表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/113

第73話 8階を通す

8階の入口で立った言葉は2本。


危ないのは前じゃない。

開いてる道が罠だ。


今日は、それを“知っている”から“通せる”へ変える日だった。


配信を始める。


遅刻廃都圏 / 8階 突破


同接は39。


少しずつだけど、確かに伸びている。

しかも、前みたいな流し見じゃない。

最近はコメントの内容が変わってきた。


見物じゃなく、攻略を一緒に追っている。


「天城結人です。

今日は8階を通しに行きます。

今ある言葉は2本。

“危ないのは前じゃない”

“開いてる道が罠だ”

この2本で広場を抜けます」


コメント欄が流れる。


炭酸:いこう


通り雨:8階突破回


澪:お願いします


迷子の斥候:今日は広場抜けたい


凪:道を疑える日は、道を越えられる


結人は小さく息を吐いた。


「行きます」



入口の交差点までは、もう迷いがない。


横断狼が正面で止まる。

でも、前を信じない。


左右。

脇道。

店跡。

半開きのシャッター。


そっちを見ると、本命の気配がちゃんと見える。


真壁が左を受ける。

坂城が右を斬る。

結人が正面へ槍を投げ込む。


前はもう怖くない。

正確には、“前だけが怖いわけじゃない”と分かった。


それだけで、かなり違う。


広場の手前まで進む。


高い天井。

放射状の床線。

2階の手すり。

開きすぎた空間。


やっぱり、8階はここが嫌だ。


見通しがいいのに、行き先が多すぎる。



広場へ入る前、結人は一度だけ立ち止まった。


正面の広い通路。

右奥のエスカレーター跡。

左の店並び。

さらに奥、案内板の陰。


開いている道が3本。

閉じた口がいくつもある。


なら、答えは決まっている。


「開いてる方じゃないです。

閉じてる方を先に見ます」


三枝がすぐに返す。


「右のシャッター下、左の店跡、正面看板裏ですね」


「はい」


真壁が盾を少し低く構える。


「じゃあ、広場に入る時は開いた道を使わない方がいいな」


坂城も頷く。


「案内板の陰を切る」


かなりいい。


8階では、“進めそうな場所”にそのまま入らない。

それだけで生存率が上がる。



広場中央へ踏み込む。


誘路狐がすぐに出た。


正面の明るい通路。

右奥の半壊したエスカレーター。

さらに2階手すりの向こう。


緑の尾が、先へ進めそうな場所ばかりで揺れる。


でも、もう追わない。


「見せてるだけです!」


結人が叫ぶ。


次の瞬間、左の店跡から横断狼が跳ぶ。

真壁が盾で止める。

同時に案内板の陰からもう1体。

坂城の剣が首を裂く。


さらに、床の割れ目の奥。

低い隙間から3体目。


結人が槍を低く振り、喉を払う。

白線みたいな毛が赤く散る。


誘路狐は一歩も近づいてこない。

やはり、道を見せるだけだ。


広場の本命は、道ではなく口にいる。


「8階、道じゃなくて口を見ます!」


結人は配信へ向けて言う。


コメント欄が流れる。


炭酸:わかる


通り雨:道じゃなく口


澪:今のすごく伝わりやすいです


迷子の斥候:言い方が攻略メモすぎる


凪:進めそうに見えるものほど、他人が作った道だ


その1行が、結人の胸に少し残った。


他人が作った道。


ダンジョンが作る道。

敵が作る道。

配信の盛り上がりが作る道。


それをそのまま踏まないこと。

たぶん、それも強さなんだと思う。



広場の中央、円形の案内板の下へ着く。


そこから見える景色で、結人はすぐに分かった。


下りは、正面じゃない。


正面には明るい通路がある。

床線もそこへ伸びている。

誘路狐もそこに出る。


でも、それは違う。


本当に下へ続く気配は、左奥のメンテナンス用らしい細い通路からしていた。

