第33話 強すぎる魔法では止められない
補助ゲートが軋み、金属の裂ける音がした。
操作室の窓から、白く砕ける水が見える。閉じていたゲートが押し開かれ、予定していない方向へ流れが膨らんだ。
「下流側へ回させるな!」
通話器からフェリクスの声が響いた。
青白い光が、水路の壁に沿って立ち上がる。
水を丸ごと止めたのではない。崩れた箇所を覆い、技師長が指定した逃がし水路へ濁流を導いていた。その先の遊水池にも、まだ受け入れる余地がある。跳ね上がる水の向こうで、彼の足は一歩も下がらない。
「補助側を保持。主流路は塞いでいません。次の切り替えは」
冷静な声だった。
オリヴィアはその声を聞いて、押さえていた息を吐いた。
「第二、第五、最後に中央です。ただし、下流側の水位を確かめながら段階的に」
技師長が答えた。魔導隊の副官が復唱し、持ち場へ伝える。
防壁を維持するフェリクスへ、部下たちが足場と横からの飛沫を防ぐ魔法を重ねた。それでも、補助ゲートの破損箇所を支えられるだけの出力は、彼にしかない。
オリヴィアは技師長へ尋ねた。
「あのままでは、長く保たないのですね」
「川の水は増え続けます。支える場所を変えながら、主流路へ逃がす必要があります」
魔力を増やせば壊れた歯車が直るわけではない。見えない別棟の計器まで、彼一人では読めない。
オリヴィアは窓から目を離し、机へ戻った。
操作室には、複数の通話器から声が入っていた。各棟を結ぶ有線の魔導通話器だ。
「二番、青点滅。準備完了!」
「待て、こちらの青点滅は未接続だ。どの二番を言っている!」
「東側の切替盤です!」
古い盤と新しい盤で、同じ青い灯りが違う意味を持っていた。普段は各班の中で済んでいた確認が、部屋をまたぐと通じない。
通信係が呼び先を探し、接続線を握り直した。濡れた袖口から落ちた雫で、紙の文字が滲んでいた。
技師長が図を指して説明する。だが次の声が入ると、最初の班への返事が途切れる。
オリヴィアは、隣の通信係へ声をかけた。
「いま、どの部屋の返答を待っていますか」
係は三本の接続線を見た。
「第二操作室です。いえ、第三も……」
ニナが白紙へ三つの枠を描いた。部屋の名前を書き、返答が来たところへ印を置く。
「第二操作室、まだですね」
「はい」
オリヴィアは技師長へ向き直った。
「操作の順序と限界は、技師長さんが決めてください。私たちは、各室の言葉を揃えて、指示と返答を一つずつ確認します」
「できますか」
「班長さんに現物と照合してもらえれば。ランプの色だけで、操作を決めないようにします」
技師長は頷き、指示を出した。
「各室、そのまま待機。切り替えは一度止める。今から部屋名と機器番号を確認する」
止まった数十秒が、ひどく長かった。
外で水が弾ける。フェリクスの声が入った。
「保持しています。確認を続けてください」
同じ声で、終わったら一緒に休もうと言った人が、外にいる。
オリヴィアは通話器を握る手を緩め、一度、息を吐いた。
「まず、第二操作室。聞こえていますか」
返事を待った。彼を早く休ませたいからこそ、この一つを飛ばしてはいけなかった。




