第19話 肩書きを知らない人の合格
市営倉庫の入口には、次の入荷時刻が大きく書かれていた。
オリヴィアとニナが着くと、班長が旧設備の戸を閉めていた。食品を移したため、こちらはもういっぱいだという。
「あと一便来たら、入れるところがないんです」
班長は新しい保冷箱を見た。
「点検の人が使えば動く。でも、俺たちがやると途中で切れる。何を間違えているのか、わからない」
技師が待っていた。機器自体は点検済みで、保護装置による停止が続いているという。
オリヴィアは、まず技師の実演と説明を聞いた。出力を一定にし、指定の印が点いたら維持側へ切り替える。起動後は、庫内の温度で確認する。
「では、班長さん。いつも通りに見せていただけますか」
班長は冊子を読み直し、調整部へ手を置いた。
魔力が一気に入り、保護装置が作動する。そこで彼は手を離した。
「こうなるんです。もっと均等に、と言われても」
オリヴィアは、一度に力を込める彼の手を見た。
「普段、荷を縛る時はどうなさいますか。左右から一度に強く引きます?」
「いや。片方だけ締まるから、少しずつ確かめる」
「その確かめ方を、試してみませんか。止める印は、先ほど技師さんが示したここです」
班長は目盛りを見直した。
一回目は、少なくしすぎて起動しなかった。彼が顔をしかめると、ニナが記録を示した。
「今度は、急に出力が上がらなくなりました。次は印の手前まで、少しずつ」
二回目。班長は目を閉じかけ、開いたままに戻した。目盛りを見ながら、左右の力を揃えるように流していく。
指定の印が点いた。
「維持へ、切り替えます」
技師が頷く。班長が操作すると、箱が低く唸り始めた。
温度計の針が、ゆっくり下がっていく。
班長は、まだ手を出したまま箱を見ていた。
「もう、離していいんですか」
「はい。次は温度が落ち着くのを確認します」
彼が手を下ろした。装置は止まらなかった。
「ああ……これなら、わかる」
班長が笑った。
その顔を見て、オリヴィアもようやく肩を緩めた。
次の作業員には、同じ例えがすぐには通じなかった。ニナが手順を区切り、班長が自分の失敗した箇所を説明する。技師は限界の印を確かめ、何度か繰り返した。
全員が同じ速さで覚えたわけではない。今日操作を任せられる人と、もう少し練習する人を、班長が分けて記録した。
食品を移す前には、一箱ずつ状態を確認した。前の不調で傷んだ分は、惜しくても廃棄する。新しい箱で冷やせば戻るわけではない。
それでも、残っている食品と、これから届く荷には、置き場所ができた。
倉庫の奥で、次の入荷を迎える車輪の音がした。
「先生。来週も、来てもらえませんか」
帰り支度をしていると、班長が声をかけた。
「別の班にも覚えてもらいたい。今日の記録は残しますが、俺の説明でわからなかった人を、一緒に見てほしいんです」
オリヴィアはニナと顔を見合わせた。
「研修所の日程を確認して、お返事します。次までに困ったことを、ここへ書いておいてください」
ニナが新しい記録紙を渡す。
班長は受け取り、見出しへ大きく名前を書いた。オリヴィアの欄も、間違えないよう一文字ずつ確かめる。
「ヴァンザール先生、ですね」
「はい」
名前を呼ばれただけなのに、嬉しかった。
帰りの馬車で、ニナが今日の紙を整理していた。
「教室へ持ち帰って、書き方を直したいですね。『均等に』だけではわかりませんでした、と」
「ええ。何を見て確かめるかも、すぐ横に」
仕事の話をしながら、オリヴィアは週末の予定を思った。
フェリクスに、今日のことを話したい。班長が、名前を聞き直してくれたことまで。
その前に、明日は教室だ。トマたちには、配置の違う模擬盤を試してもらう予定になっている。
自分が思っていたより、伝わっていたこともある。まだ届いていないことも、あるのだろう。
オリヴィアは鞄から記録紙を出し、次に確かめることを書き足した。