シャッターが半分落ち、通るには身をかがめる必要がある。

いかにも嫌な道だ。


でも、8階はそういう階だった。


「下は左奥です」


真壁が正面を見たまま言う。


「明るい方じゃないのか」


「はい。

明るい方ほど怪しいです」


三枝も細い通路へ視線を向ける。


「広場の導線から外れてますね」


「だからこそです」


正面は人のための道。

今の8階では、そういう道ほど罠になる。



左奥の通路へ向かう途中、誘路狐がまとめて3匹現れた。


正面。

右。

上。


全部“行けそうな方”だ。


その瞬間、結人は逆に、閉じたショーケースの裏と半開きシャッターの下を見る。


いた。


横断狼2体。

さらに、ガラス片の山の奥にもう1体。


「真壁さん、左下!

坂城さん、右の細口!

三枝さん、正面は見せです!」


一気に指示が飛ぶ。


真壁が受ける。

坂城が斬る。

三枝が位置を通す。


結人は最後の1体へ踏み込んだ。


白線の入った胴。

黄の目。

長い脚。


横から切る。


腹が裂ける。

狼が床へ倒れ、誘路狐たちはもう次の“開いてる道”へ消えていく。


追わない。


追えば負ける。


それももう分かっている。



左奥の細い通路は、思った通り下りへ続いていた。


サービス通路だろうか。

壁はむき出しのコンクリートで、配線が走り、床は地下街の綺麗なタイルではなく粗い灰色になっている。

急に“人を見せるための空間”ではなくなった。


その先、非常階段のような下りが見えた。


9階だ。


結人はそこでようやく大きく息を吐く。


「8階、入口からここまでは通せます」


配信へ向けて言う。


「理屈は2本です。

危ないのは前じゃない。

開いてる道が罠だ。

この2本で、交差点と広場を抜けて、下りは左奥の細い通路です」


コメント欄が速く流れた。


炭酸:きた


通り雨:通した


澪:お疲れさまです


迷子の斥候:明るい方じゃないの嫌だ


凪:自分で選んだ道だけが、生きて帰る道になる


その1行を見て、結人は少しだけ笑った。


そうかもしれない。


与えられた道じゃなく、自分で選んだ道。

それが今、自分には少しずつ増えてきている。



政府ギルドへ戻ると、相良環は前よりもはっきりした声で言った。


「おかえりなさい」


その一言が、少しだけ前と違って聞こえた。


結人が席につくと、相良はすぐに尋ねる。


「どうでしたか」


「8階、入口から下りまで通せます。

広場の正面じゃなく、左奥の細い通路が下りでした」


相良はメモを取りながら頷く。


「やはり“開いている道”ではない」


「はい。

開いてる方はだいたい誘導でした」


「綺麗ですね」


相良がそう言ったので、結人は少しだけ首を傾げた。


「綺麗、ですか」


「はい。

7階は順番を疑う。

8階は道を疑う。

理屈が階層ごとにちゃんと変わっているので、共有しやすいです」


共有しやすい。


その言葉が少し嬉しかった。


自分の中だけで終わらない。

自分の配信だけで終わらない。


誰かにも渡る形になっている。


それが今の結人には、前よりずっと大きかった。



部屋へ戻り、ノートを開く。


* 8階

* 入口から広場、左奥のサービス通路、下りまで通る

* 2本

* 危ないのは前じゃない

* 開いてる道が罠だ

* 補足

* 道じゃなく口を見る

* 明るい方を信じない

* 誘導に乗らない


最後に、1行だけ足した。


* 8階は、“選ばされた道”に乗ると遅れる階


書き終えてから、結人はノートを閉じた。


7階は通した。

8階も通した。

次は9階。


遅刻廃都圏の最後の階。


ここまで来ると、さすがに分かる。

最後はたぶん、今までの嫌さを全部まとめてくる。


だからこそ、面白い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