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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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65/114

第65話 器が増えても重さは1つ

広間の空殻が、いっせいに鳴った。


白い。

巨大な。

中身のない殻たちが、水を張ったまま細かく震えている。


その震えのせいで、どの殻にも王の映りが乗る。

止まっているのに、全部が“そこにいるように見える”。


かなり悪い。


でも、結人は息を吐いた。


器が増えても、重さは1つ。


そこだけは変わらない。


「殻を見るな!」


声を張る。


「水だけ見ます!

重さだけです!」


真壁が短く返す。


「了解!」


坂城が剣を低く構える。


「次の替わり先を取る」


三枝が静かに続ける。


「記録、切るな。

今までの全部で見るぞ」


その一言が、結人の背中を押した。



次の瞬間、王が来た。


広間の右奥。

3枚の空殻が同時に揺れる。

1枚が鳴り、1枚に映りが残り、1枚の下を黒い水が押される。


普通なら見失う。


でも、ここまでの6階を通ってきたから分かる。


残る映りは古い。

残る殻は空。

王は殻を替える。


そして――


替わる前の重さだけが、次を教える。


「中央じゃない! 左下!」


結人が叫ぶ。


真壁が盾を送る。

坂城がその横へ入る。

殻王の黒い本体が、空殻の下へ入り切る直前で一瞬だけ露出する。


そこへ剣が入る。


続けて、真壁の盾が殻を持ち上げる。

結人も短槍を差し込む。


傷は入る。

だが、浅い。


殻王が低く鳴き、すぐに次の殻へ潜る。


速い。

やはり速い。


傷は届く。

でも、このまま追うだけでは削り切れない。


三枝が短く言う。


「替わり先が多すぎる」


かなりその通りだった。


6階の奥は、王の器が多すぎる。

読める。

だが、決め切れない。


このままでは、先に息が切れる。



殻王が今度は真壁へ突っ込む。


白い殻の正面。

鏡みたいな面がそのまま迫る。

真壁が受ける。

鈍い音。

水面が弾ける。


だがその瞬間、真壁の右後ろの空殻に王の映りが残る。

左の殻は鳴る。

正面の水だけが細く沈む。


結人の視界の中で、いくつもの失敗の形が擦れた。


ここで右を見ると遅れる。

左へ寄ると間に合わない。

正面の沈みだけが本当だ。


頭の奥で、線が細く1本にまとまる。


終わる形。

通る形。


「真壁さん、受けたまま1歩だけ前!」


真壁が即座に動く。


「おう!」


盾が前へ出る。

殻王の重さが、わずかに浮く。


「坂城さん、次の殻じゃなく、その前!」


坂城が迷わず走る。


「了解!」


「三枝さん、左の殻の鳴りだけ拾ってください!」


三枝が低く返す。


「来るぞ、左2枚目!」


その瞬間、結人には見えた。


王は左2枚目へ替える。

だが、その殻のさらに奥。

斜めに立っている1枚だけ、縁に白い根が噛んでいる。


昨日、奥を見た時にあった。

少しだけ不自然に傾いていた殻だ。


あそこは器として綺麗に閉じない。


入っても、収まり切らない。


そこへ追い込める。


「左2枚目の次、根が噛んでる殻です!」


坂城が一瞬だけ目を見開く。

だがすぐに剣を返した。


「そこへ行かせる!」


真壁が盾で正面を押し切る。

三枝が鳴りのズレを拾う。


「今の替わり先、狭い!

