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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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67/113

第67話 遅れるのは音だ

6階を通した翌々日、結人は政府ギルドの掲示モニターの前で立ち止まっていた。


更新された探索推奨表。

その下に、新しい階層情報が追加されている。


7階〜9階 / 遅刻廃都圏


結人はその文字を、少しだけ長く見た。


灰石坑道圏。

地下樹林圏。


そこを越えた先が、これか。


相良環が隣に立つ。


「名前、付きましたね」


「かなり嫌な名前ですね」


相良がわずかに笑う。


「ええ。

でも、6階までの流れを考えると自然です」


結人は頷いた。


「7階から、景色が変わるんですよね」


「はい。

根と水の圏域は6階までです。

7階からは、構造物の痕跡が増えます。

通路、標識、段差、線路のようなもの。

記録では、環境自体に“遅れ”があると見られています」


遅れ。


その一言だけで、少しだけ喉が乾いた。


今までの階層も充分に嫌だった。

でも、“遅れ”は結人にとって無視できない言葉だ。


時間。

ズレ。

遅れて届くもの。


この作品の中心にあるものが、また形を変えて目の前へ出てくる気がした。


「今日は入口確認だけにします」


相良はすぐに頷いた。


「その方がいいです。

景色が変わる最初の日は、戦果より感覚を持ち帰る方が価値があります」


かなり、その通りだった。



入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透。


真壁が言う。


「ついに次の圏か」


坂城は短く続ける。


「景色が変わる階は、最初がいちばん危ない」


三枝はモニターの表示を見たまま、静かに言った。


「遅刻廃都圏。

名前だけで嫌です」


結人も同じ気持ちだった。


でも、少しだけ違うこともある。


前より、未知に入る時の怖さが整理されている。

6階までで学んだのは、戦い方だけじゃない。

初見の階へ入る時に、何を見るべきかの順番だ。


配信を始める。


遅刻廃都圏 / 7階 入口確認


同接は25。

ほんの少し増えたまま、ちゃんと残っている。


「天城結人です。

今日は7階の入口確認です。

新しい圏域なので、まず景色とルールを見ます」


コメント欄が流れる。


炭酸:新章だ


通り雨:7階きた


澪:お願いします


迷子の斥候:景色気になる


凪:最初の日は勝つな、見て帰れ


「はい。

今日はそれで行きます」



7階へ下りた瞬間、空気が変わった。


まず、匂いだ。


湿った土と根の匂いが薄い。

代わりに、古い金属と乾いた埃の匂いが強い。


次に、足元。


黒い薄水は消えていた。

あるのはひび割れた灰色の床。

石じゃない。

もっと平たく加工された板材みたいな床だ。


さらに、視界の先。


結人は思わず足を止めた。


広い。


今までの坑道や樹林と違って、7階の入口は横に広かった。

天井も高い。

白い根が減り、その代わりに錆びた梁みたいなものが何本も通っている。


左手には、落ちた案内板。

文字は潰れているが、矢印だけは残っている。

前方には段差。

その向こうに、長く伸びる黒い溝が2本。


線路だ、と結人は思った。


地上の駅を何度も見たことがあるわけじゃない。

でも、それに似ていた。


崩れたホーム。

落ちた標識。

止まった時計。

どれも“昔ここに人の流れがあった”ことだけを、嫌なほど残している。


地下の森の次に出てきたのが、地下の廃駅みたいな場所。


その違和感だけで、7階がもう別物だと分かった。


「……駅みたいだな」


真壁が低く言う。


坂城も短く続ける。


「人の形跡が濃い」


三枝はひび割れた時計盤を見ていた。


「しかも、止まっている時間が全部違う」


結人も見た。


壁に埋まった時計が3つ。

どれも時刻が違う。

全部、ずれて止まっている。


かなり嫌だった。



入口近くを慎重に進む。


床には白線みたいな剥がれ跡。

天井からは切れた配線のような黒いものが垂れている。

遠くには、ホームの向こう側へ倒れた車両の残骸まで見えた。


その時だった。


どこかで、金属のぶつかる音がした。


高い。

軽い。

カン、と乾いた音。


結人はそちらを見る。

真壁も盾を上げる。

坂城が半歩だけ前へ出る。


だが何も来ない。


一拍遅れて、右側のホーム下から黒い影が飛び出した。


速い。


犬に似ていた。


細い。

長い。

骨ばっている。


