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同接0人、時間だけが味方だった。  作者: TimeBender


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第54話 静けさの手前

4階は、環境が答えを作ったあとに本体が通る階だ。


昨夜、結人はノートを開いたまま、その1行を何度も見返していた。

•始点を取れ

•重さが移った方

•途中でできた形

•寄り切る前

•抜ける方

•静まる方


かなり見えてきた。

かなり通ってきた。


根這い犬。

幹皮猿。

葉喰い蛾。

垂根蜘蛛。

吊根豹。

垂蔓鹿。

樹腹梟。

編み枝蟷。

結根猪。

寄蔓狐。

抜枝鹿。

静枝狼。


4階の入口で必要な言葉は、かなり揃い始めている。

少なくとも、入口から少し奥までなら、それでかなり足が揃う。


けれど、昨日の静枝狼を見返していて、結人は1つだけ引っかかっているものがあった。


静まる方。

そこは確かに本物に近い。

だが、その静まりそのものへ目を置くと、まだ半歩だけ遅れる瞬間がある。


それは多分、**静まる場所そのものではなく、その静けさが“できる手前”**だ。


揺れが消える。

沈みが戻る。

寄りがほどける。

その全部が通り過ぎて、静かな場所が残る。


でも重いやつは、その静けさが残る直前、

まだほんの少しだけ空気が流れている場所を通っている気がした。


結人は新しい付箋を1枚取って、短く書いた。

•静けさの手前


書いてから、少しだけ目を細める。


かなりそのままだ。

でも、今の4階にはこの短さの方が合う気がした。


端末を開く。

配信タイトルを打つ。


灰石坑道の先 4階 / 静けさの手前を見る


配信開始。


「天城結人です。今日は4階で、静まる方のさらに手前を見ます。入口の言葉はかなり残ってきたので、その先を拾います」


同接は13。

昨日と同じくらい。

今はそれでいい。


コメント欄が流れる。


炭酸:きた


通り雨:今日は静けさの手前か


澪:お願いします


迷子の斥候:4階また一段深いな


凪:止まった場所を見たあと、まだ流れてる方を見ろ


結人は、その最後の1行に小さく頷いた。


「はい。今日はそこです。静まった場所そのものより、そこへ変わる直前を見ます」



政府ギルド前の売店で、水と回復薬を買う。


回復薬を2本。

保存食を2つ。

塩飴を1袋。

ゼリーを1本。

それから今日は、湿った手でも滑りにくいように短槍の柄へ巻く薄い布を1巻だけ買った。


4階に入ってから、装備の手触りを気にすることが増えた。

岩の階層では硬さと削れが大事だった。

地下樹林では、湿りと滑りがそのまま半歩の遅れになる。


会計を待っていると、いつもの探索者が声をかけてきた。


「天城さん」


「はい」


「4階、入口の言葉はかなり残ってきてると思います」


結人は少しだけ目を上げる。


「はい」


「でも静枝狼、静まった方まで見えても、まだ少しだけ遅れましたよね」


かなりいい。

ちゃんとそこまで見えている。


「はい。今日はそこを見ます」


相手は頷く。


「今日は後ろで、静けさの手前だけ見ます」


短い。

でも、その短さの方が今の4階には合っていた。


相良環は窓口の奥から、結人が近づく前に言った。


「今日は、静まる前ですね」


「はい」


「今朝の報告にも少しだけあります。

『静まった場所を見たのに、その手前を横切られた』

という形です」


結人は小さく息を吐いた。


かなり近い。

かなり昨日の違和感に近い。


「ありがとうございます」


相良は端末を整えながら続ける。


「4階は、入口の言葉が残るほど、その先の半拍が危なくなりますね」


かなりその通りだった。



入口前には、坂城迅、真壁遼真、三枝透がすでに揃っていた。


坂城は4階へ向かう探索者の足元を見ている。

真壁は大盾の下側を繊維床へ一度だけ押し当て、三枝は音のない空気の流れを読んでいるようだった。


結人が近づくと、坂城が短く言う。


「今日は静けさの手前だな」


「はい」


真壁が続ける。


「始点。

移った方。

途中の形。

寄り切る前。

抜ける方。

静まる方。

そこまでは見えた」


三枝も小さく言う。


「4階の重いやつは、その全部が終わる直前を本体の道にしてる」


かなり良い。

かなり話が早い。


結人は頷いた。


「静枝狼がそうでした。

静まった場所まで見えても、その少し手前でまだ流れが残っていました。

今日はそこを見ます」


坂城が即答する。


「本体は追わない」


真壁も頷く。


「入口の言葉は崩さない」


三枝が前を見たまま言った。


「環境が喋り終わる、その一拍前を見る」


それで十分だった。


今日は後ろにつく探索者が5人。

昨日と同じ。

