第11話 『天保の再来 ―総理、最後の大砲―』
1. 朝焼けの凱旋、消えゆく指先
伊豆の要塞が崩落し、森川幹事長が連行されていく中、平八郎は昇る朝日を静かに見つめていた。1000万人の視聴者が、スマホ越しにその背中を見守っている。
「……終わったのですね、総理」
神田が駆け寄る。しかし、彼女は見てしまった。朝日に透かされた平八郎(石悪)の指先が、一瞬、霧のように淡く消え、また戻るのを。
「……ぬう。どうやら、この肉体という『器』、無理をさせすぎたようだ。189年の時を超えて、少々、欲張りすぎたのかもしれぬな……」
平八郎はいつものように豪快に笑おうとしたが、その声はひどく掠れていた。
2. 官邸包囲網 — 法という名の毒薬
官邸に帰還した平八郎を待っていたのは、勝利の美酒ではなく、森川長老が仕掛けた「最後にして最悪の罠」だった。
森川は医師団を懐柔し、「石悪総理は精神に異常をきたしており、執務不能である」という診断書を捏造。自衛隊の一部と警察を動かし、官邸を「医療保護」という名目で物理的に封鎖したのだ。
「先生、もう無茶です! 森川たちは本気であなたを『無かったこと』にするつもりです!」
神田の悲鳴のような訴えに、平八郎は答えず、ただ執務室の窓から夜の街を眺めていた。
3. 神田秘書官の涙と、平八郎の静寂
執務室の灯りを消し、月光だけが差し込む部屋。
神田の目には、鏡の前に立つ石悪の背中が、相変わらずブヨブヨとして醜いものに見えていた。しかし、その影だけは、抜き身の刀のように鋭く、気高く揺れている。
「……逃げてください、先生。……死なないでください」
初めて口にした「先生」という呼び名。神田は膝をつき、顔を覆って泣き崩れた。
「最初はただのデブ総理だと思ってました。でも、あなたは……あなたは、189年も前から、ずっと一人で戦ってきたんですね。……もう、十分です。令和は、私たちがなんとかしますから!」
平八郎はゆっくりと振り返り、泣きじゃくる神田の頭に、そっと大きな、温かい手を置いた。
「……泣くな、神田殿。……私は、敗れたのではない。189年前、火の粉の中で見失った『民の力』を、今、お主という一人の民の中に、はっきりと見たのだから」
4. 令和の「蔵破り」開始
平八郎は、石悪のスマホを手に取り、最後のアカウントにログインした。
彼が目論むのは、武力による乱ではない。「国家予算と利権構造の全情報を、ブロックチェーンを通じて民に直接解放する」という、デジタル時代の極大反逆――真の蔵破りだった。
「神田殿。……これが、最後の大砲だ。お主が教えてくれたこの『魔法の箱』で、私は不義の蔵を、根底から粉砕する」
平八郎の瞳に、天保の夜と同じ「義」の炎が宿る。
しかし、その肉体は刻一刻と、冷たく、希薄になっていた。




