第99話 消えた白は死んでない
10階へ入るのは、7日目だった。
ここまでで拾えた言葉は、かなり増えた。
* 白い道は道じゃない
* 分かれ目に立つな
* 途切れた先が口だ
* 輪の中に立つな
* 輪の外で動け
* 欠けた所に寄るな
* 形の外で繋げ
* 残る白は減る
* 広い白は残らない
* 残る白は 1人分
* 見えた白は渡せ
* 先の白は折れる
かなり見えてきた。
かなり通ってきた。
でも、昨日最後に見えた“白が消えたように見える薄い場所”だけは、まだ言葉になっていなかった。
白でもない。
黒でもない。
薄い灰。
ただの死んだ道に見える。
でも、完全な黒じゃなかった。
結人は朝、ノートの余白へ短く書いた。
* 灰はまだ残りだ
書いてから、少しだけ目を細める。
かなり近い。
かなり、今日見るべき形に近い。
⸻
配信を始める。
終路深界圏 / 10階 灰はまだ残りだ
「天城結人です。
今日は 10階で、白が消えたように見える薄い場所を見ます。
入口の言葉はかなり残ってきたので、その先を拾います」
同接は 79。
コメント欄が流れる。
炭酸:きた
通り雨:今日は灰の所か
澪:お願いします
迷子の斥候:あそこかなり怖い
凪:黒じゃないなら、まだ終わってない
結人は、その最後の 1行に小さく頷いた。
「はい。今日はそこです」
⸻
政府ギルド前の売店で、水を 2本、回復薬を 2本、塩飴を 1袋、ゼリーを 2本。
それから今日は、スポーツドリンクを 1本。
新しいバックパックは、もうかなり身体に馴染んでいた。
上位回復薬は上。
通常回復薬とゼリーは前。
飲み物は左右。
目薬はすぐ触れる位置。
10階みたいな階では、それがかなり大きい。
止まって探す時間が、そのまま死角になるからだ。
会計を待っていると、後ろにいた探索者が連れに言っていた。
「10階、白が 1人分しか残らないのも嫌だけど、灰になってる所が一番怖いよな」
かなり、その通りだった。
相良環の窓口へ向かう。
「今日は、灰ですね」
「はい」
相良は端末を見ながら言った。
「今朝の報告でもあります。
『黒は避けた。
白も拾った。
でも、灰を死んだ道だと思って切ったら、その先で詰んだ』
この形です」
結人は小さく息を吐いた。
やはりそうだ。
10階は、残る白を読む階だ。
なら、白が薄くなっただけのものを“死んだ”と決めつけるのは危ない。
「ありがとうございます」
相良は小さく頷いた。
「10階、正解が消えたように見えても、本当に消えているとは限らないですね」
かなり、その通りだった。
⸻
入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透。
その後ろに、今日は探索者が 6人。
坂城が短く言う。
「今日は灰だな」
「はい」
真壁が続ける。
「白の次か」
三枝も小さく言う。
「白が減る。
広い白は残らない。
残る白は 1人分。
そこまでは見えました。
次は、その白が薄くなったあとですね」
かなり良い。
かなり話が早い。
結人は頷いた。
「昨日の最後に見えた灰は、完全な黒じゃありませんでした。
今日はそこを見ます」
坂城が即答する。
「死んだと決めるな、か」
真壁も頷く。
「完全に切るには早い」
三枝が前を見たまま言った。
「消えたように見えるだけの可能性があります」
かなり、その通りだった。
⸻
10階へ入る。
白い空間。
黒い線。
遠さの狂った広さ。
入口の言葉は、もうかなり速い。
太い線。
縁を見る。
線蛇が裂ける。
分かれ目。
立たない。
岐路蜘蛛が浮く。
終端。
見る。
終端蟷が開く。
輪。
入らない。
環路羊が首を上げる。
帯。
継ぎ目を見る。
渡輪鹿が裂ける。
欠けた輪。
寄らない。
欠輪鹿が飛ぶ。
白い余白。
広い方を捨てる。
細い白を 1人分ずつ渡す。
白削鼬が走る。
奪白猿が飛ぶ。
折路鷺が先の白を折る。
そこまでは、かなり場に残っていた。
⸻
少し奥へ進む。
白い柱の残骸がさらに増え、黒い形の外に残る余白も細くなってくる。
