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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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98/113

第98話 止まらず渡せ

新しいバックパックは、背負った瞬間に分かった。


前のものより少しだけ大きい。

でも、邪魔じゃない。

厚みが増えすぎない。

背中に沿う。

肩が引かれない。


何より、必要な物の位置が頭に入る。


上の小ポケットに目薬と上位回復薬。

前面に通常回復薬とゼリー。

左右に飲み物。

内側には食料を分けて入れた。

ナッツ、しっとりしたパン、肉系のスティック、塩気のあるクラッカー。


前より持てる量が増えた。

でも、それ以上に大きいのは、止まらず取り出せることだった。


10階では、それがかなり大きい。



政府ギルドの入口で、真壁が新しいバックパックを見た。


「変えたな」


「はい」


結人が肩を少しだけ直すと、真壁は頷いた。


「前よりいいな。

でかすぎない」


坂城も短く言う。


「動けそうだ」


三枝はポケットの位置を見ていた。


「取り出しが速そうです」


かなり、その通りだった。


結人は小さく笑う。


「10階だと、止まって探すのが一番嫌なので」


相良環も窓口の向こうで一度だけそのバッグを見てから言った。


「良い更新ですね」


「はい。

前より、補給を前提で組めます」


「上位回復薬も買われましたね」


「2本だけですけど」


相良は小さく頷いた。


「10階なら十分意味があります。

あそこは、傷を負ったあとより、崩れる前に立て直せるかが大きいので」


かなり、その通りだった。



配信を始める。


終路深界圏 / 10階 続き


同接は 78。


「天城結人です。

今日は 10階の続きです。

入口の言葉を崩さず、少し奥まで見ます。

あと、補給とバッグを少し更新しました」


コメント欄が流れる。


炭酸:新バッグだ


通り雨:いい感じ


澪:お願いします


迷子の斥候:10階に補給更新はかなり大きい


凪:止まれない階ほど、背中の中身が効く


結人はその 1行に小さく頷いた。


「はい。

今日はそこも見ます」



10階へ入る。


白い空間。

黒い線。

遠さの狂った広さ。


ここまでの言葉は、もうかなり残っている。


白い道は道じゃない。

分かれ目に立つな。

途切れた先が口だ。

輪の中に立つな。

輪の外で動け。

欠けた所に寄るな。

形の外で繋げ。

残る白は減る。

広い白は残らない。

残る白は 1人分。

見えた白は渡せ。

先の白は折れる。


入口は速かった。


線蛇が裂ける。

岐路蜘蛛が浮く。

終端蟷が開く。

環路羊は輪の中で待つだけになる。

帯の継ぎ目で渡輪鹿が裂ける。

欠輪鹿も、口へ寄らなければ飛び込み先を失う。


かなりいい。


言葉が残ると、階の嫌さは消えない。

でも、嫌さの輪郭が細くなる。


それだけで進み方が変わる。



少し奥へ進んだところで、白い余白がかなり細くなった。


足 1つ分。

しかも途中で左へ折れて、その先でまた右へ戻る。


結人が先に入る。


「左、次は右です」


真壁がその声で白へ入る。

坂城。

三枝。

その後ろに、今日は探索者が 4人ついていた。


かなり危なかったが、通る。


だがその直後、最後尾の探索者の 1人が小さく息を呑んだ。


白削鼬が走る。

その尾がふくらはぎを掠めた。


浅い。

でも、かなり嫌な位置だった。


「っ……!」


足が止まりかける。


10階で止まるのはかなり悪い。


結人は振り返るより先に、新しいバックパックの上ポケットへ手を入れた。

迷わない。

探さない。


上位回復薬を掴む。

そのまま後ろへ投げる。


「受けて!」


真壁が片手で受ける。

すぐ後ろへ渡す。

三枝が傷を見て、短く言う。


「浅いです。

今使って前へ戻します」


かなり速い。


前のバッグなら、ここで止まっていた。

チャックを探して、取り出して、確認して、その間に白が削れていたかもしれない。


でも今は違う。


結人は前を見たまま言う。


「そのまま使ってください!

