10 ここは予定通りにイベント発生
私は混乱していた。
(…なんで?なんで誘拐イベントが発生してるの!?なんでここは原作通りなのよ…!)
ゾフィーさんと護衛さんと一緒に、カウンティタウンに買い物に出かけた。
目抜き通りの高級茶葉店で店員さんに相談しながら、リラックス効果の高いハーブティーを何種類か購入し、お菓子屋さんでハーブティーに会いそうな焼き菓子も買い、ゾフィーさんの知り合いがやっているというレストランの個室で食事をして。
本当に平和なお出かけだったはずなのに。
レストランを出て、ゾフィーさんと護衛さんと一緒に帰ろうとしたら、馬車が屋敷とは違う方向に走り出して…
途中で馬車を乗り換え、黒の森の小屋に連れて来られて、手と足を縛られて、今に至る。
私の目の前には、夜会で私にしつこく話しかけてきた宰相の息子、ルーカス・グランヴィル。
彼が誘拐事件の黒幕だったなんて。
原作は「救出イベントでのヴィルフリート様のカッコよさ」と「そのあとの甘々溺愛」に全振りしていたため、黒幕が誰かまではわからなかった。
ただ「ヴィルフリートの対抗勢力がエマを誘拐した」となってて、事後処理はヴィルフリート様が「エマは汚いことを考えなくてもいい」とか言って、全部ささっとやっちゃってたから。
黒幕がわかってすっきりだけど、今はそれどころじゃない。とにかく無事に帰るためには、ルーカスにこんなこと無意味だとわかってもらわないと。
「ルーカス様」
「なんでしょう、公爵夫人」
「ヴィルフリート様と何らかの取引をすることが目的なのでしょうが、こんな誘拐は無意味です」
「どういうことですか?」
「ヴィルフリート様は…私を愛していないからです。まだ!」
つい「まだ」を強調してしまった。負け惜しみだと思われるだろうか。
ルーカスは笑い出した。
「な、何で笑うんですか…まだ好きじゃないだけで、いつか好きになるかもしれないじゃないですか!」
「いや、どこからどう見ても、ヴィルフリートはあなたのことを愛しているじゃないですか。夜会でもあなたをあんなに目で追って。あんな彼は見たことがありません」
「そんなわけありませんよ!溺愛はまだ始まってないんですから!」
だって彼の行動は、エマを愛したときのそれではなかったから。
あくまで「まだ」だけどね。
「だから私たちを解放してください!せめてゾフィーさんと護衛さんだけでも!今解放してくれたら、警察には言いませんから!」
「ははは…あなたはやっぱりおもしろい人ですね」
ルーカスは私の顎をくいと持ち上げる。彼と目が合う。
「な、に…?」
「ヴィルフリートに愛され、私の話を上の空で聞くあなたに…とても興味があります」
ルーカスはふっと笑って、私に唇を近づけた。
「私があなたを蹂躙したら、ヴィルフリートはどうなるでしょうか。考えただけでぞくぞくします。いつも人を馬鹿にしたように澄ましているあいつの顔が、どうなるのか」
嘘でしょ!?なんでこんなことになるの!!
私はぎゅっと目を閉じた。
「やだぁ!!」
そう叫ぶのと同時に、
――バアァァァァァン!!
ドアが蹴り破られる。
「…私の妻から、その汚らわしい手を離せ」
小屋の扉を蹴り破って現れたのは、銀髪を逆立て、琥珀色の瞳に「純粋な殺意」を宿した一人の男。
精鋭ぞろいの部下たちを置き去りにして駆けつけた――
「旦那様…」
助けに、来てくれた…?
どうして?
私のこと、まだ好きじゃないはずなのに。
それにどうしてここがわかったの。
「ルーカス、彼女から離れろ」
「ヴィ、ヴィルフリート…! なぜここが…!」
ヴィルフリート様は「エマ、目を閉じろ」と言うと同時に剣を抜いた。
言われた通りに目を閉じていても、音だけで、声だけで、恐ろしいことが起こっているのだとわかる。耳を塞ぎたいのに、手を縛られているから塞げなくて聞こえてしまう。
怖い…怖くて目を開けられない。
こんな残虐なシーン、原作にはなかった。超絶平和な世界観だったはずなのに、どうして。
しばらくして、物音と叫び声が消える。聞こえるのは、ヴィルフリート様の荒い息だけ。
「まだ目をつぶっていてくれ、エマ」
優しい声がして、夜会のときと同じように、マントに包まれるのがわかった。もうひとつ、力を込めて目をぎゅっとつぶる。
手と足が自由になり、身体が抱き上げられて床から離れる。トントンと小屋の玄関前の三段くらいの階段を下りる音がして、「もう目を開けていいぞ」と声がした。
目を開けると、琥珀色の瞳が私を見下ろしていた。




