところで、研修所の責任者が声をかけた。
「ヴァンザール先生。新課程の責任講師を、お願いしたいのです。実証授業と、ニナ講師へ引き継いだ記録を、法人で検討しました」
オリヴィアは渡された待遇案を開いた。
担当する授業だけではない。教材と記録を整え、ほかの講師を育てる仕事も並んでいる。
「お引き受けしたいと思います。ただ、勤務の配分について相談を」
「ええ。改めて、時間を取りましょう」
オリヴィアは手帳を出した。空いている日だけでなく、既に丸をつけた休日も見てから、面談の日時を決めた。




