3 癒しのハーブ園
「よし、順調順調…!次のミッションはこれね!」
《イベント2:家庭菜園。貧乏伯爵家の出身らしく庭の片隅でハーブを育て、仕事でお疲れの旦那様に自家製ハーブティーを淹れる。その献身ぶりに癒され、冷徹な彼の心が雪解け開始》
「このエピソードも好きだったなあ。原作のエマがハーブティーで彼の不眠症を治すんだよ。ふふふ、ヴィルフリート様の不眠が治って安らかな寝顔を拝めて、エマもヴィルフリート様に惹かれていくっていう…」
私はすでにヴィルフリート大好きなので、私の感情を進める必要はない。ただ彼の感情には、一歩進んでいただきたい。
幸い、公爵家の広大な庭の一部を、好きに使っていいという許可はすでにもらっている。
「私、ハーブを育ててみたいんです。旦那様がお疲れの時に、ハーブティーを淹れられたらと思って」
「奥様、なんて尊いお心がけでしょう!」
ゾフィーさんは涙ぐみながら、庭師からハーブの種や苗をいくつかもらってきてくれた。
だが、ここでまたしても問題が発生。
私はハーブや園芸の知識がゼロなだけでなく、植物を世話する才能も壊滅的だったのだ。
前世ではサボテンすら枯らした女である。原作のエマが植物に話しかけて病気を見抜くレベルだったのとは大違い。
「ええと、とりあえずお水はたっぷりあげればいいんだよね?あ、そうか。この『ハーブイキイキ!魔法並みにすごい肥料』も混ぜて…ええと、二十ルットリに蓋一杯分?二十ルットリってどのくらい?まあいいか、適当に入れちゃえ!!でも足りなかったら嫌だから、多めにね」
数日後。
「ちょ…待って。成長、早くない?」
私が植えた小さな種は、ハーブイキイキ肥料のせいか、良すぎる日当たりのせいか、わずか数日で私の腰の高さまで成長していた。
それだけなら歓迎すべきだけど、なぜか葉っぱはギザギザで毒々しい紫色を帯びていて、花は笑っている悪者の口みたいに開いていて、どう見ても可愛くはない。
原作のハーブも、こんな感じだったっけ?ハーブ園はエマの背景としてしか描かれていなかったから、よく覚えていない。
「まあ、異世界のハーブだもんね!色素が濃いほど栄養価も高いって言うし?うん、それに生命力が強いのはいいこと!」
そしてせっせとノートに途中経過を記入する。
《ハーブというよりは魔界の植物園になった。でも、きっと成分は濃いはず。これでヴィルフリート様の不眠も一発解決!》
◆
私は執務室の窓から、庭で忙しなく動き回る妻を観察している。
「セバスチャン。あれは何だ?」
「奥様が育てていらっしゃるハーブ園でございます。熱心にお世話をさせているようで」
背筋に冷たいものが走った。
ハーブ、だと…?あの色、あの成長速度、あれは毒草ではないのか?
あんなものを「ハーブ」と偽り、この屋敷の庭で堂々と栽培するとは。堂々とやれば却って疑われないだろうという、豪胆で高度な心理作戦に違いない。
実際にセバスチャンやゾフィーは、彼女を危険視していないようだ。
「お忙しい旦那様にハーブティーを淹れて差し上げたいとおっしゃって…!なんと健気な奥様でしょう!」
ぞっとする。毎日少しずつ毒を盛られて、弱らされるのでは…毒見役を強化せねばなるまい。
彼女の実家に探りを入れても怪しい動きは見られないとは言え、警戒するに越したことはない。
と、私ははっとした。
妻がノートを開いたのだ。そういえばあれを始終持ち歩き、何かしらメモしたり見返したりしている。
きっとあの得体の知れないぼろぼろのノートには、暗殺計画が記されているに違いない。
そっと机の引き出しを開け、「魔封じの効果がある」とされている箱を見る。中には「あのハンカチ」がある。
すぐ呪術師に鑑定させて、本当に呪いであれば適切に処理すればいいだけのこと。
「なのに、なぜ私はこれを捨てられないのだ」
理由はわかっている。妻の絆創膏だらけの指と、「確かに天仙花だな」と言ってやったときのキラキラした笑顔が、脳裏に焼き付いて離れないからだ。
信じているつもりも、ほだされているつもりもない。けれど…
「…少し様子を見てくる」
私は、妻が「ハーブ」と格闘している庭へと足を向けた。
「見てください、旦那様!ハーブがこんなに大きく育ったんですよ!」と、妻は私に満面の笑顔を向ける。
やっていることは暗殺計画の遂行なのに、なぜ堂々とこんな顔で笑えるのだろう。私は何か勘違いしているのだろうか。
ふと、地面に置かれたノートに気付く。あの、ボロボロのノート。
「これさえ読めば…」
そっと拾い上げようとしたとき、「だめ!」と腕を掴まれる。
「ごめんなさい、それは…乙女の秘密なので!」
妻は泥だらけの手でノートを大急ぎで奪い返し、慌てて立ち去った。
必死に隠すということは、やはりあれは、暗殺計画が記されたノートなのだろう。
だとしたら、こんなところで妻と関わっている場合ではないというのに…
どうしても、逃げていく彼女の後ろ姿から目が離せなかった。




