第23話 私がいない教室の合格
四週間の研修を終えた実証試験の日、オリヴィアは閉じた教室の扉の前にいた。
中へは入らない。助言もしない。今日はニナが指導し、別の講師にも手順が引き継がれているかを、外部の試験官が見る。
廊下の長椅子にはシリルが座っていた。彼も今回は見学者だ。受講生の採点にも、講師の評価にも加わらない。
オリヴィアは膝の上で手を組んだ。
扉の向こうで、器具を置く音がする。ニナの声がした。
何を話しているかまでは、聞き取れなかった。
一時間後、扉が開いた。
最初に出てきたトマは、彼女を見るなり口を開き、すぐ後ろを振り返った。
「……あ、結果は先生方からでした」
オリヴィアは立ち上がった。笑いたいのに、うまく笑えない。
主任試験官が採点表を持ってきた。
「六名とも、今回指定した基礎課題の到達基準を満たしました。講師の引継ぎについても、実施記録を添えて本審査へ進めます」
ようやく、息を吐けた。
ニナが肩を落とし、それから笑った。受講生たちも、互いの顔を見て声を上げる。
トマが、今度こそ彼女の前へ来た。
「先生。途中で、止まったんです」
「何があったの?」
「盤の並びが違って。前だったら、あそこで右から三番目に触っていました」
彼は持っていた確認用の図を広げた。機器番号に、指で何度も触れた跡がある。
「この盤は、どの図を使うのか確かめました。それでも第二ゲートが見つからなくて、まだ操作しません、と言ったら、試験官が待ってくれて」
自分で操作箇所を探し直し、番号を声に出して確かめた。試験官から結果を教わることはなかった。急がず確認することも、課題に含まれていたという。
「時間、ぎりぎりでした。でも、理由は言えました」
オリヴィアは、彼の図を見る手を見た。もう、震えていなかった。
「よかった。自分で確かめられたのね」
ニナが指導の記録を持ってきた。
指導する時間と、一人で取り組む時間は分けられていた。文字の読みにくい受講生には、練習の時間に、認められた図解と拡大した目盛りを使った。採点中は、ニナも答えを示していない。
「最後まで、声をかけたくなりました。こんなに見ているだけが難しいなんて」
「私も、廊下で何度立ち上がったか」
二人で笑った。オリヴィアは、彼女の記録欄に自分の名前を書きそうになり、ペンを置いた。
「今日は、ニナ先生の記録ですね」
ニナは少し驚き、それからしっかりと署名した。
シリルが隣から覗き込む。
「僕の記録にも、そう書きます。ヴァンザール先生の方式を、ニナ先生が実践した。ただ、六人で確かめた範囲を、どこまで広げられるかは、まだ調べなくてはいけません」
「ええ。私一人だけができる、と結論を急がなくてよかったでしょう」
「はい。全員にすぐ通じる、と書くのもやめます」
彼は以前の草稿を裏返し、新しい紙を出した。
職場ごとの課題を入れること。講師同士で確認する時間を計ること。今日の成功の下に、次に調べることが並んでいく。
それを見ていると、不思議と心が軽かった。全部を自分の手で片付けなくても、この仕事は続いていく。
控え室に菓子が運ばれ、ささやかな祝いになった。
トマは、管理局でまだ受ける訓練があると話していた。今日の合格だけで、水門の全部を任されるわけではない。それでも今度は、わからないところを聞きに行ける気がする、と。
オリヴィアは頷き、彼から借りた図を返した。
時計を見る。もう、約束した時刻が近い。
「ごめんなさい。私、先に失礼します」
ニナが彼女の鞄を手渡した。
「今日は、最後まで残らなくていいですよ。記録は私がまとめます」
オリヴィアは受け取ってから、もう一度彼女を見た。
「ありがとう。明日、読ませてね」
教室を出ても、後ろから呼び止める声はなかった。
外には、秋の夕暮れが広がっていた。彼はもう、約束の場所にいるだろうか。
オリヴィアは手袋を直し、歩き出した。
合格を報告する言葉は、すぐに思いつく。けれど、今日はそれだけで終わらせるつもりはなかった。




