9 あのノートが開かれる
ティータイムになっても、夕食の時間になっても、妻は帰ってこなかった。
「どうなっている!」
セバスチャンや騎士たちを怒鳴りつける。けれど彼らが悪いのではない。わかっている。
私が悪いのだ。不安を誤魔化したくて、彼らに八つ当たりしているのだ。
(愚鈍な私に愛想を尽かして、出て行ったのではないか?)
妻が「行く」と行っていたらしいカウンティタウンの目抜き通りを捜索させているが、手掛かりはない。
妻の実家にも連絡したが、返事はまだない。
そういえば昨夜、妻はルーカスと楽しそうに話していた。私のほうを気にしながら。
(まさか、ルーカスと…?)
昨日、会ったばかりで?
しかし妻ならあり得る。明るく清純で献身的な、魅力的な女性なのだから、ルーカスが惹かれてもおかしくはない。そして彼女は「妻を顧みない愚かな夫」を捨てて…
「だめだ…っ!」
手がかりを探したくて、妻の部屋に入る。
彼女が肌身離さず持ち歩いていた、あのノートが机の上に残されていた。私が「暗殺計画書」と疑っていた、あのボロボロのノート。
《乙女の秘密》
そう言っていた。
「秘密…」
ならばルーカスと落ち合う場所も、そこからどこに向かうかも、記されているかもしれない。
震える手で、罪悪感を抱きながら、ノートをめくる。
もし彼女がルーカスと一緒なら幸せになれるのだとしても、このまま行かせてはいけない。
せめて謝罪して、花と宝石を渡して、私の気持ちを伝えて…
――だから最後に一目でも、彼女に会いたい。
「手がかり」という名の「辛いもの」を見るつもりだった私は、目を見開いた。
「なんだ、これは」
《イベント1:刺繍のハンカチ》
《自分の不器用ぶりがわかった。ゾフィーさんに散々迷惑かけて指からいっぱい血も出して、なのに天仙花というよりは魔界の植物になってしまった。こんなので戦場での無事が叶うのかな。でもきっと気持ちは伝わる、と信じてる》
《受け取ってもらえたし、お礼も言われたし、しかも超絶下手な刺繍を天仙花と認めてくれた!ヴィルフリート様って、冷たく見えるけど本当の本当は優しくて、そこが最の高!好きすぎる。これでちょっと私のことを意識してくれるようになったと思う!》
「…好きすぎる?」
指が、震える。
けれどページをめくるのが止まらない。
《イベント2:家庭菜園》
《元気で栄養たっぷりのハーブが育ってきた。これでヴィルフリート様の不眠が治るといいな。いつもお仕事ご苦労様です。ヴィルフリート様のおかげで、領民のみんなは元気です》
《危ない、ヴィルフリート様にこのノートを見られそうになってしまった。だけど好きだなんて、まだ知られちゃいけない。まだそのフェーズじゃない。いつかヴィルフリート様が私のことを好きになってくれたら、たくさん好きって伝えますからね》
「好き…」
《失敗すぎる。苦くてとても飲めたもんじゃない。だた肌にはいいみたいだから、クリームに加工するのはどうかな。量産して売ったら大人気になると思う。売り上げで公爵家に貢献できて、ヴィルフリート様に褒められちゃったりして!ご褒美はキス&ハグがいいな》
「ハグ…」
いくらでも。帰ってきてくれるなら、いくらでも。
「そんなに、私のことを…」
私は、ぴたりと手を止めた。
全身の血が、引いていく。
《イベント4:誘拐》
《夜会で夫婦関係が良好だとわかったら、ヴィルフリート様のライバルがエマを連れ去る。黒の森にある山小屋で縛られているところに、ヴィルフリート様が助けに来てくれる》
しかしそのページにはデカデカとバツ印が打たれている。
そして「ヴィルフリート様が私のことを好きじゃないから、起こらない」というメモ書き。
「好きじゃないから、起こらない…」
そんなはずはない。
この気持ちは…
きっと私はもう…
――愛して、しまったのだから。
「全軍に次ぐ!黒の森に全速で進軍!一匹の虫も逃さないよう包囲しろ!!」




