第35話 私のいない場所でも
第三操作室では、トマが中央ゲートの起動盤に向かっていた。
班長が操作書を開き、ニナが通話器のそばで指示を書き留めている。伝えられた機器番号を、トマも銘板で確かめた。
「七二。中央ゲートの起動です」
班長が頷いた。
「最初の範囲まで流す。そこからは、開度の担当が引き継ぐ。異常があれば手を離せ。保持は機械側でかかる」
トマは掌を一度、作業着で拭いた。
練習で扱ったのは、もっと小さな盤だった。だが、現場で担当を許されたこの操作も、番号を確かめ、決められた範囲で始めることは同じだ。
本棟から実行の合図が来た。
トマはゆっくり魔力を送った。
すぐに、掌へ押し返すような感触が来た。
灯りの時とは違う。器具が大きいからだろうか。毎朝の起動では、こんな重さはなかったはずだ。
目盛りは、まだ始動の帯へ入っていない。
もう少し強くすれば動くのかもしれない。
窓の外で、水が壁を打った。誰もが、このゲートが開くのを待っている。
トマの指が強張った。
自分が遅いだけではないか。ここで止めて、何でもなかったら。
『間違えることや、途中で手が止まることは、決して悪いことではありません』
訓練室の声を思い出した。
先生は、すぐに正解を言わせようとはしなかった。わからないところを、わからないまま言っても待ってくれた。
今、言えるのは、何だ。
トマは手を離した。
「止めます。いつもより抵抗があります。始動の目盛りに、まだ届いていません」
声が震えた。
班長が即座に保持状態を確かめ、赤い停止札を立てた。
「第三、起動中断。現物を確認する」
ニナが通話器へ伝えた。
「第三操作室、停止です。担当者が通常と違う抵抗を報告しました。開度は変更していません」
本棟で聞いていたオリヴィアは、技師長へ視線を向けた。
彼はすぐに指示した。
「中央への切り替えは中止。魔導長の防壁は現状を保持。第三は再起動せず、計測係を入れる」
オリヴィアはそのまま伝えた。
「フェリクス、中央への変更を止めます。今の防壁は維持してください」
「了解。保持します」
途切れない声に、彼女は机の端をつかんだ。まだ、時間をもらえる。
第三操作室では、計測係が起動盤を切り離し、測定器を接続した。
トマは邪魔にならない位置まで下がった。手の汗が、冷たくなっていた。
ニナが隣へ来た。
「報告、届きました。今、調べています」
「俺の感じ違いだったら……」
「それも、調べないとわかりません。だから、止めて伝えてくれてよかったんです」
計測係が数字を読み、班長が別の票と照らした。
「点検票と合わない。接続部も見ます」
トマは息を呑んだ。
自分には、どこが壊れているかはわからない。けれど、その場で押し切らなくてよかったことだけは、わかった。
ニナが結果を本棟へ伝える。
技師長から返答が来た。
「第三の停止報告を受領。よく知らせてくれた。再開の指示があるまで、そのまま待機」
トマは、ようやく頷いた。
オリヴィアは、第三操作室の枠へ赤い札を置いた。
そこには、トマが自分で止まったことが記録されている。
助けに走って手を取らなくても、彼は言えた。オリヴィアはその事実を噛みしめ、すぐに次の報告へ耳を澄ませた。
「接続部の旧部品を確認。納品票の番号とは違います。予備回路へ切り替えられるか、技師長の判断をお願いします」
隠されていた不具合が、ようやく現物で見つかった。
外の光の壁が揺れた。フェリクスは、まだ支えている。
オリヴィアは通話器を持ち直した。