止まらないで!」


後ろで短い音。

栓が抜ける。

液体が流れる。

探索者の呼吸が少しだけ戻る。


かなりいい。


かなり、大きい。


補給が“荷物”じゃない。

流れの中で使える物になっている。


坂城が低く言う。


「速いな」


結人も短く返した。


「前より、取り出しやすいです」


その一言だけで充分だった。



細い白を渡り切ったあと、結人は配信へ向けて短く言う。


「10階、止まらない補給がかなり大事です。

白の上で探す時間がないので、前より速く出せるのはかなり大きいです」


コメント欄が流れる。


炭酸:でかい


通り雨:新バッグ効いてる


澪:かなり大きい更新ですね


迷子の斥候:上位回復薬もいい


凪:止まれない階ほど、準備の順番が戦いになる


かなり、その通りだった。



さらに少し奥へ進む。


今度は白い余白が 2本に分かれ、その先で 1本に戻る。

右は少し広い。

左は細い。


結人はすぐに左を見る。

広い白は残らない。

それはもうかなり残っている。


「左で繋ぎます」


真壁が頷く。

坂城も迷わない。

その後ろの探索者たちも、もう広い方をあまり見なくなっていた。


かなりいい。


だが、その左の細い白の途中で、今度は折路鷺が 2体、先の白を同時に折った。


右へ戻るはずの白が、左内側へ畳まれる。

さらにその先も、少しだけ折れる。


かなり悪い。


だが結人はそこで止まらなかった。


「左内、次も左内です!」


その声で真壁が動く。

坂城が続く。

三枝がすぐに後ろへ渡す。


探索者の 1人が少しだけ迷いかける。

その瞬間、結人はまた前面ポケットへ手を入れ、小型ゼリーを後ろへ放った。


「飲みながらでいいです!

