第28話 消えなかった受領印
記録保管室の閲覧机に、分厚い受領簿が運ばれてきた。
書庫へ入れるのは職員だけだ。オリヴィアとフェリクスは、ダリアと担当司書が資料を揃える間、机の前で待っていた。
マルタから先に送られた発送控えの番号で、探す棚は絞られていた。今日持ってきたノートと、受領簿を照らし合わせる。
「こちらが、神学院から受け入れた資料の記録です」
司書が開いた頁には、小さな字が並んでいた。
オリヴィアは原稿番号を追う。一桁ずつ、間違えないように。
その指が、ある行で止まった。
『基礎魔法補助図解案 作成者:オリヴィア・ヴァンザール』
隣に、赤い受領印があった。
書類は届いていた。誰が書いたものかも、受け取った時にはわかっていた。
「……ここに、あったのね」
フェリクスが黙って椅子を寄せた。
触れた腕の温かさに、ようやく息ができた。
続いて司書が出した提出控えには、赤い糸の原本と同じ図がある。折り返して足した停止条件も、写されていた。
原本に残る書き損じの線。清書の時に直した矢印。その順序を、オリヴィアは説明した。
ダリアが頁番号を記す。
「現在の教材と図の構成が一致し、提出時の控えには注意事項もあります。これで、改訂前の状態を確かめられました」
「誰が削ったかまでは、まだ?」
「はい。担当部署と決裁の記録を追います。この受領印だけでは、指示した人までは決められません」
オリヴィアは頷いた。
それでも、言いたいことは決まっていた。
「私の名前で、訂正を申し立てます。この図の原案を書いたのは私だと、残してほしい。止める条件も、正しい形で戻してほしいのです」
一年前、部門報告の名前をめぐって抗議した時、ヘルマンは言った。授業が役に立ったなら、それでいいではないか、と。
あの時は、自分が細かいことにこだわりすぎなのかと思った。
今、受領簿には確かに名前がある。
細かいことなら、わざわざ消さなくてもよかったはずだ。
「申し立てを受け付けます」
ダリアは用紙を出した。
オリヴィアは、自分の名前を書いた。下に、求める訂正の内容を記す。書き終わるまで、隣のフェリクスは静かに待っていてくれた。
閲覧が終わると、司書が照合箇所の証明付き写しを作った。原本と受領簿は、そのまま担当者の保管に戻された。
オリヴィアの手に残った写しには、赤い印も写っている。
廊下へ出て、フェリクスが声をかけた。
「今日、一緒に来てよかったです」
「待つ方が長かったでしょう」
「あなたが自分の名前を見つけた顔を、見られました」
オリヴィアは写しを抱え直した。嬉しいだけではなく、悔しさも残っている。それでも、隣にその顔を覚えていてくれる人がいる。
「帰りに、お茶に寄ってもいい?」
「もちろん。濃さの間違いがないお店へ」
思わず笑うと、彼も笑った。
研修所へ戻った二人を、ニナが玄関で迎えた。
「ヴァンザール先生。週明けの会議のことで、追加の連絡です」
予定されていた事業報告の会に、セドリックから質問書が届いたという。ニナが示した一枚には、月謝の名目で行われた私的送金について説明を求める、とある。
「採用前に、監査へ届けていますよね」
「ええ」
オリヴィアは書面の日付を見た。原稿の照合に入った直後に出された質問だった。
フェリクスも読み、彼女を見た。
「私への質問には、私が答えます。今のお付き合いについても、明らかにして構いませんか」
「ええ。隠すつもりはないわ」
オリヴィアは答え、書類を鞄へしまった。
返金は済んでいる。審査にも、四人は加わっていない。その事実と、自分が彼を好きなことを、どちらも自分の言葉で伝えよう。




