8 新ルート開拓作戦
窓の外には、優しい朝の太陽と小鳥のさえずり。
なんて穏やかな異世界の朝。
だけど私の心は混乱していた。
ちょっとずつ溜まっていったズレが、昨日の夜に原作との大きな乖離になって表れてしまった。だからこれから自分がどうなるか、まったくわからない。
溜息をつきそうになって、私は慌てて息を吸い込む。
「しっかり落ち込んだら、あとは上向くだけ…っていうじゃない」
だって、まだ追い出されてない。まだ逆転できる可能性はある。
「それによく考えてみたら、原作からズレても溺愛される系の異世界ストーリーだって多いじゃん!」
大体原作を破壊して溺愛されちゃうのはモブか悪役令嬢だけど、彼女たちにできるんだったら、正ヒロインにだってできるでしょ。
私は虎の巻のノートを開く。
「溺愛開始までにエマから働きかけるイベントは…全部終わっちゃった」
残っているのは、クライマックスを飾る「エマが誘拐され、ヴィルフリート様が血相を変えて救出しに来るイベント」だ。
しかしこれは夜会で「エマがヴィルフリート様の大切な存在」だと知れ渡ったからこそ起こるのであって、今の状態で発生するとは思えない。原作とは乖離してしまっているのだから。
ノートの《イベント4:誘拐》のページには、大きく赤でバツをつけておく。
「ここからはイベント関係なく、私なりに働きかければいいよね。私ができること、ヴィルフリート様にしてあげたいこと…」
ひとつひとつ、ノートに書き出す。
《不眠はどうにかしてあげたい。自家製ハーブティーは失敗したので、市販のものを買ってくる》
《もし戦争に行くときには、刺繍不要のお守りを作る》
《ヴィルフリート様の好きなトマト料理をつくる》
「まずはハーブティーからやってみるか」と、ハーブティーに「1」という数字をうつ。
行動あるのみ。溺愛ルートを自分でこじ開けて見せる。
そうと決めたら、じっとしていられない。
「ゾフィーさん!今日は買い物に行きたいです!」
「あらあら奥様、お元気になられて…」
「はい!カウンティタウンの目抜き通りには、いろんなお店がありますよね?ハーブやお茶のお店もありますか?」
「ええ、それはもちろん」
「見に行きたいんです!」
◆
「エマ、おはよう。昨夜はすまなかった」
何度も鏡に向かってそう練習する。
しかし、すまなかったのは昨夜だけではない。今までずっと申し訳なかったのだから。
「実は君を暗殺者だと思っていた。幼いころから命を狙われ続けていたので、疑い深くなっていたのだ。愚かだった。純粋でか弱い君を暗殺者だと疑うなど、万死に値する」
そして彼女が「暗殺者ではありません」というときの態度を見極める。「嘘をついていない」と思えたら、彼女を抱きしめるのだ。きっとできる。
「そうだ。『愛さないと言ったことは撤回する』という話になるなら、なにか花を用意したほうがいいな」
庭師に妻の好きそうな花を花束にするよう言いつけ、メイドにリボンをかけてもらう。
「いや、花束は大袈裟だろうか…それとも足りないだろうか。今から宝石商を呼んで、エメラルドかグリーンサファイアを用意させるか…いや、彼女の瞳はもっと明るい…つまりペリドットだな」
しかし宝石でも足りないだろう。彼女が私に贈ってくれたのは、血の滲んだ努力の結晶だった。なのに金で買えるようなものしか贈ろうとしない自分に、嫌気が差す。
「呆れられるだろうか」
そうやっていつまでも悩んで、妻の部屋を訪ねる勇気がようやく湧いたのは、もう日が高くなってからだった。
けれど、妻は部屋にいなかった。
「出かけた…?」
「はい、ゾフィーさんと護衛のアレンと一緒に。カウンティタウンでお買い物をして、お茶の時間までには戻られるとおっしゃっていました」
「そうか」
正直、少し猶予ができたようでほっとした。
彼女がそのまま帰ってこないなど、思いもしなかったから――




