5 清楚すぎる公爵夫人の誘惑
いよいよ、結婚披露の夜会。
身に纏うのは、予定通りクリームイエローのハイネックドレス。首元までしっかり隠れ、裾が控えめに揺れる。
これぞエマ。「清楚すぎる公爵夫人」たるエマそのものである。
「さっきの失態を挽回しなきゃ」
むしろセクシーダイナマイトとのギャップで、一気に冷徹公爵ヴィルフリート様の心を溶かせるかもしれない。
「ピンチはチャンス!」
私は鏡の前ぐいぐいと口角を押し上げ、「完璧な淑女の微笑み」を顔に貼り付けて、広間へ向かった。
◆
私は広間で妻を待っている。
考えても仕方のない、あと数分で答えがわかる問題について悶々と考えながら。
「あの格好で来るのか…?」
布地よりも肌の露出の方が多い、破廉恥極まりないが忘れられないドレスで。
招待客の目前で私を誘惑し、私の理性を崩壊させ、評判を貶めるつもりなのだろう。
いや、それとも他の男を誘惑して私と対立させ、その男に私を襲わせる…?自分の手を汚さない、なんと狡猾な手口…!
「旦那様、お待たせいたしました。先ほどはお見苦しいところを…本当に申し訳ございません」
しおらしく頭を下げる、清楚な妻がそこにいた。
「…は?」
扇情的な深紅のドレスではない。隙間から覗く肌も、妖艶な化粧もない。
手と顔以外はほとんど隠され、化粧も素顔に少し紅を差した程度の軽さだ。
着替えて、化粧も変えたというのか。
なぜ。
「先ほどのドレスはちょっと着てみただけで…こちらのほうがやはり私らしくて落ち着きます」
いや、さっきのドレスでもよかったのに。着替えろとは言っていないのに。
そう考えている自分に気付いて、私は戦慄した。
まさかこれは扇情的な姿をほんの少しだけ見せ、すぐ「普通の姿」に戻すことによって、脳裏に焼き付いた残像をより鮮明に際立たせる作戦…!?
隠された肌を知っているからこそ、脳内で補えてしまう。
なんということだ。そしてその作戦にまんまとハマっている自分がおぞましい。
妻は顔を上げ、照れくさそうに髪を耳にかけ、伏し目がちになる。
清楚であればあるほど、裏側の淫らさが思い出される。
「精神汚染だ…汚染されている…!」
エマはふっと顔を上げた。緑の目が心配そうに私を覗き込む。
「旦那様、大丈夫ですか…?」
まだ傷が塞がっていない、彼女の細くて白い指が近づく。
香水など一切つけていない、純粋な女性の匂いが鼻につく。
間違いない。これは精神汚染だ。しかも徐々に強くなってくるタイプの。
一体いつから始まっていた?
応接室で初めて会ったときから、なのか?「リスのようで可愛い」と思ってしまったときから?
「旦那様、ご気分が悪いなら…」
「大丈夫だ」
私は反射的に彼女の手を払って、目を逸らす。
一瞬だけ彼女の泣き出しそうな顔が見えて、胸がジクリと痛んだ。
けれどこれ以上彼女と目を合わせるのは…彼女の姿を視界に収めるのは危険だ。
「お客様がお待ちだ。いくぞ」
「…はい」
◆
公爵邸の夜会は、原作で見たとおりにとても豪華だった。
ヴィルフリート様の幼馴染である第三王子や宰相の息子、騎士団の副団長なども参加している。
女性陣ももちろん華やかで、広間はまるで花園のよう。
そしてその花園で一番控えめな花が、主役でもあるエマ。つまり私。
「あれが公爵夫人?」
「清楚で美しいが、少し控えめすぎないか?」
ヴィルフリート様はその控えめな美しさを好ましく感じ、私が他の男性に「公爵夫人」「ぜひダンスを」なんて話しかけられると、気になって寄ってきて、私を男性から引き離すはずなんだけど…
かなり距離をとられてしまっている。なぜ。
そのせいで、さっきから宰相の息子ルーカス様に絡まれ続けている。「ヴィルフリートとは貴族学園時代のクラスメイトで」とか何とか。
ヴィルフリート様についての昔話はぜひ聞きたいところなんだけど、今はそれどころじゃない。
なんで引き離しに来てくれないのか気になって仕方がない。
ハーブティーをハーブクリームしてしまったことが尾を引いているのか。それともさきほどのドレスでセクシーポーズがやはりまずかったのか。
ヴィルフリート様が私を引き離しに来てくれてから、次のイベントが起こるはずなのに…
どうしよう、もし「悪役令嬢との遭遇イベント」が起こらなかったら…?