全身は黒い金属片と煤に覆われ、肋骨のあたりだけが白く剥き出しに見える。

頭部は犬というより、壊れた信号機を前へ突き出したような形だった。

左右の目にあたる部分が、赤と黄で交互に鈍く点滅する。

脚は4本。

だが後ろ脚が異様に長く、跳ねるたびに身体が少し宙へ浮く。


残刻犬。


廃駅の段差と線路脇を走る肉食型の下位種。

動き自体は直線的だが、この階ではその“聞こえ方”が厄介だった。


こいつは跳ぶ。

そして、着地音と唸り声が遅れて届く。


実用的に言えば、

7階では、音が今にいない。

先に来るのは動きで、遅れて来るのは音だ。

唸り声や着地音に反応すると、防御が半拍遅れる。


それが、7階の最初の理屈だった。


「右!」


結人が叫ぶ。


残刻犬はもう目の前に来ている。

だが、唸り声はまだ後ろから聞こえてくる。


真壁が一瞬だけ遅れかける。

そこで坂城の剣が横から入った。


犬の前脚が切れる。

だがもう1体、線路下から飛ぶ。


しかも今度は、着地音が先の場所から聞こえる。

本体は違う。


三枝が短く叫ぶ。


「音じゃない! 床!」


結人はすぐに足元を見る。


ひび割れたタイル。

その端が、右から左へ連続して沈んでいる。


本体はそっちだ。


「左へ抜けます!」


真壁が盾を回す。

飛び込んできた残刻犬が、盾へぶつかる。

その瞬間に遅れて、さっきの金属音が後ろから届く。


かなり嫌だ。


音の位置と、本体の位置がズレている。

しかも、そのズレ方が一定じゃない。


坂城が低く言う。


「耳を切るな。

でも、先に信じるな」


結人はそれがかなりしっくりきた。


耳を切るな。

でも、先に信じるな。


いい。



残刻犬は2体、3体と増えた。


ホームの段差。

線路脇。

倒れた看板の影。


どこからでも飛んでくる。


しかも唸り声が遅い。

脚音も遅い。

動きが先で、音が後ろから追いついてくる。


結人は呼吸を整えながら、配信へ向けて言う。


「7階、音が遅れます。

着地音と本体の位置が今じゃない。

たぶんこの階は、耳だけで受けると遅れます」


コメント欄が流れる。


炭酸:怖い


通り雨:駅でそれは嫌


澪:景色もかなりいいですね


迷子の斥候:音が後ろから来るのきつい


凪:遅れるのは音だ


その一文を見て、結人の中で言葉が立つ。


遅れるのは音だ。


短い。

分かりやすい。

7階の入口として、かなりいい。


「……はい。

たぶん最初の言葉はそれです。

遅れるのは音だ」


三枝もすぐに頷く。


「使えます」


真壁が盾で犬をいなしながら言う。


「動き先行で見るってことだな」


坂城は着地の瞬間へ剣を合わせた。


「床の沈みと影だ」


残刻犬の首が飛ぶ。

遅れて、断末魔みたいな金属音が届く。


やはり、今じゃない。



今日は深追いしなかった。


入口の広さ。

駅みたいな構造。

人の流れの痕跡。

そして、遅れて来る音。


それだけで、充分な収穫だった。


帰り際、結人はもう一度だけ振り返る。


崩れたホーム。

止まった時計。

奥へ伸びる暗い線路。

誰もいないのに、人の遅れだけが残っている景色。


かなり不気味だった。

でも、少しだけ惹かれもした。


この圏域はきっと、もっと“ズレ”を濃くしてくる。


時間の遅れ。

位置のズレ。

届く順番の狂い。


今までとまるで違う形で、“時間”が敵になる。



政府ギルドへ戻ると、相良環はすぐに尋ねた。


「どうでしたか」


結人は短く答える。


「景色がまるで違います。

廃駅みたいな構造で、横に広いです。

それと……音が遅れます」


相良の指が止まる。


「音が」


「はい。

動きと着地が先で、唸り声と金属音があとから来る。

入口の言葉にするなら、“遅れるのは音だ”です」


相良はすぐに打ち込んだ。


「……かなり共有しやすいです」


「7階は、耳だけだと遅れる階だと思います」


相良は静かに頷く。


「いい持ち帰りです。

新しい圏域の最初として、かなりいい」


その言葉に、結人も少しだけ肩の力を抜いた。



部屋へ戻り、ノートを開く。


* 7階〜9階 / 遅刻廃都圏

* 廃駅のような構造

* 横に広い

* 線路、ホーム、標識、時計

* 止まっている時間が全部違う

* 入口

* 残刻犬

* 動きが先

* 着地音、唸り声が遅れる

* 遅れるのは音だ


最後に、1行だけ足した。


* 7階は、“届く順番”が狂う階


書いてから、結人はペンを置いた。


景色が変われば、敵も変わる。

敵が変われば、見る順番も変わる。


その最初の1本は、今日ちゃんと立った。

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