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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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72/114

第72話 開いてる道が罠だ

8階は、前だけ見ていると遅れる。


その1本が立っただけで、入口の交差点まではかなり楽になった。


正面に見せる。

本命は横。


横断狼の理屈はシンプルだ。

だからこそ厄介で、だからこそ共有しやすい。


今日は、その先へ行く。


配信を始める。


遅刻廃都圏 / 8階 更新2日目


同接は35。


少しずつ増えている。

しかも、初見の見物じゃない。

“この階で何が起きるかを一緒に掴みに来ている”感じがあった。


「天城結人です。

今日は8階の交差点の先へ入ります。

今ある言葉は1本。

“危ないのは前じゃない”

その先を見ます」


コメント欄が流れる。


炭酸:8階の続き


通り雨:地下街の奥だ


澪:お願いします


迷子の斥候:広い場所ほど嫌そう


凪:前を疑えたら、次は道を疑う


道を疑う。


結人はその言葉を頭の隅へ置いた。


たぶん、要る。



入口の交差点までは、もう問題ない。


横断狼が正面で止まる。

それだけで、“本命は横”と分かる。


左の脇道。

右の店跡。

割れたショーウィンドウの向こう。


視線を前から外すと、8階は少しだけ優しくなる。

もちろん、優しいというより“死ぬ理由が見える”だけだけど、それでも大きい。


交差点を2つ抜ける。


その先で、地下街の構造がまた変わった。


通路が開いた。


広場だ。


吹き抜けみたいに高い天井。

周囲には2階分の店跡が並び、割れたガラスの向こうに階段や手すりが見える。

中央には、円形の案内板の骨組み。

床には放射状の白線。

人が集まり、散っていくための場所だったのだとすぐに分かる。


広い。

見通しはいい。


だが、それが逆に嫌だった。


見通しがいいのに、安心できない。


真壁が低く言う。


「広いな」


坂城は周囲の開口部を数えていた。


「入り口が多い」


三枝が天井を見上げる。


「視線を置く場所が多すぎます」


かなり、その通りだった。


8階は閉じた通路より、開いた場所の方が嫌かもしれない。



広場の右奥。


半開きのシャッターの下を、何かが横切った。


小さい。

速い。

細い尾が揺れた。


結人はそちらを見る。


次の瞬間、今度は左奥の開いた通路に、それが立った。


狐に似ていた。


体高は低い。

だが胴が長く、脚は細い。

毛皮は煤けた灰色で、背中には広告の剥がれ跡みたいな色の筋が何本も走っている。

耳は長い。

尾は1本だが、先端だけが非常口の誘導灯みたいな緑に淡く光っていた。


誘路狐。


広い通路や広場に現れ、開いている道へ視線を集める8階の誘導型下位種。

こいつは正面から襲わない。

むしろ、“行けそうな道”にだけ姿を見せて、そちらへ意識を向けさせる。


その間に、本命は閉じた通路や半開きのシャッター下から来る。


実用的に言えば、

8階では、開いている道ほど怪しい。

誘路狐が見せる“通れそうな道”はだいたい罠で、本命は別の狭い口から刺してくる。


それが、8階の2本目になりそうだった。


「追わないでください!」


結人がすぐに声を飛ばす。


誘路狐は左奥の開いた通路で、一度だけ振り返る。

“こっちが安全だ”と言うみたいに。


でも、そっちじゃない。


「閉じてる方見ます! 半開きの下!」


真壁が即座に盾を右へ返す。

その瞬間、右奥のシャッター下から横断狼が飛び出した。


やはりだ。


開いた道は餌。

本命は閉じた口。


盾に激突した狼を、坂城の剣が横から落とす。

同時に左奥の誘路狐は、もう1つ先の開いた通路へ滑るように消えた。


三枝が短く言う。


「道そのものが囮ですね」


「はい。

見えてる“逃げ道”が罠です」


かなり嫌だ。


7階は順番を狂わせた。

8階は道順を狂わせる。


進めそうな方が危ない。

開いている方が安全じゃない。


地下街という構造そのものが、敵の顔になっていた。



広場へ半歩だけ入る。


そこで、今度は2匹の誘路狐が現れた。


1匹は正面の明るい通路。

もう1匹は右奥のエスカレーター跡。


どちらも“先へ進めそう”な場所だ。


