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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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68/116

第68話 先に落ちるのは影だ

7階へ入るのは2日目だった。


昨日持ち帰った言葉は、1本。


遅れるのは音だ。


入口としては充分強い。

でも、7階はそれだけで終わる気がしなかった。


遅刻廃都圏。

音だけで済む名前じゃない。


配信を始める。


遅刻廃都圏 / 7階 入口更新


同接は26。

大きくはない。

でも、昨日の続きとしてちゃんと人が残っている。


「天城結人です。

今日は7階をもう少し進めます。

今ある言葉は“遅れるのは音だ”。

これを崩さず、その先を見ます」


コメント欄が流れる。


炭酸:きた


通り雨:駅の続きだ


澪:お願いします


迷子の斥候:今日は上か下か


凪:順番が狂う階は、1本で済まない


「たぶんそうです」


結人も、同じ予感だった。



7階の入口は昨日より速い。


残刻犬。

動きが先。

音が後。


耳を切らない。

でも、先に信じない。


そこが立っているだけで、最初の数分はかなり楽になる。


今日はホームの先へ進む。


崩れた駅名板。

割れた照明。

落ちた看板の骨組み。

床には黄色い線みたいな塗装の剥がれ跡があり、その向こうに黒い線路が2本、長く伸びていた。


線路の間には砂利ではなく、黒い粉が積もっている。

炭みたいにも、古いブレーキの削れカスみたいにも見える。


天井は高い。

だがところどころ落ちていて、上階へ通じていたらしい空間が黒く口を開けている。


真壁が言う。


「駅っていうより、潰れた地下通路だな」


坂城は落ちた案内板へ視線を向けた。


「人を流すための形が残りすぎてる」


三枝は壁の地図らしきものを見ていた。


「進行方向の表示だけ、妙に綺麗ですね」


確かにそうだった。


文字はほとんど潰れている。

でも、矢印だけは妙に残っている。

進め、と言っているように見える。


かなり嫌だ。



ホームの先、階段を上がる。


そこには改札前の広場みたいな空間があった。


横に広い。

柱が多い。

天井からぶら下がる表示板は半分落ちていて、時刻表みたいなものが黒く焼けている。

床には壊れたベンチ。

その向こうに、閉じたまま歪んだシャッター。


まるで、街へ出る手前で時間だけが止まったみたいな景色だった。


その時。


頭上で、羽音がした。


いや、違う。


羽音がした気がした。


結人が顔を上げる。

柱の上。

暗がりの縁。

何か黒いものがいる。


次の瞬間、床に影が落ちた。


細い。

尖っている。

翼を広げた鳥の影。


だが、本体はまだ落ちてこない。


一拍遅れて、真上から黒いものが滑り降りてきた。


「上!」


坂城が即座に剣を振る。


黒い鳥の首が飛ぶ。

そのあとで、遅れて羽音がまとまって降ってきた。


かなり嫌だ。


結人は落ちた本体を見る。


鳥に似ていた。


大きさは鴉ほど。

だが、羽は羽毛ではなく、薄い黒い板片が何枚も重なっている。

切符の欠片や焦げた時刻表を束ねたような、紙とも金属ともつかない翼。

嘴は長く、先端だけが銀色に擦れている。

目の位置には、青白い小さな光が1つずつ入っていた。


遅灯鴉。


高所に止まり、広場や改札跡を見下ろして獲物を狙う小型の飛行種。

滑空自体は速く、鋭い。

だが厄介なのは本体の速度じゃない。


こいつは照明の切れた空間と残った照明の境目を滑る。

そのせいで、影が先に落ち、本体が遅れて届く。


実用的に言えば、

7階では、上を見る時も“最初に来たもの”を信じすぎない方がいい。

遅灯鴉は影が先に来る。

影へ反応すると、本体への刃が遅れる。


それが、7階の2本目になりそうだった。



「左柱、2羽!」


三枝が声を飛ばす。


結人は見上げる。

暗がりに、青白い点が2つ。

その下、床に影だけが走る。


影が先だ。


なら、本体はそのあと。


「影じゃない、本体!」