次で外へ出る!」


殻王が左2枚目へ入る。

そこで一度だけ止まる。

そして次の瞬間、結人の読んだ通り、根が噛んだ殻へ滑り込もうとした。


だが、その殻は閉じない。


白い根が縁を噛んでいる。

巨大な殻が、ぴたりと座り切らない。


そこへ王の黒い本体が半分だけ入り、半分だけ外へ残る。


露出した。


今までで、いちばん大きく。


「今です!」


坂城が踏み込む。

剣が前脚の付け根を深く裂く。

真壁が盾で殻ごと押し上げる。

結人も走る。


狙うのは、黒い本体の中央じゃない。

殻の前縁、その内側。

白い冠根の下。


あそこがたぶん、王の中心だ。


短槍を握る手に力が入る。

景色が一瞬だけ細くなる。


残る映りは古い。

残る殻は空。

王は殻を替える。

器が増えても重さは1つ。


全部が、今ここへ繋がる。


結人は踏み込み、短槍を突き出した。


刺さる。


硬い殻の内側。

黒い柔らかさ。

今まででいちばん深い。


その瞬間、殻王が広間じゅうを震わせるほど大きく鳴いた。


白い空殻たちが一斉に共鳴する。

水面が全部揺れる。

景色が壊れる。


だが、もう遅い。


坂城がさらに剣をねじ込み、真壁が押す。

三枝が叫ぶ。


「抜かずに行け!」


結人は短槍を離さない。


殻王が暴れる。

白い殻を振る。

水を撒き散らす。

空殻に映りが増える。


それでも、今回は本体が外に残っている。

替えられない。

器に逃げ切れない。


真壁が吠える。


「押し切る!」


盾がもう一度ぶつかる。

坂城の剣が深く入る。

結人は槍を押し込む。


そして次の瞬間。


殻王の身体から、力が抜けた。


巨大な白い殻が、ゆっくり傾く。

黒い本体がその下で崩れ、広間の水面へ沈む。


周囲に立っていた空殻たちも、ひと呼吸遅れて次々に倒れた。

張っていた水が落ち、残っていた映りが全部壊れる。


広間の景色が、初めて“ただの広間”に戻った。


コメント欄が一気に流れる。


炭酸:勝った


通り雨:うおおお


澪:おめでとうございます!


迷子の斥候:通した


凪:助けられる側じゃなくなったな


その最後の1行が、結人の胸の奥へ静かに落ちた。


息を吐く。

肩が重い。

腕も熱い。

でも、立っている。


勝った。



広間には、もう王の音がない。


白い殻の破片。

崩れた黒い本体。

広い水面。

そして、壊れた景色。


真壁が大きく息を吐く。


「……かなり重かったな」


坂城も剣を下ろす。


「でも、通った」


三枝が静かに言う。


「6階全部が、ちゃんと王に繋がってたな」


かなり、その通りだった。


4階から、景色を見た。

5階で、嘘の見え方を覚えた。

6階で、残るものに騙されないことを覚えた。


その全部が、ここへ来るための前提だった。



結人は配信へ向けて、息を整えながら言った。


「6階、通しました。

最後は、今の器じゃなく、替わる前の重さを取る戦いでした。

空の殻は残ります。

映りも残ります。

でも、本体の重さだけは1つです」


コメント欄が止まらない。


炭酸:最高


通り雨:ずっと見ててよかった


澪:本当に良かったです


迷子の斥候:言葉が全部回収された


凪:記録が先に進んだな


結人は少しだけ笑って、配信を切った。



殻王のドロップは、かなり重かった。


白い王殻。

薄いのに、割れない。

表面には黒い水がまだ少しだけ残っていて、触ると冷たい。

それとは別に、冠みたいに立っていた白い根の束も落ちていた。


帰り道、足は重いのに、身体の奥は少しだけ軽かった。


勝ったからだ。

ただ勝っただけじゃない。

通して、持ち帰るべき言葉まで残せた。


それがかなり大きい。



政府ギルドへ戻ると、空気が少しだけ変わった。


窓口の近くにいた職員が、結人の持つ白い王殻を見て息を呑む。

相良環も立ち上がった。


「……本当に通しましたね」


「はい」


袋じゃ収まらない。

王殻をそのままカウンターへ置く。


相良の目が少しだけ大きくなる。


「これは……すごいですね」


「6階の主でした」


相良は静かに頷いた。


「報告、お願いします」


結人は短く答える。


「残る映りは古い。

残る殻は空。

王は殻を替える。

でも、本体の重さは1つです。

最後は、替わる前の重さを取れば通せます」


相良はすぐに打ち込む。

その指が、少しだけ速かった。


「……かなり綺麗です」


その言葉を聞いた瞬間、結人の身体の奥で、何かが静かに噛み合った。


熱ではない。

光でもない。


ただ、今までより少しだけ深く、世界の“終わり方”が見える気がした。


線が1本増える。

そんな感覚だった。


結人は小さく息を吐く。


まだ名前はない。

でも、確かに前より先が見える。



部屋へ戻り、ノートを開く。


* 6階

* 残る映りは古い

* 残る殻は空

* 王は殻を替える

* 器が増えても重さは1つ

* 替わる前の重さを取る


最後に、1行だけ足した。


* 6階は、“残ったもの”の先にある本体を取る階


書いてから、結人はペンを置いた。


これで地下樹林圏は終わる。

次は、また景色が変わる。


そして今日は、休んでいい日だ。


6階を通したから。

ちゃんと1つ、先へ進めたから。

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