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私の教え子、王国最強になったあとも家庭教師代を払い続けているのですが~恩返しだと思っていたら、年下公爵の恋でした~  作者: 他力本願寺


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第21話 任せた席の隣で

週明け。王都の公益研修所の実習室で、オリヴィアは教室の最後列にある見学席に座っていた。


 教壇に立っているのは、新任講師のニナだ。


 今日、オリヴィアは宣言通り、授業のメインの進行を彼女に任せていた。


 オリヴィアの膝には観察用の記録紙がある。今日はニナが教え、彼女は六人全体の様子を記す。危険な操作があれば、どちらも止める。その約束だけ確かめて、授業が始まった。


「あ、あの……先生」


 実習が半ばを過ぎた頃、恰幅の良い中年男性の受講生が困り果てた声でニナを呼んだ。


「魔法札に魔力は通るんですが、途中でどうしてもチカチカと点滅して、消えてしまうんです」


 彼の課題は、魔力を一定の量で供給し続ける「維持」の操作だった。


 ニナは男の手元を見た。「順序を、もう一度」と言いかけて、自分で止まる。


「今、力を入れているのは、どの辺りですか」


「肩でしょうか。息も止めちまって……」


 オリヴィアは、書きかけた助言の紙を伏せた。ニナはもう、男の話を聞いている。


「……普段は、どんなお仕事をされているのですか?」


「え? ああ、市場で荷車の運搬を。重い樽を運んだりしています」


「なるほど。では、重い荷車を押し始める時を思い出してください。最初はグッと力を入れますよね。でも、車輪が回り始めた後もずっと同じように全力で押し続けていたら、どうなりますか?」


「それじゃあ、すぐに息が上がって倒れちまいます。動き出したら、あとはスピードが落ちないように、一定の力でそーっと押し続けるんだ」


「その通りです」


 ニナはパッと顔を輝かせた。


「では、動き出した後の力を思い出してみましょう。目盛りが決められた範囲から出たら、一度止めますね」


 最初は長く保てなかった。ニナは無理に続けさせず、息を吐いてから再び試してもらった。


 三回目に、指定の長さだけ光が保たれた。


「さっきより、肩が楽です」


「今、うまくいったやり方を書いておきましょう。次も同じようにできるか、確かめたいですから」


 男性の喜びの声に、ニナも心底嬉しそうに笑い合った。


 見学席でその様子を見ていたオリヴィアは、静かに、だが深く息を吐き出した。


 自分が手を出さなくても、彼女自身の言葉で、受講生の認識のズレを発見し、彼に合った解決策を提示できた。


 教育の成果が、自分という個人を離れても確かにそこにある。任せた席から見るその景色は、一人で教壇に立ってすべてを管理していた時よりも、ずっと広く、清々しいものだった。


 二時間の実習が終わり、受講生たちが帰っていった後の休憩時間。


 オリヴィアは研修所の中庭に出て、木陰のベンチに深く腰を下ろした。


「……はあ」


 思わず声に出して息を吐く。自分で教えるよりも、誰かに任せて黙って見守る方が、実は何倍も神経を使い、気を張るものだと初めて知った。


「お疲れのようですね」


 顔を上げると、昼休みに会う約束をしていたフェリクスが、小さな包みを手に立っていた。


「十五分ほどですが、ご一緒できます」


「ちょうどいいわ。今朝は、人に任せる方が難しいと知ったところなの」


 彼は隣へ座り、焼き菓子を二つに割った。


「私も今朝、部下の報告書に手を入れすぎて、誰の報告かわからなくなりました」


「あなたでも?」


「書き直すより、何を伝えたいか聞く方が早かったようです」


 オリヴィアは笑い、それから少し黙った。


「ニナ先生だけで教えられるのは嬉しいのに、少し寂しかったの。変ね」


「先生を呼ばなくても、教室は動く」


「ええ」


「では、その分だけ、私の話を聞いていただけますか。仕事以外の」


 彼が菓子の大きい方を渡してくる。オリヴィアは受け取り、まだ温かい中身を割った。


「今日は、何のお話?」


「先日の航海記に、新しい巻がありました。海獣の絵が、以前の倍も」


「また、お買いになったの?」


「ええ。あなたにも見せたくて。以前なら、月謝の手紙の端へ小さく書いて、終わらせていたでしょうね」


「今は?」


 彼は少し身を寄せた。


「本を持ってきますから、次も会ってください」


 オリヴィアは、割った菓子を持ったまま彼を見た。こんなふうに誘われると、返す言葉を探してしまう。


「……海獣の絵だけで、十五分は終わりそうね」


「では、次はもう少し長く」


 彼が笑った。オリヴィアも笑い、次の休みの日を思い浮かべた。


「……そういえば、オリヴィア」


 しばらくの心地よい沈黙の後、フェリクスが思い出したように口を開いた。


「今週末、運営法人の設立記念の会があります。事業の関係者にも招待が届くそうです。あなたにも」


「祝賀会……立食のパーティーのようなものかしら」


「ええ。私も、後援する側の責任者の一人として出席します」


 フェリクスはベンチからゆっくりと立ち上がり、オリヴィアの前に立って、少しだけ居住まいを正した。


 いつもより少しだけ真剣な、熱を帯びた瞳が、オリヴィアを見下ろしている。


「その祝賀会の夜。……もしよろしければ、私と一曲、ダンスを踊っていただけませんか」


 周囲の目がある場所で、彼の手を取ることの意味。それを理解した上で、オリヴィアの胸の奥で、期待に満ちた小さな鼓動が高鳴り始めた。

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