真壁が盾を上げる。

坂城が一歩遅らせて踏み込む。


次の瞬間、影のあとから黒い本体が滑る。

剣がちょうど首を裂く。

もう1羽は真壁の盾に激突し、遅れて羽音が広場へ散る。


遅い。


全部が少しずつ遅い。

でも、その遅れ方が毎回違う。


犬の時は音。

この鳥は影。


7階は、“届く順番が狂う階”というより、

届く順番を信用させてからズラす階なのかもしれない。


結人の背中が少し冷えた。


嫌な階だ。


でも、かなり強い階でもある。



広場を進む途中、遅灯鴉は何度も来た。


柱から柱。

案内板の上。

割れた時計の陰。


影が先に床を走る。

本体は半拍遅れて落ちる。


慣れてくると、見える。


影が伸びる角度。

青白い目の位置。

滑空の起点。


「右の影は浅い、奥です!」


「上、次は2枚後ろ!」


「真壁さん、そのままで!」


声を飛ばすたび、間に合う。

坂城の剣が届く。

真壁が受ける。

三枝が次の位置を拾う。


そして結人の中で、また言葉が立つ。


影は先に来る。


短い。

使いやすい。

7階の広場で何度も確かめられた。


コメント欄が流れる。


炭酸:影先か


通り雨:気持ち悪いなこの階


澪:音と影でズレ方が違うんですね


迷子の斥候:耳も目もずらされる


凪:先に落ちるのは影だ


結人はすぐに頷いた。


「はい。

たぶん2本目はこれです。

先に落ちるのは影だ」


三枝も短く返す。


「かなり共有しやすいです」


坂城が次の鴉を斬り落としながら言う。


「音と影。

どっちも“先に来た方が本物じゃない”」


真壁が低く笑う。


「素直に受けると遅れるわけだ」


かなり、その通りだった。



広場の奥には、上へ続くエスカレーターの残骸があった。


動いていない。

半分崩れている。

それでも、上へ向かう形だけははっきり残っている。


その横の壁に、細いひびが何本も走っていた。

そこから、遠くの音が遅れて響く。


ガタン。

カン。

バキ。


今の音じゃない。

どこか別の場所で鳴ったものが、遅れてここまで来ているみたいだった。


結人は立ち止まり、少しだけ奥を見る。


まだ行ける。

だが、今日はここまででいい。


7階はまだ入口だ。

なのに、もう音と影の順番が狂っている。


この先はきっと、もっと嫌になる。


「今日は戻ります」


真壁がすぐに頷く。


「十分だ」


坂城も剣を収める。


「入口としては強い」


三枝が広場を見回した。


「まだ“位置”はズレていない。

でも、そのうち来そうですね」


結人も同じことを考えていた。


音。

影。


この次にズレるのが何か。

考えたくはない。

でも、たぶんそれがこの圏域の核心に近づく道だ。



政府ギルドへ戻ると、相良環はいつもより早くメモを開いた。


「どうでしたか」


結人は短く答える。


「入口の先に、改札前の広場みたいな空間がありました。

そこで新しい鳥型が出ます。

影が先に落ちて、本体が遅れてきます」


相良の目が少しだけ細くなる。


「影が」


「はい。

7階は、遅れるのが音だけじゃない。

上を見る時は“先に落ちるのは影だ”が使えます」


相良はすぐに打ち込む。


「遅れるのは音だ。

先に落ちるのは影だ。

……並びが綺麗ですね」


「どっちも“先に来たものを信じすぎない”って話だと思います」


相良は小さく頷いた。


「7階らしいです」


その言い方が、少しだけ可笑しかった。


でも確かに、7階らしかった。



部屋へ戻り、ノートを開く。


* 7階

* ホームの先に広場

* 改札前のような構造

* 柱が多い

* 上下の視線が増える

* 残刻犬

* 遅れるのは音だ

* 遅灯鴉

* 影が先に落ちる

* 本体は遅れて滑る

* 先に落ちるのは影だ


最後に、1行だけ足した。


* 7階は、“先に来た情報”を疑う階


書いてから、結人はペンを置いた。


音。

影。


次は何がズレるのか。


嫌な予感はある。

でも、それを言葉に変えられる限り、7階はまだ通せる。

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