第31話 揃いすぎた検査記録
翌週の初め、水門管理局の会議室で、技師長が二枚の票を並べた。
一枚には、八つの機器の実測値がすべて同じ数字で記されている。もう一枚は、そのうち二台を測り直した結果だった。
「こちらには差があります。どちらも動きますが、同じ値を与えてよい状態ではありません」
オリヴィアは、数値の下にある検査時刻を見た。測り直した票には時刻と担当者の署名がある。最初の票は、どちらの欄も空いていた。
「測った元の紙は、残っていないのですか」
「現場の日誌には、別の数字があります。どこで書き換わったか、確認中です」
技師長の隣に、コンラッド・エイベルが座っていた。
市から応援を要請された彼は、軍務局にも残る納品と保守の記録を広げていた。
「共同備蓄の納品票です。市からの照会で、うちの控えも調べました」
指された部品番号の一つが、検査票と合わない。
「交換部品が届いた翌日なのに、検査票には古い番号がある。元の記録を当たっています」
フェリクスが二枚を寄せた。
「誰が書いたかの調査と、安全の確認は分けて進めましょう。今、使わない方がよい設備は?」
「補助水門の駆動部を隔離しました。主系統も負荷を下げ、測定済みの範囲で運用しています。市の防災責任者には報告済みです」
技師長は答え、点検計画を広げた。
「ただ、補助水門を止めても、水圧はかかります。損傷の有無は、内部を開けて調べなくてはなりません」
オリヴィアは、閉じたゲートの図を見た。
止めれば、何も起きなくなるわけではない。器具を片付けられる教室とは、違っていた。
「私にできることはありますか」
「暫定の操作手順を、現場で誤解なく伝えたいのです」
技師長は紙の束を出した。
止める条件と連絡先が別紙になり、班によって部品の呼び方も違っていた。
オリヴィアは、ニナと作った確認欄を思い出した。
「操作そのものは、班長さんに確かめていただきます。その上で、言葉を揃えるお手伝いなら」
「お願いします。まず明日の申し送りから使いたい」
フェリクスが横から言った。
「魔導隊も、支援する場所を確認しておきます。水の流し先と、立ち入れる場所を教えてください」
技師長と彼が図の前へ移る。オリヴィアは、どこでも魔法で止めればよいと思っていた自分を、少し恥じた。
彼の指が、図の中の川沿いを辿った。トマたちが働く棟も、その線のすぐそばにあった。
昼近く、観測所からの連絡が入った。
上流で雨が続き、予報以上に水位が上がっている。夕方以降、王都でも大きな増水が見込まれるという。
技師長が窓へ顔を向けた。こちらでは、まだ細い雨しか降っていない。
「補強は、間に合いますか」
フェリクスが尋ねる。
「主系統は進めます。ただ、補助水門の内部補修は間に合わない可能性があります」
コンラッドはすぐに連絡書を取った。
「市の防災責任者へ、下流地区の早期避難を提案します。輸送の準備は、今からできます」
オリヴィアは鞄を持ち直した。
まだ水は溢れていない。だからこそ、今のうちにできる仕事がある。
フェリクスが彼女を見た。
「研修所への連絡をお願いできますか。今日の授業は、安全な場所へ変更していただきたい」
「ええ。ニナ先生にも伝えます」
席を立つ前に、彼女は新しい確認用紙を一枚、技師長へ渡した。