止まらないで!」


三枝が受けて、そのまま探索者へ渡す。


「噛まなくていいです。

そのまま行ってください」


かなりいい。


肉体の回復だけじゃない。

判断が削れ始めた時に、すぐに口へ入れられる物がある。

それも 10階ではかなり大きい。


前なら、こういう場面でゼリーを持っていても、奥の方へ押し込まれていた。

今は違う。


必要な物が、必要な順番で手にある。


かなり大きい変化だった。



少し奥で、白い柱が 3本並ぶ場所に出た。


その間を、細い白が 1本だけ通っている。

しかもその白の外側には、輪の欠けた口と帯の継ぎ目が重なっている。


かなり悪い。


形を避けるだけでも大変なのに、その上で残る白が 1本しかない。


結人はそこで、ほんの少しだけ息を整えた。


だが今は、前より準備がある。


背中に入っているもの。

上位回復薬。

食料。

目薬。

布。

それが、“足りるかどうか分からない物”じゃなく、

ここへ来るためにちゃんと詰めた物になっている。


かなり違う。


かなり、心が軽い。


「ここ、1本だけです」


結人が言う。


「真壁さん、俺のあと。

坂城さん、そのあと。

三枝さん、後ろを渡してください」


真壁が短く返す。


「了解」


坂城も続ける。


「切る場所だけ見る」


三枝が小さく言う。


「後ろは白だけ見て進ませます」


かなりいい。


今までは、自分たち 4人だけで進んでいた。

でも今日は違う。


自分が見た白を、後ろへ渡す。

それが実際の形になっている。



結人が細い白へ入る。


かなり細い。

足 1つ分。

しかも途中でわずかに沈むように見える。


白削鼬の痕だ。

つまり、ここも長くは残らない。


「そのままです。

止まらないで」


後ろへ声を飛ばす。


真壁が続く。

その後ろに坂城。

三枝。

探索者たち。


途中、最後尾の探索者の 1人が、背中の荷物が揺れてほんの少しだけバランスを崩した。

だが、その瞬間に真壁が振り返らず言う。


「そのまま前へ」


短い。

でも、それで十分だった。


結人はそこで少しだけ思う。


前なら、こういう時に止まっていた。

声をかける余裕もなかった。

でも今は違う。


言葉がある。

順番がある。

準備もある。


だから、全員の動きが少しずつ揃ってきている。


かなり大きい。



白を抜けた先で、結人は配信へ向けて短く言う。


「10階は、形の嫌さだけじゃなく、止まれないことも大きいです。

今みたいに補給や回復を止まらず渡せるとかなり違います」


コメント欄が流れる。


炭酸:でかい


通り雨:装備更新ちゃんと効いてるな


澪:かなり良い変化です


迷子の斥候:補給の順番まで攻略に入ってる


凪:持てる量が増えると、渡せる時間も増える


かなり、その通りだった。



そこからさらに少しだけ奥へ進む。


今度は、白い余白が途中で細くなり、その先で 1度だけ完全に見えなくなった。


黒い形があるわけじゃない。

ただ、白が消えている。


かなり嫌だ。


結人はそこで足を止めた。


「……ここ、見ます」


三枝もすぐに目を細める。


「消えてますね」


真壁が低く言う。


「でも、真っ黒じゃない」


坂城も短く続けた。


「薄い」


かなり、その通りだった。


白が消えたように見える場所に、ほんの少しだけ灰色が残っている。

完全な黒じゃない。

白でもない。

中途半端な、消えかけの色。


かなり嫌だ。

でもかなり、この先に必要なものの気配がある。


結人はそこをしばらく見てから、今日は踏み込まないと決めた。


まだ早い。


ここは次だ。



結人は配信へ向けて短く整理する。


「今日はここまでにします。

10階は、形を避けて残る白を繋ぐだけじゃなく、止まらない補給や受け渡しもかなり大事です。

新しいバッグにして、前よりかなりやりやすくなりました」


コメント欄が流れる。


炭酸:かなり見えた


通り雨:装備更新大事だな


澪:とても良い回でした


迷子の斥候:次の灰色っぽい所が怖い


凪:白が消えたように見える所に、次の答えがある


結人は、その最後の 1行で少しだけ目を細めた。


かなり、その通りかもしれない。



政府ギルドへ戻ると、相良環はすぐにメモを開いた。


「どうでしたか」


結人は答える。


「10階、止まれない補給がかなり大きいです。

新しいバッグで上位回復薬やゼリーを前より速く出せるようになって、白の上で止まらず渡せました」


相良の指が止まる。


「……かなり良い更新ですね」


「はい。

あとは、白が消えたように見える薄い場所がありました。

まだ踏んでいませんけど、次の段階だと思います」


相良はすぐに打ち込む。


「かなり綺麗です」


その一言が、かなり嬉しかった。


「10階、装備が整うとかなり違います。

持てる量が増えた分、止まらないで済む場面が増えました」


相良は小さく頷く。


「それは大きいです。

この圏域、準備の質がそのまま生存率に繋がりますから」


かなり、その通りだった。



部屋へ戻り、ノートを開く。


* バックパック更新反映

* 上位回復薬をすぐ出せる

* ゼリーを止まらず渡せる

* 取り出し順が整っている

* 10階

* 止まれない補給がかなり大事

* 見えた白は渡せ

* 先の白は折れる

* その先に、白が消えたように見える薄い場所

* 変わったこと

* 補給が“荷物”じゃなく“流れ”になった

* 準備の質がそのまま攻略に入る


最後に、1行だけ足した。


* 強くなると、持てる物だけじゃなく渡せる物も増える


書いてから、結人はペンを置いた。


かなり静かな夜だった。

でも、かなり大きい夜でもあった。


数字だけじゃない。

言葉だけでもない。

装備と補給が、今の階に追いつき始めている。


それが分かるだけで、次へ行く怖さが少し減る。


今日は、そういう日だった。

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