その先で、昨日最後に見た場所が現れた。
灰だ。
白が消えたように見える。
でも、完全な黒じゃない。
薄い。
曇ったような灰色が、細い帯みたいに 2本ほど残っている。
かなり嫌だ。
真壁が低く言う。
「……道に見えないな」
坂城も短く続ける。
「でも、切るには早い」
三枝は灰の縁を見ていた。
「黒じゃないです。
完全に死んだ感じもしません」
かなり、その通りだった。
結人はそこで足を止めた。
「ここ、見ます。
まだ切りません」
⸻
最初は、ただの死んだ白に見えた。
だが、しばらく見ていると違和感がある。
灰の帯の下で、ほんの少しだけ何かが動いている。
呼吸みたいに。
波みたいに。
ごく薄く、下から揺れる。
次の瞬間、その灰の下から細長いものが滑った。
虫に見えた。
だが、かなり長い。
体は平たい。
節が多い。
背中は薄い灰色で、白い粉を被ったみたいに曇っている。
腹の下だけが、わずかに白い。
灰残蟲。
10階の灰色になった道の下を這い、“まだ残っている白”を曇らせて見えなくする下位種。
こいつは白を完全に消すわけじゃない。
ただ、上に薄い灰をかぶせて“もう終わった道”に見せる。
実用的に言えば、
10階では、灰はまだ残りだ。
灰残蟲が上を這いているだけなら、その下に細い白がまだ残っている。
灰の揺れを見る。
それが、今日の 10階のかなり大きい答えだった。
「下、います!」
結人が叫ぶ。
その瞬間、灰残蟲が灰の下を走る。
走ったあと、ほんの一瞬だけ、さっきまで灰だった場所が細く白く戻った。
かなり大きい。
かなり、見えた。
「……白、残ってる」
三枝が小さく言う。
真壁も低く続けた。
「死んでなかったか」
坂城はその白い瞬間だけを見ていた。
「通れるな」
かなり、その通りだった。
⸻
結人は配信へ向けて短く言う。
「10階、灰は死んだ道じゃないかもしれません。
灰残蟲っていう虫が下を這って、残ってる白を曇らせてるだけの形があります」
コメント欄が一気に流れる。
炭酸:なるほど
通り雨:そういうことか
澪:かなり大きいです
迷子の斥候:灰は切るなってことか
凪:灰はまだ残りだ
かなりいい。
短い。
強い。
そして、今日の違和感をそのまま言っていた。
結人はその言葉を胸の中で転がした。
灰はまだ残りだ。
かなり、その通りだった。
⸻
そこで終わらなかった。
灰残蟲は 1匹じゃない。
少し先の灰の帯にも、別の揺れがある。
しかも、揺れ方が違う。
1つはまっすぐ。
もう 1つは左右へ細かい。
つまり、下の白の残り方も違う可能性がある。
かなり嫌だ。
でもかなり大きい。
結人はそこで目を細める。
まっすぐ這う灰の下では、白が一瞬だけまっすぐ戻る。
左右へ揺れる方は、白の戻り方もぶれる。
つまり、同じ灰でも通りやすさが違う。
「左の灰、ぶれます。
右の灰、まっすぐです」
真壁が頷く。
「右だな」
三枝もすぐに続ける。
「はい。
戻る白の形が安定してます」
かなりいい。
次の瞬間、右の灰の下を灰残蟲が走る。
その通ったあと、灰の帯が細く白に戻る。
結人はそこへ 1歩置いた。
踏める。
かなり危ない。
でも、確かに踏める。
そのまま 2歩。
3歩。
白はまた灰へ戻る。
だが、完全には消えていない。
後ろへ振り返らず、結人は言う。
「今です。
まっすぐ戻った所だけ使います」
真壁がその声で入る。
坂城。
三枝。
探索者たち。
かなりいい。
灰は死んだ道じゃない。
でも、常に白じゃない。
戻る瞬間だけが使える。
かなり、10階らしい嫌さだった。
⸻
そこから先、進み方がまた少し変わった。
今までは白を拾っていた。
ここからは、灰の下に戻る白を拾う。
差はかなり大きい。
次に出た灰の帯は、途中で 2つに分かれていた。
右の灰は濃い。
左は薄い。
結人は少しだけ迷わず、左を見る。
濃い方は死んだ道に見える。
だが、10階で“分かりやすく怪しいもの”は、もう逆に読みやすい。
嫌なのは、中途半端な方だ。
左の薄い灰の下で、灰残蟲が細かく揺れる。
その動きのあと、白がわずかに戻る。
かなり細い。