だが、結人はそれを見た瞬間に、むしろ閉じた方を見る。


左の店跡。

半開きのシャッター。

割れたガラスの低い隙間。


そこだ。


「左の店跡きます!」


言い終わるより先に、影が跳ねた。


横断狼。

さらにもう1体。


真壁が受ける。

坂城が1体を斬る。

結人はもう1体の首へ槍を突き入れた。


そして、正面にいた誘路狐は一歩も近づいてこない。

ただ、そこに立って道を“開いて見せる”だけだ。


かなり性格が悪い。


でも、理屈は見えた。


「8階、開いてる道を先に信じないでください」


結人は配信へ向けて言う。


「逃げ道みたいに見える所ほど、視線を取られます。

本命は閉じてる方から来ます」


コメント欄が流れる。


炭酸:うわ最悪


通り雨:地下街でそれやるの嫌すぎる


澪:安全そうに見える方が危ないんですね


迷子の斥候:道を選ばせる罠か


凪:開いてる道が罠だ


その1行で、結人の中に2本目が立った。


開いてる道が罠だ。


かなりいい。


短い。

強い。

そして、この広場の嫌さをそのまま言っている。


「……たぶん2本目はこれです」


三枝がすぐに頷く。


「かなり使いやすいです」


真壁は広場の開口部を見回した。


「じゃあ、開いてる方じゃなくて閉じてる方を先に警戒する」


坂城も短く言う。


「道じゃなく、口を見る」


それも、かなりよかった。


道じゃなく、口を見る。


結人はその言い方を頭の中へ置いた。



広場の中央、円形の案内板の下まで進む。


見上げると、2階通路の手すりが崩れたまま残っていた。

店跡の看板はどれも読めない。

だが、矢印だけはまだ残っている。


進め。

こっちだ。

出口。

中央広場。

案内所。


全部もう終わっているのに、形だけがまだ人を急がせる。


その時、右上の2階通路で、緑の尾が揺れた。


誘路狐。


だが、そっちへ視線を向けた瞬間、足元のショーケース裏から別の気配が走る。


結人は咄嗟に槍を低く振る。


手応え。


小さい獣の体が跳ね、床へ転がる。

誘路狐だった。


上に見せて、下から来た。


さらに嫌になった。


8階は、前後左右だけじゃない。

上下まで道として使ってくる。


「広場、開いてる場所ほど危ないです」


結人が言う。


「安全そうに見える道は、まず疑います」


そう言い切ると、不思議と迷いが減った。


理屈が立つと、人は進める。


本当にそうだと思う。



今日は広場中央までで引いた。


8階の入口と、その先の広場。

そこまでで2本立ったなら充分だ。


帰り際、結人は最後にもう一度だけ広場を見た。


開いた通路。

半開きのシャッター。

割れたガラス。

先へ進めそうな道。


どれも便利そうで、どれも罠だった。


人のための“分かりやすさ”が、

そのまま今は“殺しやすさ”になっている。


地下街というより、遅れて壊れた導線そのものだった。



政府ギルドへ戻ると、相良環はすぐに尋ねた。


「どうでしたか」


結人は答える。


「8階の奥、広場があります。

それで、狐型が出ます。

開いてる道にだけ姿を見せて、そっちへ視線を集めます。

本命は閉じてる方からです」


相良の指が止まる。


「進めそうな道が罠になる」


「はい。

入口の1本目が“危ないのは前じゃない”なら、2本目は“開いてる道が罠だ”です」


相良は打ち込みながら小さく頷いた。


「綺麗につながりますね」


「8階、前を疑えたら、次は道も疑う階だと思います」


相良は少しだけ笑った。


「かなり性格が悪い階です」


「かなり悪いです」


でも、嫌いじゃなかった。


嫌なものを嫌なまま言葉にできる。

それが、このダンジョンを進む上での強さになってきている。



部屋へ戻り、ノートを開く。


* 8階

* 地下街の広場

* 開口部が多い

* 見通しがいいのに安全じゃない

* 横断狼

* 危ないのは前じゃない

* 誘路狐

* 開いてる道に姿を見せる

* 本命は閉じてる方

* 開いてる道が罠だ


最後に、1行だけ足した。


* 8階は、“進めそう”を信じると遅れる階


書き終えてから、結人はペンを置いた。


前だけじゃない。

道だけでもない。


この階は、人が“正解だと思いたいもの”を先回りして壊してくる。


だからこそ、その壊し方を先に言葉にできれば、まだ進める。

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