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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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75/113

第75話 屋根の下で待つな

9階は、青を信じると遅れる。


その1本が立っただけで、大通りの最初の交差点まではかなり見やすくなった。


信号に合わせない。

脚を見る。

踏み込みを待つ。


それだけで、青灯鹿の理屈はだいぶ剥がれる。


でも、9階がそれだけで終わるとは思っていなかった。


ここは街だ。

しかも、“人が当たり前に従ってきたもの”を裏返す階だ。


なら次に来るのは、たぶん待ち方だ。


結人はそう思いながら、今日の配信を始めた。


遅刻廃都圏 / 9階 更新2日目


同接は44。


少しずつ増えている。

しかも最近は、コメントの反応が早い。

見てから考えるんじゃなく、一緒に考えながら見ている感じがある。


「天城結人です。

今日は9階の大通りの先を見ます。

今ある言葉は1本。

“青は進めじゃない”

その先を見ます」


コメント欄が流れる。


炭酸:9階続き


通り雨:街の先だ


澪:お願いします


迷子の斥候:次は何が逆になるんだろう


凪:進む合図を疑えたなら、次は待つ場所を疑う


結人はその1行を見て、少しだけ目を細めた。


やっぱり、そこか。



交差点を抜けて少し進むと、道路の形が変わった。


片側3車線ほどの大通りが、ゆるく円を描くように広がっている。

中央にはロータリー。

その周囲に、いくつもの停留所跡が並んでいた。


バス停だ。


低いベンチ。

透明だったはずの板はもう割れ、金属の骨組みだけが残った屋根がいくつも並んでいる。

時刻表のケースは黒く汚れ、中身は空。

案内の矢印だけが、まだかろうじて見える。


待つ場所だったのだと、すぐに分かった。


人が立ち止まり、次を待つ場所。

遅れてくるものに合わせる場所。


かなり、9階らしかった。


「嫌な場所ですね」


三枝が静かに言う。


「かなり嫌です」


結人も同意した。


青灯鹿の交差点を越えたあとで、今度は停留所。

進む合図を疑った次に、待つ場所が出てくる。


この階、分かってて並べているみたいだった。



最初の停留所の屋根の下に、何かがぶら下がっていた。


結人はすぐに足を止める。


虫に見えた。


だが、近づくとかなり大きい。

人の上半身ほどはある。


細長い胴。

節の多い脚。

背中は時刻表ケースみたいな半透明の板で覆われていて、その内側に黒い筋が何本も走っている。

腹の先端は鋭く、細い針になっていた。

顔の位置には複眼ではなく、小さな数字板みたいな光点がいくつも並んでいる。


停留蜂。


バス停や待合屋根の裏に張りつき、“止まる人間の真上”を取る9階の待ち伏せ型下位種。

こいつは歩いている相手には飛びかからない。

人が“安全そうな屋根の下”で足を止めた瞬間、上から針を落としてくる。


実用的に言えば、

9階では、屋根の下で待つな。

停留蜂は立ち止まった瞬間の真上に落ちる。

止まる場所そのものが罠になる。


それが、9階の2本目になりそうだった。


「屋根の下、入らないでください!」


結人がすぐに言う。


真壁が反射で止まる。

その一拍後、停留所の屋根裏から黒い影が落ちた。


速い。


屋根の真下、ちょうど人が立ちそうな位置へ一直線だ。


真壁が半歩だけ外へ逃がし、盾を上へ跳ね上げる。

金属音。

停留蜂の針が盾に刺さる。


長い。

かなり深い。


もし直撃していたら、肩ごと持っていかれていたかもしれない。


坂城が横から斬る。

脚が2本飛ぶ。

結人の槍が腹へ刺さる。

黒い液が、ベンチの残骸に垂れた。


その死骸が落ちた直後、さらに隣の停留所屋根からもう1匹。


やはりそうだ。


待つ場所ごとにいる。



「9階、屋根の下は待機位置じゃないです!」


結人は配信へ向けて言う。


「止まるなら、屋根の真下を避けます!」


コメント欄が流れる。


炭酸:うわ最悪


通り雨:バス停そのものが罠か


澪:待合の機能が逆転してますね


迷子の斥候:待つ場所が危ないの嫌すぎる


凪:待てと言われる場所ほど、この街では遅い


かなりいい。


待てと言われる場所ほど、この街では遅い。


結人はその感覚を胸の中で転がす。


9階は、本当に“正しさ”を裏返す階なんだと思う。


進んでいい。

待っていい。

止まっていい。


そう思える場所全部が、怪しい。



停留所の並ぶロータリーは見通しがいい。

でも、だから安心というわけじゃなかった。