でも、まだ残る。
「左、細いです」
結人が言う。
真壁が低く返す。
「行けるか」
「1人分です。
でも残ります」
かなり、その通りだった。
灰になったあとでも、最後に残るのはやはり 1人分の白だ。
10階は、そこだけは崩さない。
⸻
灰の帯を抜けた先で、結人は配信へ向けて短く整理した。
「10階、灰は完全に死んだ道じゃありません。
虫が曇らせてるだけなら、その下にまだ白が残ってます。
でも、戻る白はかなり細いです。
今までの 1人分の白の延長で見た方がいいです」
コメント欄が流れる。
炭酸:かなり大きい
通り雨:白の次が灰か
澪:入口の先としてかなり綺麗です
迷子の斥候:灰の下にも1人分の白か
凪:白を拾えなくなった時、灰の下の残りを拾う
かなり、その通りだった。
⸻
そこで終わらなかった。
少し奥へ進んだ先で、白い柱の影に、かなり大きな灰の面があった。
帯じゃない。
面だ。
白が消えたように見える面が、床 1枚ぶんほど広がっている。
だがその中心だけ、ほんの少しだけ薄い。
かなり悪い。
広い灰。
中心の薄さ。
ここまで見てきた 10階の嫌さが、全部混ざっている。
結人はそこで足を止めた。
「……今日はここまでです」
真壁がすぐに頷く。
「十分だ」
坂城も剣を収める。
「次だな」
三枝が静かに言う。
「はい。
灰の帯は見えました。
次は灰の面です」
かなり、その通りだった。
今日は、灰が死んだ道じゃないと分かった。
それだけで十分大きい。
⸻
結人は配信へ向けて短く整理する。
「今日はここまでにします。
10階は、危ない形を避けたあとに残る白だけじゃなく、灰になった残りもあります。
今のところ、“灰はまだ残りだ”でかなり通ります」
コメント欄が流れる。
炭酸:かなり見えた
通り雨:10階ほんと深いな
澪:かなり大きいです
迷子の斥候:灰の面こわい
凪:次は、灰の中で残る白がどこに寄るかだ
結人は、その最後の 1行で少しだけ目を細めた。
かなり、その通りかもしれない。
次はたぶん、灰の下に残る白がどこへ寄るか。
そこが問題になる。
⸻
政府ギルドへ戻ると、相良環はすぐにメモを開いた。
「どうでしたか」
結人は答える。
「灰は完全に死んだ道じゃありません。
下に虫が這って白を曇らせているだけの形があります。
その場合、下にまだ細い白が残っています」
相良の指が止まる。
「……かなり大きいですね」
「はい。
今のところ、“灰はまだ残りだ”でかなり通ります。
ただ、その先に灰の面みたいな大きい形がありました。
そこはまだ踏んでません」
相良はすぐに打ち込む。
「かなり綺麗です」
その一言が、かなり嬉しかった。
「10階、白が消えたように見えても、すぐ切るのは危ないです」
相良は小さく頷く。
「終路深界圏らしいです。
“残るものを読む”から、“消えたように見える残りまで拾う”段階に入りましたね」
かなり、その通りだった。
⸻
部屋へ戻り、ノートを開く。
* 10階
* 入口の 4本はかなり通る
* 輪の外を繋ぐ帯
* 欠けた輪
* 形の外の白い余白
* 灰の帯
* 灰の面
* 4本
* 白い道は道じゃない
* 分かれ目に立つな
* 途切れた先が口だ
* 輪の中に立つな
* 次の言葉
* 輪の外で動け
* 欠けた所に寄るな
* 形の外で繋げ
* 残る白は減る
* 広い白は残らない
* 残る白は 1人分
* 見えた白は渡せ
* 先の白は折れる
* 灰はまだ残りだ
* 灰残蟲
* 残ってる白を曇らせる
* 灰の揺れを見る
* 戻る白だけ使う
最後に、1行だけ足した。
* 10階は、“消えたように見える正解”まで捨てると詰む階
書き終えてから、結人はペンを置いた。
かなり嫌だ。
でも、かなり進んでいる。
危ない形を避ける。
白を繋ぐ。
白が減る。
広い白が消える。
細い白が 1人分残る。
見えた白を渡す。
その先の白は折れる。
そして、灰の下にも残りがある。
ここまで見えたなら、10階はかなり深い所まで形になり始めている。
今日は、そのことがかなりはっきりした日だった。