4階の入口の言葉だけでなく、その先の見方までかなり共有され始めている。



4階へ入る。


湿った空気が肌へ貼りつく。

白い根。

黒い幹。

沈む床。

返らない音。


結人はその場で配信へ向けて短く言った。


「4階は、本体より先に環境が答えを作る階です。

今日は、その答えが終わる直前を見ます」


コメント欄が流れる。


炭酸:かなり4階だ


通り雨:森というより流れの階だな


澪:はい


凪:終わったと思うな


かなりその通りだった。


最初に来たのは、根這い犬だった。


黒い幹の根元。

繊維床が少し沈む。

前にいた探索者が言う。


「白い筋じゃない、沈みの始点!」


坂城がそこへ剣を入れる。

根這い犬が逃げる。


ここはもうかなり土台だ。


幹皮猿も同じだった。


白い根が揺れる。

黒い幹が剥がれる。

前にいた探索者が言う。


「本体じゃない、剥がれた始点!」


真壁が盾を上げ、坂城が落下角度を切る。

幹皮猿が横へ流れる。


ここまでは、かなりそのままで通る。

4階の入口の言葉は、もうかなり現場の声になり始めていた。



少し奥へ進む。


白い根がさらに密になり、黒い幹の間に薄い水たまりが増える。

湿りが強い。

足裏の返りがさらに鈍い。

4階の奥は、入口より明らかに重い。


最初に来た中位は寄蔓狐だった。


左の蔓が沈む。

右へ重さが移る。

間が低く落ちる。

寄る。

寄り切る前。

薄い道ができる。


前にいた探索者が、昨日までの言葉をかなり自然に出す。


「始点!」

「……移った!」

「寄り切る前!」


かなり良い。

そこまではかなり残っている。


坂城が、その薄い道へ剣を入れる。

寄蔓狐の白房尾がその直前を抜ける。

浅い。

だが、ここもかなり早い。


入口の言葉。その先の言葉。

そこまでは、かなり場に残り始めている。


結人は配信へ向けて短く整理する。


「4階の入口からその先までは、かなり現場に残り始めています。

今の寄蔓狐でも、最後の“寄り切る前”まではかなり自然に出ました」


コメント欄が流れる。


炭酸:でかい


通り雨:4階の言葉が定着してきたな


澪:かなり大きいです


そうだ。

今日はそこがかなり大きい。



そこで、新しいもっと重い相手が来た。


最初は、何も見えない。


ただ、左の根が沈む。

右へ移る。

間が落ちる。

閉じる。

寄る。

抜ける。


ここまでは、昨日の静枝狼にかなり似ている。

だから前にいた探索者の目も、その静まる先へ向いた。


だが、その瞬間。

静まる先の少し手前、

白い根の先端でもなく、黒い幹の影でもなく、

床の繊維がほんの少しだけ遅れて戻った。


何も起きていないように見える。

でも完全に静かではない。

まだ、細い流れだけが残っている。


結人の背中が冷える。


そこだ。


4階のもっと重いやつは、環境の答えが終わったあと、その静けさが完成する一拍前の細い戻りを使ってくる。


「静まった先じゃない! まだ戻ってる手前です!」


前にいた探索者の目が、その奥から半歩だけ手前へ返る。

真壁が盾を上げる。

坂城が、その細い戻りへ剣を差し込む。


その瞬間、黒い幹の影がほどけるみたいに横へ滑った。


返り根狼。


狼に似ている。

だが、静枝狼よりさらに薄い。

肩も低い。

胴は長い。

皮膚は湿った黒樹皮を薄く重ねたようで、背には白い細根が逆向きに寝ている。

目は暗く、動いた時だけ鈍い銀が一拍遅れて走る。


止まっていると、黒い幹の影が少し濃いだけにしか見えない。


実用的に言えば、

始点でも移りでも、形でも、抜ける方でも、静まる方でもない。

その全部が終わって、まだ床や根が“元へ戻り切っていない手前”が、本物の走路になる。


4階のここまでの見方を、さらにもう1段だけ深くした相手だった。


坂城の剣が、その細い戻りへ入る。

返り根狼の肩を浅く裂く。

真壁の盾に前脚がかかり、そのまま横へ滑って黒い幹の裏へ消える。


かなり大きかった。

かなり4階らしかった。


配信へ向けて結人は短く整理した。


「今の新しい重い相手です。

4階の重いやつは、環境の変化が全部終わったあとの静けさではなく、その静けさへ戻り切る手前を本体の道にしてきます」


コメント欄が一気に流れる。


炭酸:うわ


通り雨:静けさの手前か


澪:かなり大きいです


迷子の斥候:4階の重いやつきたな


凪:今日の言葉だ


今日の言葉。

かなり、その通りだった。



そこで終わらなかった。


返り根狼は1匹ではなかった。


少し奥の幹影で、もう1匹が来る。


左が沈む。

右へ移る。

間が落ちる。

寄る。

抜ける。

静まる。


前にいた探索者が、一度はその静まりの奥へ目を寄せる。

だがそこで、昨日から後ろについている探索者が先に叫んだ。


「静まった先じゃない! 戻り切る前!」


かなり良かった。

