第6話:『侍の晩餐 ―日米首脳、魂のチェス―』
1. 違和感:老練な大統領の眼力
「……あの男、整形でもしたのか? それとも、薬でも変えたか?」
迎賓館へ向かう車中。アメリカ大統領、トランペットは、タブレットに映る石悪総理の近影を眺め、低く呟いた。
かつての石悪は、自分の顔色を伺うだけの「中身のない器」だった。しかし、今の映像に映る男は、まるで「古い鋼」のような静かな重みを放っている。
「大統領、日本の支持率は微増していますが、依然として低迷しています。無視して進めてよろしいかと」
側近の言葉に、トランプットは短く鼻で笑った。
「いや……。ビジネスでも政治でも、一番危険なのは『守るものを捨てた男』だ。今のあいつの目は、それだ」
2. 静寂の会談
晩餐会の会場。トランペットは、あえて石悪(平八郎)を試すように、予定より15分遅れて現れた。
これまでの石悪なら、真っ先に駆け寄り「お忙しい中、ありがとうございます!」と卑屈な笑顔を見せたはずだ。
だが、平八郎は席を立たなかった。
背筋を真っ直ぐに伸ばし、ただ静かにトランペ
ットを見据えている。
「ハロー、総理。ずいぶん偉くなったものだ。大統領を座って待たせるとは」
トランペットが挑発的な笑みを浮かべる。
平八郎は、ゆっくりと頷いた。
「……トランペット殿。貴公が、この国の民を重んじる客分として来たのであれば、私は立って迎えよう。だが、単なる『商売』のために来たのであれば、私はこの国の主として、ここに座り続ける」
通訳が凍りつく。
しかし、トランプットは怒らなかった。
むしろ、面白そうに目を細め、平八郎の対面にどっかりと腰を下ろした。
3. 「現実」と「理想」の激突
「商売? ああ、そうだ。私はビジネスマンだからな。君の国は、もっと我々の武器を買うべきだし、市場も開くべきだ。それが『現実』というものだよ。君の掲げる『救民』とやらは、金がなければできないだろう?」
トランプットの言葉は、冷徹で客観的だった。
対する平八郎は、目の前の水を一口含み、静かに答える。
「……金は、血のようなものだ。巡らねば死ぬ。だが、貴公が求めるのは、その血を抜き取り、自らの蔵に溜めることではないか? 私はかつて、蔵に米を溜め込み、民を餓死させる者たちをこの目で見てきた。……貴公は、彼らと同じ道を歩むつもりか?」
トランペットは、テーブルに身を乗り出した。
「面白い。だが、総理。この21世紀、理想だけで国は守れない。君がその『正義』を貫けば、君の国は孤立し、他国に食い荒らされるぞ。……君は、その覚悟があるのか?」
4. 握手の意味
平八郎は、まっすぐにトランプットの瞳を見返した。
「……孤立を恐れて、民の魂を売ることは、政治ではない。それは『奴隷』だ。私は、この国の民を奴隷にはさせぬ。貴公がもし、真に『強い国』を作りたいのなら、弱者を踏みつけるのではなく、共に歩む道を探すべきだ」
沈黙が流れる。
トランペットは、石悪(平八郎)の「演技ではない本気」を、その皮膚で感じ取っていた。
彼は、不敵に笑い、右手を差し出した。
「……いいだろう。君のその『狂気』に、免じて今日のところは引いてやる。だが、これは譲歩ではない。……君が、どこまでその『侍』を貫けるか、最前列で観戦させてもらうための投資だ」
トランプットは、立ち上がり、側近に言い放った。
「予定していた貿易交渉のプレスリリースは破棄しろ。……この男が、日本をどう『蔵破り』するのか、見届ける必要がある」
5. 支持率と、闇の胎動
大統領は、去り際に神田秘書官に囁いた。
「……あの石悪、中身をどこで入れ替えた? 最高にタフな、モンスターじゃないか」
神田は、ただ冷や汗を流して見送るしかなかった。
この日のニュースは、「日米首脳、対等の議論。アメリカが貿易要求を取り下げ」という、戦後最大の衝撃として報じられた。
支持率は一気に、20%の大台に乗る。
しかし、その夜。
森川長老は、薄暗い部屋でトランペットとの密談の内容を報告され、怒りに震えていた。
「……トランペットまで丸め込むとは。……石悪、お前はもう生かしておけん。国民に好かれるリーダーなど、我々には不要なのだよ」
大塩平八郎、ついに世界の理さえも揺るがし始める。
しかし、迫り来るのは、物理的な暗殺よりも恐ろしい「SNSによる人格破壊」だった。