屋根。

ベンチ。

案内板。

時刻表ケース。


どれも人にとっては“ここに立てばいい”という目印だ。

だから敵も、そこを狙う。


結人は停留所の外側、道路寄りのラインを選んだ。

屋根の下には入らない。

ベンチの前にも立たない。

止まるなら、何もない場所で止まる。


かなり奇妙だった。


街では普通、何もない場所で立ち止まる方が危ない。

でも9階では逆だ。


「こっちですね」


三枝がロータリーの外周を見て言う。


「停留所を使わない方が通りやすい」


「はい。

待合を捨てた方がいいです」


真壁が苦く笑う。


「待つ場所が待てない場所か」


「そうです」


かなり嫌な言い方だった。

でも、かなり正確でもあった。



ロータリーの中央付近で、青灯鹿が1体、道路の向こうに現れた。


角の先に赤、黄、青。

巨体。

道路の真ん中。


その奥には停留所が3つ並んでいる。


かなり分かりやすい。


青灯鹿で動かせて、停留所で待たせて、停留蜂で刺す。

9階はそういう連携をしてくる。


「青見ても出ません!

屋根の下も入りません!」


結人が叫ぶ。


青灯鹿の角が順に点く。

赤。

黄。

青。


誰も動かない。


すると青灯鹿が痺れを切らしたように踏み込み、その瞬間、停留所屋根の裏で黒い影が一斉に揺れた。


やはりいた。


停留蜂が3匹。


「坂城さん、鹿の脚!

真壁さん、上見ます!

三枝さん、右の屋根!」


一気に指示が飛ぶ。


坂城が青灯鹿の前脚へ入る。

真壁が落ちてきた蜂を盾で受ける。

三枝の声で、右の停留所の屋根裏にいた影の位置が通る。


結人は真ん中の蜂へ槍を突き上げた。

針が顔の横を掠める。

冷たい感触。

紙一重だった。


でも、抜けた。


槍先が腹を貫き、停留蜂が落ちる。

そのまま結人は踏み込み、青灯鹿の喉元へ二撃目を入れた。


巨体がぐらつく。


真壁の盾が蜂を弾き、坂城の剣が脚を落とす。

最後は道路の真ん中で、青灯鹿がゆっくり膝を折った。


信号の青が遅れて消える。


その後に、停留所屋根から落ちた停留蜂の脚が、ぱらぱらとアスファルトを叩いた。


静かだった。


かなり嫌な静けさだった。



結人は大きく息を吐き、配信へ向けて言う。


「9階の2本目、たぶんこれです。

“屋根の下で待つな”」


コメント欄がすぐに反応した。


炭酸:いい


通り雨:わかりやすい


澪:綺麗につながりますね


迷子の斥候:青は進めじゃない、屋根の下で待つな


凪:進む合図と待つ場所、その両方が敵になる


そのまとめ方も、かなりよかった。


進む合図。

待つ場所。

どっちも敵。


9階は、都市の“正しい使い方”そのものを逆転させる階なんだ。



今日はロータリーの半周までで引いた。


無理をすればもう少し先へ行ける。

でも、9階は雑に進むと理屈が崩れる。


街は広い。

だからこそ、言葉を雑にすると全部がぼやける。


帰り際、結人は停留所の残骸を見上げた。


屋根。

案内板。

ベンチ。

時刻表。


本来なら、人を落ち着かせるための場所。

ここでは逆に、人を止めて刺す場所。


かなり9階らしかった。



政府ギルドへ戻ると、相良環は端末に向かったまま言った。


「どうでしたか」


「停留所が出ました。

屋根の下に蜂型が張りついてて、止まった位置へ落ちてきます」


相良が顔を上げる。


「待機位置そのものが罠になる」


「はい。

青灯鹿と組み合わせるとかなり嫌です。

青で動かせて、停留所で止めて、上から刺してきます」


相良はすぐに打ち込む。


「……綺麗に悪いですね」


結人は少しだけ笑った。


「かなり悪いです」


「2本目は?」


「“屋根の下で待つな”です」


相良はその一文を入力したあと、少しだけ考えるように言った。


「9階は、“街のルール”がそのまま逆転している感じですね」


「そう思います」


「だから、日常の感覚ほど危ない」


その一言が、かなりしっくりきた。


日常の感覚ほど危ない。


そういう階だ。



部屋へ戻り、ノートを開く。


* 9階

* 地上の街

* 大通り

* ロータリー

* 停留所

* 青灯鹿

* 青は進めじゃない

* 停留蜂

* 屋根の下で待つな

* 止まる位置の真上を取る


最後に、1行だけ足した。


* 9階は、“普段なら正しいこと”をすると遅れる階


書き終えてから、結人はしばらくその文を見ていた。


普段なら正しいこと。

信号に従う。

屋根の下で待つ。


それがここでは、死ぬ側の選択になる。


だからこそ、ここを抜けた先にいるものは、きっともっと厄介だ。

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