第38話 帳簿が証明できること
危機が去った翌日。監査室の机に、水門から持ち帰った記録の写しが並んでいた。
ダリアが納品票と現物の調査記録を並べた。
「書類では交換済み。けれど、水門には古い部品が残っていました」
その隣に、点検担当者の控えがある。測定未了と書かれた欄が、提出された検査票では基準値に変わっていた。
「班員が出した、起動時の違和感の報告も見つかりました。外注点検を取りまとめる際、処理済みにされています」
「……知らせていたのに」
オリヴィアは写しを見た。
トマの止めますという声を、技師長は受け取った。それより前にも、この現場で声を上げた人がいたのだ。
「点検を請け負ったのは、指定器具の納入商会です。副議長の親族から出資を受けていますが、彼が書き換えを命じたかは、まだ調査中です」
ダリアは供述と契約の記録を、別の束へ分けた。
オリヴィアは、自分が確かめた教材の箇所へ印を入れた。点検の記録は、ダリアの手元に残った。
「あなたへの送金についても、追加の照合が終わりました」
ダリアから促され、オリヴィアは月謝帳を開いた。
挟んであった公庫の受領書が、机へ滑り出る。ダリアは公庫から直接取り寄せた取引記録と並べた。
「日付も金額も一致。支出は返金だけです。採用の決裁と採点、報酬決定も確認しましたが、送金を見返りとする便宜は認められません」
聞き終わってから、オリヴィアは背もたれへ少し身体を預けた。
「これで、この帳簿は……」
「お返しできます。必要な写しは保管しました。交際の申告も記録済みです。後援者が関わる審査からは、今後もお二人を外します」
「はい」
閉じた帳簿は、持ってきた時と同じ重さだった。
けれど鞄へ戻す手は、さっきより軽かった。次に開く日を聞かずに、留め金を閉じられた。
廊下へ出ると、窓は暗くなっていた。
フェリクスが長椅子から立ち上がる。管理局で休み、救護係の確認を受けてから来たという。今日は外套の下も私服だった。
「遅くなって、ごめんなさい」
「先ほど来たところです。どうでしたか」
「終わったわ。この帳簿も、持ち帰れるの」
オリヴィアが鞄を持ち上げると、彼の表情が緩んだ。
「それは、よかった」
彼が手を差し出した。重い鞄を渡そうとすると、小さく首を振られる。
「今日は、こちらを」
オリヴィアは鞄を反対の手に持ち替え、彼の掌へ自分の手を載せた。温かい。昨日の朝のようには震えていなかった。
「まだ、心配ですか」
「少し。握って確かめたくなるくらいには」
「私もです」
フェリクスは繋いだ手を持ち上げ、指の背へ唇を触れさせた。
「昨日は、お願いするだけで精いっぱいでした。そばにいてくださって、ありがとう」
「ええ。また、そう言ってね」
その言葉に彼が笑う。今度はオリヴィアから、半歩近づいた。
「何か食べて帰りましょう。今日は、私もお腹が空いたわ」
「あの肉料理の店は、まだ開いているでしょうか」
「行ってみましょう。閉まっていたら、別の店へ」
彼と歩く道を思い浮かべると、閉まっていても、それほど残念ではない気がした。
*
翌朝、ダリアの執務室へヘルマン・ライスが来た。
机に置いたのは、セドリックが提出した説明書の写しだった。現場への教材配布は神学院の判断、と記された行に、強い筆圧で線が引かれている。
「私が決めたことにされています。副議長からの改訂指示が、別にあるのです」
「ご自身の関与も含めて、お話しいただけますか」
ヘルマンは顔を上げかけ、また伏せた。
「……はい。公開審査でも、証言します」
震える手が、もう一枚の紙を差し出した。
改訂指示を保管した簿冊の番号が、そこにあった。




