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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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76/113

第76話 空いた場所へ入るな

9階へ入るのは、3日目だった。


ここまでで立った言葉は2本。


青は進めじゃない。

屋根の下で待つな。


かなり強い。

かなり、街の階らしい。


でも、結人の中ではまだ足りなかった。


9階は、信号と停留所だけで終わる階じゃない。

街という形そのものが敵になるなら、もっと“人が当たり前に安心する場所”を裏返してくるはずだった。


配信を始める。


遅刻廃都圏 / 9階 更新3日目


同接は46。


じわじわ増えている。

それ以上に、コメントの反応が最近かなり早い。

視聴側も、この階で何が裏返るかを一緒に探し始めている。


「天城結人です。

今日はロータリーの先を見ます。

今ある言葉は2本。

“青は進めじゃない”

“屋根の下で待つな”

その先を見ます」


コメント欄が流れる。


炭酸:9階続き


通り雨:3本目だな


澪:お願いします


迷子の斥候:次は何が危なくなるんだろう


凪:次は、空いた場所を疑え


空いた場所。


結人はその一言を頭の隅へ置いた。


たぶん、要る。



大通りの交差点。

ロータリー。

停留所。


そこまでは、もうかなり見える。


青灯鹿が立つ。

だが青で動かない。

脚を見る。

踏み込みを見る。


停留蜂が屋根裏に張りつく。

だが、もう真下では止まらない。

屋根の外で受ける。


この2本があるだけで、ロータリーまではずいぶん通しやすい。


だから今日は、その先だ。


ロータリーの外周を半周していくと、街の形がまた変わった。


道が広がる。


いや、広がりすぎる。


左右の建物が一度大きく崩れ、そのせいで本来は狭かったはずの歩道と車道の境目が消えていた。

ガラス片も、看板も、屋根の残骸も、どこかへ片寄っていて、真ん中だけが妙にすっきり空いている。


抜けやすそうに見える。

走りやすそうに見える。

何もないように見える。


かなり嫌だった。


真壁が低く言う。


「……通りやすそうだな」


坂城がすぐに返す。


「だから嫌だ」


三枝も静かに続ける。


「何もない場所ほど、整いすぎてます」


かなりその通りだった。


自然に壊れた街なら、均等に散らばるわけがない。

ガラスも標識も、もっと雑に転がるはずだ。


それなのに、目の前の広い空きは妙に“通り道として綺麗すぎる”。


結人はそこで足を止めた。


「……入らない方がいいです」



正面の空いた道の先。

壊れた車の影の横で、何かが揺れた。


最初は低い。

次に、ぬるりと長い胴が見える。


猫に似ていた。

だが、普通の猫よりかなり大きい。

犬と同じくらいある。

体は薄く長く、脚は短い。

背には横断歩道の白線みたいな筋が何本も走り、尻尾の先だけが黄色く点る。

目は細く、割れた標識みたいに鋭い。


逃路猫。


崩れた街路や広い空き地に現れ、“ここなら走り抜けられる”と思わせる場所へだけ姿を見せる9階の誘導型下位種。

こいつは襲う時、正面から飛びかからない。

まず空いた道の奥でこちらを見せて、意識を“抜けられそうな中央”へ集める。


その間に、本命は左右の瓦礫陰から飛ぶ。


実用的に言えば、

9階では、空いてる場所へ入るな。

何もないように見える中央は、だいたい左右から挟むために空けてある。


それが、9階の3本目になりそうだった。


「中央入らないでください!」


結人がすぐに言う。


その瞬間、左右の車の残骸の陰から灰色の影が同時に飛んだ。


横断狼だ。


やはりだ。


開いてる中央は、逃げ道じゃなく“挟み込むための空き”だった。


真壁が左を盾で受ける。

坂城が右を斬る。

結人はそのまま正面の逃路猫へ槍を構えたが、猫は一歩も近づかず、さらに奥の“空いてる方”へ滑るように引く。


見せるだけだ。


進めそうな道を、先へ先へ作って見せるだけ。


かなり性格が悪い。



「中央じゃない! 壁沿いです!」


結人が叫ぶ。


真壁がすぐに左側の建物残骸へ寄る。

坂城も右を処理したあと、瓦礫の縁へ沿って走る。

三枝が短く言う。


「中央が空いてるのは、左右が生きてる証拠です!」


かなりいい。


視線が中央から外れるだけで、広い道の嫌さが少し見える。


逃路猫がまた少し先で止まる。


そこも広い。

そこも抜けやすい。

だがもう追わない。


追えば、また左右が来る。


「見せてるだけです!