かなり強い。


前にいた探索者の目が、その少し手前へ戻る。

真壁が盾を少しだけ前へ送る。

坂城が、その細い戻りへ剣を差し込む。


返り根狼の胴が、その直前を横へ滑る。

だが、腹側を大きく裂いた。

返り根狼が幹影の中へ退く。


結人は、その一連を見ながら胸の奥が少し熱くなるのを感じていた。


もう、自分だけの言葉ではない。

4階の入口だけじゃなく、その先、そのさらに先、そのまた先まで、少しずつ場の声になり始めている。


三枝が低く言う。


「4階の重いやつには、“静けさの手前”でかなりまとまるな」


真壁も続ける。


「始点からずっと追って、最後に戻り切る前か」


坂城が短く吐いた。


「かなり嫌だな」


かなりその通りだった。



今日は、それ以上進まなかった。


十分だったからだ。


4階の入口の言葉は残り始めた。

その次の言葉も見えてきた。

そして今、4階のもっと重い相手に通る短い言葉まで立った。


結人は配信へ向けて短く整理する。


「今日はかなり大きいです」


少し呼吸を置く。


「4階の入口は“始点を取れ”です。

その先は“重さが移った方”です。

さらにその先は“途中でできた形”“寄り切る前”“抜ける方”です。

でも返り根狼みたいなもっと重い相手は、その全部が終わったあとに戻り切る前を使ってきます」


コメント欄が流れる。


炭酸:かなり分かってきた


通り雨:4階の重いやつだな


澪:かなり良いです


迷子の斥候:入口からここまで綺麗に繋がってる


凪:今日はそれでいい


そうだ。

今日はそれでいい。



政府ギルドへ戻ると、換金列にはまだ4階のここまで深い言葉は届いていない。

だが、入口の言葉はかなり残り始めている。


「始点を見ろって言ってた」

「4階は本体より周りなんだろ」

「音じゃなくて沈みなんだな」


相良環の窓口で袋を渡す。


今日は返り根狼の逆根片。

どれも高くはない。

でも、4階のもっと重い相手に通る言葉を持ち帰った感触はかなり大きい。


相良は逆根片を見て言った。


「新しいですね」


「はい。4階のもっと重い相手です」


「どういう嫌さでしたか」


結人は短く答える。


「始点でも移りでも、途中の形でも、静まる方でもありません。

その全部が終わったあと、環境が元へ戻り切る前を本体の道にしてきます」


相良の手が少しだけ止まる。


「……かなり地下樹林らしいですね」


「はい。

4階は、環境が答えを作る階です。

でももっと重い相手は、その答えが消え切る直前を使ってきます。

“静けさの手前”がかなり合うと思います」


相良はすぐに打ち込む。


「かなり共有しやすいです」


その一言は、かなり重かった。


「窓口でも次には“始点を取れ”の先として残りそうです」


「はい」


結人も頷く。


「その前に、もう少し4階で通します」


相良は小さく頷いた。


「その方がいいと思います。

4階は入口の言葉が強いぶん、その先の短い言葉が1本立つだけでかなり奥まで行けそうなので」


かなりその通りだった。



帰り道、結人は普通の弁当と、小さいヨーグルト、それから乾きやすい薄手の手拭きをもう1枚買った。


4階は湿気が手元にも首にも残る。

前より、そういう小さい遅れをそのままにしなくなってきている。

今は必要だと思えたら整える。


部屋へ戻る。


机の上に弁当、ヨーグルト、手拭き、換金票、ノートを並べる。

前より、探索と生活がかなり自然に繋がっている。


ノートを開く。

•4階

•音が返らない

•床が沈む

•揺れが始まる

•入口

•始点を取れ

•その先

•重さが移った方

•途中でできた形

•少し重い相手

•寄り切る前

•抜ける方

•もっと重い相手

•静けさの手前

•4階は、環境が答えを作り、終わり切る前を本体が通る階


そこまで書いて、少しだけ止まる。


それから、最後に1行だけ足した。

•4階は、言葉が残るほど“何もないように見える場所”が危なくなる階だ


書いてから、結人はしばらくその文字を見ていた。


今日はかなり大きかった。

4階の入口の言葉が残り始めた。

その次の言葉も見えてきた。

そして今、4階のもっと重い相手に通る短い言葉まで立った。


端末を見る。

コメント欄にも同じ熱が流れている。


4階かなり好きだわ


始点→移る方→形→寄り切る前→静けさの手前、綺麗


次はこれをまとめた4階の完成形に近いやつが来そう


結人は、その最後の一言で少しだけ目を細めた。


そうだ。

次は、この見方をまとめたような、4階の完成形に近い相手が出てくるはずだった。


結人は端末を閉じる。


4階はまだ入口だ。

でも、入口の言葉が残り始めたなら、少しずつ奥へ行ける。


今日は、その奥へ行くための言葉が、また1本立った日だった。

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