猫は追いません!」


次の瞬間、やはり左右の看板裏から横断狼が飛んだ。

だが今度は間に合う。


真壁が受ける。

坂城が首を落とす。

結人は低く滑り込んできた1体の背へ槍を突き立てた。


黒い血がアスファルトに散る。

その向こうで、逃路猫はもう別の“空いた場所”にいる。


かなり嫌だ。

でも、理屈は見えた。


「9階、空いてる場所そのものが罠です」


結人は配信へ向けて言う。


コメント欄が流れる。


炭酸:なるほど


通り雨:広い方が危ないのか


澪:安心して入りたくなる場所ですね


迷子の斥候:進めそう、待てそう、空いてそう、全部危ない


凪:空いた場所は、通るためじゃなく殺すために空いてる


かなりいい。


結人はその言葉を胸の中で転がした。


通るためじゃなく、殺すために空いてる。


そうだ。


9階は、人のための導線を裏返している。

進めそう。

待てそう。

抜けられそう。


その全部が怪しい。



しばらく壁沿いを進む。


空いてる中央へは入らない。

瓦礫の縁、ガードレールの残骸、崩れた店舗の壁。

そういう“何かがある側”を使う。


すると、不思議と敵の来る口も見えやすくなった。


7階では、先に来る音と影と位置を疑った。

8階では、開いてる道を疑った。

9階では、その先だ。


安心して踏み込めそうな空白を疑う。


街の中ではたぶん最悪の感覚だった。

でも、この階では正しい。


三枝が小さく言う。


「ここ、逆ですね」


真壁が盾の位置を少しだけ上げた。


「人間の感覚と逆だ」


坂城も短く続ける。


「だから強い」


かなりその通りだった。


9階は、言葉としては分かりやすい。

でも、人間の習慣に逆らわせるから、余計に強い。



少し先で、道路がまた大きく割れていた。


車道の中央が沈み、地下の空洞が見えている。

そのせいで左右にしか通れないように見える。


だが左は広く、右は狭い。


開いてるのは左。

狭いのは右。


結人は少しだけ笑いそうになった。


分かりやすすぎる。


「右です」


真壁が頷く。


「だな」


左側の広い通りには、すでに逃路猫が1匹立っていた。

行けそうな方に、ちゃんといる。


だから右だ。


狭い。

瓦礫が多い。

でも、本命の口が少ない分、見切りやすい。


その右の細道の先に、下り階段が見えた。


地下ではない。

地上の道路脇から、さらに下へ降りる管理階段のようなものだ。

手すりは片方しか残っていないが、下からは明らかに空気が変わっている。


9階の下りだ。


結人はそこで足を止め、大きく息を吐いた。


「9階、入口からここまでは通せます」


配信へ向けて言う。


「理屈は3本です。

青は進めじゃない。

屋根の下で待つな。

空いた場所へ入るな。

この3本で、大通りから停留所、広い道路まで通ります」


コメント欄が速く流れる。


炭酸:きた


通り雨:3本揃った


澪:綺麗です


迷子の斥候:街のルール全部逆だ


凪:正しそうな方を全部疑え


その1行を見て、結人は少しだけ目を細めた。


正しそうな方を全部疑え。


たしかに、9階はそういう階だった。



政府ギルドへ戻ると、相良環は端末を開くより先に言った。


「9階、揃いましたか」


結人は頷く。


「はい。

3本で入口から下りまで通せます」


「どういう3本ですか」


結人は短く答える。


「青は進めじゃない。

屋根の下で待つな。

空いた場所へ入るな、です」


相良はすぐに打ち込む。


「……かなり綺麗です」


「9階は、正しそうに見える方が全部危ないです」


相良はその言葉に小さく頷いた。


「遅刻廃都圏の最後らしいですね」


結人も同じことを思った。


駅。

地下街。

街。


順番、道、合図、待機場所、空白。


人の生活のルール全部を、少しずつ裏返してきた。


かなり嫌で、かなり綺麗だ。



部屋へ戻り、ノートを開く。


* 9階

* 大通り

* ロータリー

* 停留所

* 広い道路の空白

* 3本

* 青は進めじゃない

* 屋根の下で待つな

* 空いた場所へ入るな

* 補足

* 広い中央は挟み込み用

* 壁沿いの方が口が見える

* 正しそうな方ほど怪しい


最後に、1行だけ足した。


* 9階は、“安心できる方”を信じると遅れる階


書き終えてから、結人はペンを置いた。


これで9階の入口は揃った。

次は、この3本を1本に繋げて、最後の相手へ行く番だ。

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